106.下級騎士のフローラ
確かに以前、帝国軍の将官に助けてもらったということを聞いてはいたけど。
「間違いなく彼女だったのか?」
「はい。顔立ちはハッキリ覚えていましたので」
「村を滅ぼされたことは間違いねえけどよ……。アイツ、仲間たちと揉めながら、オレらを助けてくれたからな」
会話の全容まではわからなかったものの、軍紀違反、命令無視だという周囲の声を押しのけ、責任は私が取るとハーフフットたちを解放したのが彼女らしい。
アレックスもダリルも感じるところがあるんだろう。少なくとも、オレ個人としては罪を問うつもりはないことを伝え、ふたりを下がらせることに。
いまいちわからないのは、軍紀違反を犯してまでハーフフットたちを庇った彼女の心情だ。将官という立場なら、命令を無視することで負うことになる罪も相当なものだろう。
ま、詳しい話は本人に確かめるとするか。来賓邸の二階へ上がってドアをノックすると、白藍色をしたショートヘアに白衣をまとったサキュバスがオレを出迎えた。
「あら、おかえりなさい」
「うん。容態はどんな感じだ?」
「眠ったままよ。疲弊しきっているようだし、しばらくは目を覚まさないかもね」
そうかと応じながら、ベッドサイドにまで足を伸ばす。こびりついていた泥と血はすべて拭き取られ、ブロンドヘアの美しい顔立ちが穏やかな寝息を立てている。
クラーラ曰く、ベルの治癒魔法で腕と足の骨折は治ってるそうだ。幸いなことに、命に別状はないらしい。
「生きているだけでもうけもんだろ。そのうち元気になるさ」
だといいけどねという返事を聞きながら、オレは引き続きの看病をお願いした。先程の少女といい、こちらの女性騎士といい、回復には時間がかかりそうだ。
エリーゼやベル、それにソフィアやグレイスにも頼んで、交代制で彼女たちの面倒をみてもらうことにしよう。女性同士なら目覚めた時に警戒されることもないだろうしな。
とはいえ、年末の忙しい中、女性陣には苦労を掛けてしまうなあ……と、そんなことを思っていたのだが。
こちらの予想に反し、集会所の少女は驚異的な回復力をみせ、翌日には会話が出来るぐらいにまで復調したのだった。
***
ベッドに上半身を起こした少女は、顔色こそ優れなかったものの、意識も口調もはっきりしており、頭を下げながら礼を述べた。
「この度は助けていただき、本当にありがとうございました……」
「いやいや、まだムリはしないように。しばらくはゆっくり休むといい」
素直に「はい」と返事をする少女は、名前をフローラという。平民の出身ながら帝国軍下級騎士という地位にいるそうだ。
慣例では貴族階級でなければ騎士へ叙任されないものの、ヴァイオレットの計らいにより、平民である彼女が取り立てられたらしい。
「お優しい方なのです。身の回りのお世話しか出来ない私へ、才能があるとお声を掛けて下さり、ヴァイオレット様の従士を勤めさせていただくまでに……」
「あ~……。言いにくいんだが、乗っていたワイバーンなんだけどな」
「わかっております。助からなかったのでしょう?」
静かに首を横に振り、フローラは青ざめた顔を浮かべながら、ここに至るまでの経緯をぽつりぽつりと語り出した。
発端は急遽命じられた連合王国、国境都市への襲撃だった。講和が結ばれるという情報が入り、出兵しなくて済むと安堵していたところの命令だったので、兵の大半は疑問を持っていたそうだ。
それはヴァイオレットも同じだったものの、大人しく命令に従い、竜騎士たちを率いて出撃したらしい。
しかし帝国の急襲を予想していた連合王国は、国境都市の陣地防御を固めており、兵たちは次々と撃破され、竜騎士も大型弩砲や魔法によって打ち落とされてしまう。
混乱極まる中、何とか戦場を離れたものの追撃や天候不順に遭い、進路をダークエルフの国へ取らざるを得ない状況になってしまった。
ダークエルフの国へ入ってからも追撃は続く。今度は連合王国軍ではなく、ダークエルフ軍による魔法攻撃を受ける羽目になってしまったのだ。
集中砲火に為す術もなく、やがてワイバーンが致命傷を負い……。気がつけばベッドの上だった、というわけだ。
「墜落寸前のことは覚えているのです。あの子と、ヴァイオレット様が身を挺して私を守って下さったので……」
フローラは掛かっている毛布をギュッと掴み、苦悶の表情を浮かべながら続ける。
「ヴァイオレット様はご無事なのでしょうか!?」
「心配いらないよ。集中して治療を受けてもらう必要があって部屋を離したけど、命に別状はないからね」
「よかった……。できれば、お顔を拝見しに伺いたいのですが……」
赤褐色のロングヘアを揺らして頼み込むフローラだが、それを遮ったのはこの日の看病を担当するエリーゼだった。
「ダメですよ、フローラさん。あなた自身、まだ歩き回るのは危険なのですから」
「ですが……」
「それに、具合が悪そうな状態を見せてしまっては、かえってヴァイオレットさんを心配させてしまいますよ?」
「……」
「ここは私たちに任せて、元気になったらお見舞いに行きましょう。ね?」
黙ってこくりと頷く少女へ穏やかな笑顔を向けるエリーゼ。心優しいふくよかなハイエルフに看病を任せ、オレは集会所を後にした。
あの分なら、元気を取り戻すのも時間は掛からないだろう。その頃には、ある程度女性騎士も回復していればいいんだけどな。
そんな願いが通じたのだろうか。さらに翌日、農作業中のオレにグレイスが慌てて駆け寄り、来賓邸の女性騎士が意識を取り戻した事を伝えるのだった。
***
クラーラが容態を診ている際にヴァイオレットは目を覚ましたそうだ。
混乱した様子もなく、落ち着いて会話に応じているらしい。すぐに向かうと返事をして、グレイスを来賓邸へ戻すことに。目覚めたら目覚めたで、治療の人手が必要になるだろうしな。
土埃を落とすため手を洗っていると、ふわふわと舞うように近付いてくる小さな影が。妖精のココだ。
「あら、タスクじゃない。何してるの?」
「ああ、助けた女性騎士が回復したようでな。これから来賓邸に向かうんだよ。ココは今日、仕事が休みなのか?」
「ええ。さっきまで寝ていた所よ。たっぷり休養しないと、お肌に悪いでしょう?」
はふぅと大きなあくびをひとつして、ココはオレの右肩へ腰掛けた。
「ねえ、私も着いていって良いかしら?」
「いいけどさ。そんな面白いもんじゃないぞ? 色々話を聞くだけだし」
考えてみたら頭が痛い。知りたいことが多すぎるのだ。戦争のことだけでなく、帝国に現れたという異邦人の話も聞き出さないといけないし。
彼女たちが今後どうしたいのか希望も聞いておかないとな。帝国へ帰還したいと言われたらどうしたもんだろうか……。多くのことに思考を巡らせている最中、オレの話に耳を傾けていたココは、おかしいわねと首を傾げた。
「おかしいって何が?」
「昨日、帝国からきたっていう妖精がお店にいたのよ」
「そりゃまた、ずいぶん遠くからきたもんだな」
「でしょう? だから私聞いたの。帝国にいる異邦人ってどんな人なのかって。興味が沸くじゃない?」
「うんうん」
「そしたらね。そのコが言うには『帝国に異邦人なんかいない』って」