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110.年越し(前編)

 年内最終日。


 ジークフリートから託されたというものを持参して、自宅にアルフレッドがやってきた。


 届け物はふたつあり、赤ワインはオレ用に、焼き菓子の詰合せは奥さんたち用にということらしい。毎回毎回、気を遣わせてしまって申し訳ない。


 一緒に出迎えたアイラが代表して受け取ることになったんだけど、瞳をキラキラさせたまま、焼き菓子から視線を外そうとしない。……もしかして、つまみ食いしようとか考えてるんじゃないだろうな?


「みんなが揃っている時に開けるんだぞ?」

「わ、わかっとるわっ」


 先手を打った途端、頭上の猫耳はうなだれて、しっぽはだらんと下がっていく。どうやら図星だったらしい。


「ご結婚されても、三毛猫姫は相変わらずのようで何よりですよ」

「……む。アルよ、それはどういう意味じゃ?」

「食い意地の悪さは変わってないなって言いたいんだろ?」

「なんじゃとぉ!?」

「いえいえ。決してそのようなことは」

「とか言いながら、目は笑っておるではないかっ! まったくこやつときたら……!」


 ブツブツと呟きながら、焼き菓子を抱えたアイラは二階へ消えていく。その後ろ姿を見送りながら、アルフレッドは紺色のボサボサ頭をかきむしった。


「やれやれ。怒らせてしまいましたか」

「ちょっと拗ねただけだろ。そのうち機嫌も戻るさ」

「それならいいのですが。しかし、僕も反省しなければいけませんね」

「何がだ?」

「以前と比べて、表情豊かになったアイラさんが微笑ましいもので……。ついつい冗談を口にしたくなるのです」


 長い付き合いなので尚更にね、と続け、アルフレッドは苦笑する。


「ま、奥方様のケアはタスクさんにお任せするとして」

「ずいぶんと投げやりじゃないか」

「いえいえ。適材適所、僕には僕にできる仕事を、ですよ。それで? 陛下に何をお渡しすればよいのですか?」


 表情を改める龍人族の商人へ、オレは一通の手紙を手渡した。内容はヴァイオレットとフローラの移住について、そして帝国が起こした戦争の原因についての二点だ。


 もしかすると後者はすでに知っていることかもしれないけれど、それでも知り得た情報は伝えておくに越したことはない。


「確かに承りました」


 スーツの内ポケットへ手紙を仕舞ってから、アルフレッドは口を開いた。


「そういえば、帝国軍のおふたりはお元気なのですか? 療養中と聞きましたが」

「ああ、あのふたりなら……」


 問いかけに応えようとした、その時だった。階段の上から、キャーという歓声が響き渡る。


「やぁん☆ レッちんもふーちゃんも、ドレスめっちゃ似合ってるし★ ちょーカワイイ♪」

「私なんて全然……。でもでも、ヴァイオレット様はとてもお似合いです!」

「そ、そうか……? わ、私にはこのようなヒラヒラしたようなドレスは……」

「もー! ふたりとも元がいいからどんな服も似合うんだモン! ウチ、ちょっと妬いちゃうなー☆」

「ベル殿こそ、スタイルが抜群に良いではないか? 私などより全然……」

「むー!? そういうこと言っちゃいますぅ? こんなボンキュッボンの、ノーサツなカラダしてるのにー♪」

「あっ、こら……! そんなところ触っ……やっ……ダメっ!」

「エへへへへー! 次はこれ着ようねえ、レッちん、ふーちゃん☆」

「そ、そのような露出の多い服など……」

「……おぬしら、騒々しいぞ? 少しは落ち着かんか」

「そんなこと言ってないで、アイラっちもお着替えしようねえ?」

「何じゃと!? や、止めんか、この阿呆ぅ!!」


 ドタバタギャーギャーと賑やかな上の階へ視線を向けた後、オレ達は顔を見合わせ、そして、どちらからともなく笑った。


「……お元気そうだということはわかりました」

「ご理解いただけたようで何よりだよ」


 女性陣の努力の賜物か、それとも周りが騒がしいせいなのか、ヴァイオレットもフローラも、かなり早く環境へ馴染んだように思える。


 年明け早々、ふたり用の住宅を用意しなければいけないなとか思っていたものの、


「部屋が余ってるし、私と一緒に暮せばいいじゃない」


 という意外な提案をクラーラから持ちかけられ、ふたりもそれを快諾したので、家を建てる必要もなくなったしな。


 それはさておき、だ。


「年内最終日だっていうのに、最後の最後まで仕事とは、アルフレッドも大変だな」


 どうせならここへ残って、一緒に年明けを迎えたらいいじゃないかと誘ったものの、事前に断られていたのだ。


「新年を祝う宮中の催しへ参加しなければなりませんので」


 というのがその理由である。ま、事前にジークフリートへ会う予定があるということなので、オレも手紙を渡すよう頼んでしまったんだけどね。


「そんなに大変ではありません。むしろありがたいぐらいです」

「そうなのか?」

「ええ。昨年までの僕でしたら、宮中での催しに参加するなど夢のまた夢でしたし。お声がかかるような立場になれたのも、すべてタスクさんのおかげですよ」


 商売人としての野心を覗かせるように、一瞬不敵に笑って、アルフレッドは握手を求める。


「若輩の身なれど、引き続き、誠心誠意務めさせていただきます。新年もお引き立てのほどを」

「こちらこそ、引き続きよろしく頼むよ」


 ガッチリ握手を交わし、龍人族の商人はいそいそと帰り支度を整え始めた。


「ああ、そうだ。タスクさんは年越しの風習についてご存知ですか?」

「ん? こっちの世界のってことか? ご存知も何も、準備はみんなに任せていたからなあ」

「そうですか。二千年前に現れた異邦人、ハヤト様が広めた風習なのですが……」


 そこまで言い終えると、アルフレッドは口をつぐむ。


「いえ、止めておきましょう。実際にご覧頂いたほうがよろしいかと」

「なんだよ、もったいぶるなあ」

「あっはっは、今日の夜を楽しみにしていてください。なかなかに見応えがありますから」


 そう言い残して去っていくアルフレッドを見送ってから、オレは首を傾げた。


 ハヤトさんが残した風習……? なんだろう、全く想像がつかないけどな。まさか日本の年越しの風習とか?


 日本でお馴染みの年越しといえば、年越しそばに紅白歌合戦、あとは除夜の鐘とかだけど、どれもいまいちピンとこない。


 となると、絶対に笑ってはいけないアレとか、格闘技番組……なワケないもんなあ? いや、マジでなんだろう?


 そういえば、みんな何か作業してたような気がするけど、オレが近付くと、それを隠していたような……? えー? すっごく気になるんですけど。


 とはいえ、みんなが揃いも揃って隠すぐらいなら、オレを驚かせようとしているに違いないだろうし。うーむ、おとなしく夜を待つしかないんだろうなあ、これは。

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