109.花の騎士
帝国軍の捕虜を領民として受け入れることに決めた……まではよかったものの、領民たちの反応は様々だった。
同席していたココは「アナタってホント、お人好しねえ」と、すっかり呆れ果てた顔を浮かべる始末。
「普通は熟考してから、処遇を決定するものよ?」
「一応、オレなりに熟考したんだよ」
「ま、いいわ。アナタのそういうところ嫌いじゃないから」
ココはそれ以降何も言わず、上機嫌で鼻歌を歌い始めた。てっきり苦情が続くものだと構えていたんだけどね。決定自体に不満はないみたいだ。
受け入れる旨をアレックスとダリルにも伝えたところ、安堵と喜びを交えた声で感謝を伝えられた。
ハーフフットたちの中には複雑な心境を抱く者もいるだろうし、正式に領民として暮らすことが決まったら、その点のサポートを頼むと今からお願いしておくことに。
さらに翌日。
順調な回復をみせたフローラが、お見舞いのため、ヴァイオレットの部屋を訪れることになった。
部屋に入るなり、女性騎士の微笑みを視界へ捉えたフローラは、ベッドへ駆け寄って倒れ込み、周囲をはばかることなく泣きじゃくる。
赤褐色の髪を優しく撫でるヴァイオレットと、嗚咽を漏らし続ける少女の姿を眺めやりながら、オレは隣の部屋へフローラを移すことに決めた。
同時に、奥さんたちを始めとする女性陣へあるお願いをすることに。それは、このふたりと一緒に食事を摂ってくれないかということだ。
ヴァイオレットが最終的にどう結論を出すのかはわからないけれど、ここで暮らすなら、事前に周りとコミュニケーションを取っておいた方がいいと考えたのである。
自宅へ招くことも考えたんだけど、いきなり領主と一緒に食事をするというのはなかなかにハードルが高い。オレだって、元いた世界で偉い人と会食する時は、何を食べても味がしなかったからなあ。
女性同士、少人数からだったら打ち解けやすいだろうし。自宅へ招待するのはそれからだな。
……で。そんな女性同士の食事会が功を奏したのかどうかはわからないけど、間もなく、領地内を散歩するヴァイオレットとフローラの姿を見かけるようになった。
とはいえ、散歩といっても妖精たちの憩いの場である花畑を眺めやっている程度で、他には顔を出そうとしない。
年末でみんな慌ただしく動き回っているし、彼女たちなりに気を遣っているのだろうかと思っていたんだけど、どうやら違うらしい。
「ヴァイオレットさん、『花の騎士』って呼ばれていたらしいですよ?」
農作業中、そう教えてくれたのはエリーゼとリアで、楽しげに食事中の風景を話してくれた。
「いつも花畑を眺めているから、つい気になっちゃって。ボク、ヴァイオレットさんに聞いてみたんです。お花好きなんですかって」
「そしたら、フローラさんが言うんです。ヴァイオレット様はご自宅の庭で様々なお花を育てていたんですよって」
「一年中、花に囲まれて過ごされているので、その美貌も相まって『花の騎士』という異名がついたようで」
「よほど知られたくなかったのか、ヴァイオレットさん、ものすごく焦った様子でフローラさんの口を両手で塞いでましたけれど」
その時のことを思い出したのか、二人はクスクスと笑いだした。うーむ、話だけでその光景を容易に想像できてしまうね。
真面目とか堅物とか、そういう風にみられる人物ほど、可愛いものとか綺麗なものに惹かれやすいのは世の常だからな。ギャップ萌えというやつだね。様式美ですよ、様式美。
ふたりの話に耳を傾けながら農作業を終えたオレは、この日の夕方、来賓邸へ足を運ぶことにしたのだった。
保留になったままの返事を聞くための訪問だったんだけど……。そこで意外、というか、予想以上に微笑ましいヴァイオレットの姿を目撃することになる。
***
階段を上がり、ドアをノックしようとした矢先、部屋の中から泡の弾けたような声が漏れ聞こえてきたのだ。
「ん〜〜〜〜〜! いいコでしゅねぇぇ……。もこもこふわふわ……! ほんっと、カワイイんでしゅからぁ……」
「みゅーみゅー」
「んぅ? ここでしゅか? ここ撫でて欲しいんでしゅか?」
「みゅー……」
「気持ちいいでしゅかぁ? よかったでしゅねえ?」
「みゅー!」
そっと開けたドアの隙間からは、デレデレした顔でしらたまを撫で回すヴァイオレットの姿が見える。
……え? あの……。つい先日お見かけした、キリッとした表情でお馴染みの竜騎士様ですよね、アナタ……? その面影がまったくないんですけど……?
というか、その赤ちゃんに語りかけるような声、どっから出してるのさ……。呆気にとられている最中、しらたまへ頬ずりする花の騎士へ近づく人物が一人。
「ヴァイオレット様! この子もカワイイですよ! ほら、こんなにふわふわで!」
「まあ、本当に! よーしよし、一緒に撫でてあげましゅからねぇ……」
「よかったねえ、あんこ。ヴァイオレット様に可愛がっていただいて」
「みゅー!」
フローラからあんこを受け取り、ヴァイオレットはその黒い毛並みを撫で始める。
気持ち良さそうに鳴き声を上げるミュコランの子どもたちを前にして、うっとりとした表情を浮かべる花の騎士は、夢見心地といった様子だ。
「ああ……、こんなに愛らしい生き物がいるだなんて……。なんて素晴らしいのだろうか……。たくさんの花が咲き乱れる庭園も見事だった」
「……あ。……えーっと、ヴァイオレット様……」
「このように平和な土地なら、きっと穏やかな日々が過ごせるだろうな」
「ヴァイオレット様」
「領主殿のお言葉に甘えれば、このような愛らしいものたちとも一緒になれる……。夢のような話だ」
「ヴァイオレット様!」
「なんだ、さっきから騒々しいぞフローラ。この子達が怯えてしまうではないか!」
「その……。領主様がお見えです」
「……へ?」
「ど、どうも……」
ノックに気付かないようだったので、勝手にお邪魔させてもらったんだけど、やっぱりまずかっただろうか……。
しらたまとあんこを大事そうに抱きかかえたまま、ヴァイオレットはみるみるうちに顔を真っ赤にさせ、ワナワナと震えだし、そしてこう叫ぶのだった。
「……くっ! 殺せっ! 殺してくれぇ!!」
まさかファンタジー小説でお約束となっている、有名なセリフを実際に聞けるとはなと、思わず感動してしまったんだけど。
その後、混乱するヴァイオレットをなだめるために、多大な労力を必要としたのは言うまでもない。
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