105.竜騎士の救助
帝国軍? でも帝国って、ここからだとかなりの距離が離れているはずじゃ?
その疑問を口にするよりも早く、川向かいからガイアの叫ぶ声が聞こえる。
「タスク殿ぉ! こちらの森にワイバーンが倒れておりましたぞ!」
「ワイバーンって、小さいドラゴンみたいなヤツか?」
「そうです! 状況から察するに、その者たちを庇っていたようですな」
抱き起こした女騎士をベルに任せ、オレとロロはガイアの案内で森の中へと足を進めた。そして二十メートルも進まず、倒木の間に倒れていた小型の龍を視界に捉えるのだった。
「これは……酷いな……」
龍用に作られた鎧と、頑丈そうな緑色の鱗を全身にまとっているワイバーンだったが、羽は無残に破れ、目に見えるだけで胴体には三カ所ほど大きな穴が開いており、そこから赤黒い液体が止めどなくしたたり落ちている。
口元から微かな息遣いが聞こえるものの、開いたままの瞳は焦点があっていない。死を間近にしたワイバーンの額に手を当てたロロは、目を閉じたかと思いきや、何かを呟き始めた。
間もなくワイバーンのまぶたはゆっくりと下がっていき、それと同時に息遣いは止まった。額から離れたロロはオレの右肩へ腰を下ろし、死の間際、意識下へコンタクトをしたというワイバーンの遺言を口にする。
「倒れていた人たちは竜騎士だって言ってたッス……」
そして、自分は助からないから、主だけでも助けて欲しいとも言っていたそうだ。主というのは、当然、さっきの女性騎士たちなんだろうな。
よく見れば首元にネームタグのようなものが巻き付けられているのがわかる。おもむろにそれを外し、オレはガイアたちへ問い尋ねた。
「……こっちの世界では亡くなった後、どう弔うんだ?」
「埋葬がほとんどですな。地域によっては火葬もあるようですが」
「そうか。このまま野ざらしにするのはかわいそうだ。丁重に弔ってあげよう」
「御意」
こうしてオレたちは女性騎士たちを一旦連れ帰った後、ワイバーンを埋葬するべく、人手を伴って再びこの場所へ戻ってくることにしたのだった。
***
ワーウルフに加え、翼人族を引き連れてワイバーンの埋葬へ向かったオレは、先程回収できなかった、恐らく女性騎士たちが使っていたであろう武具を拾い集めることにした。
長剣に槍、弦は切れているが弓もある。素人目にも一級品とわかるもので、磨き上げられた武器を眺めながら、オレはロルフの言葉に耳を傾けた。
「竜騎士は帝国と連合国だけに存在する特殊な兵士ですね。通常、ふたり一組でワイバーンに乗ると聞いています」
ひとりがワイバーンを操り、もうひとりが攻撃を担当するそうだ。しかし、人間の国にしかないっていうのも珍しいな。
「ワイバーンの飼育と繁殖は至難の業ですから。労力に見合うだけの価値があるなら、他の国でも取り入れているでしょうが」
「そんなに大変なのか?」
「ええ。ですので、人間族の国でも両手で数える程度しか存在せず、エリートの中でもごく限られた者でしかなることができない、と」
「その理屈なら、さっき助けた人たちは相当偉いってことになるな」
「そうですね。本人たちから話を聞くまで、正確なことはわかりませんが……」
ま、そりゃそうだよな。事情を聞かない限り、真偽を確かめようがない。しかし異世界で竜騎士というからには、実際にドラゴンへまたがっているものだと思っていたんだけど……。
深く掘り終えた穴へ横たわるワイバーンは、オレが今まで見たドラゴンより二回りほど小さいもので、深手を負いながら騎乗する人たちを守りつつ、よくここまで飛んでくることができたなと感心してしまう。
その忠義へ敬意を払いながら、オレたちは冷たくなったその身体へ土を覆い被せていった。故郷から遠く離れた場所では不本意かも知れないが、せめて安らかに眠れるよう願うばかりだ。
***
ワイバーンの供養を終えたオレは、当然のことながら養殖池の拡張をする気なんてすっかり消え失せてしまい、大人しく領地へ戻ることにした。
とにもかくにも一命を取り留めたあのふたりぐらいは助けたい。帝国軍だなんだというややこしい話はそれからだと、戻ってきたその足で集会所へ向かった。
二階の一室へ寝具を設け、アイラが救助した騎士を看病することにしたのである。もう一人、オレの救助した女性騎士は少し離れた来賓邸で治療を受けている。
最初、一緒の部屋でいいんじゃないかと考えたんだけど、この意見は奥さんたちを始め、領地の全員から即座に却下されてしまったのだ。
「意識が戻った際、協力し合って逃亡する恐れがあります」
「また示し合わせた上で、虚偽の情報を話すかもしれません」
「個々に治療を受けさせながら、事情を聞くのが得策かと」
助けた相手が帝国軍だからって、そんなに警戒する必要があるのかなと思ったものの、戦争を起こした当事国ならある程度は止むを得ないのかもな。
領主ならもっと毅然とした態度を取らないとダメなんだろうけど、まだまだオレは甘いようだ。
やれやれとため息をつきたくなる衝動を堪えながらドアをノックすると、淡い桜色をしたショートボブの人物が、柔らかい微笑みをたたえながらオレを出迎えてくれた。
「おかえりなさいタスクさん。お呼びに行こうと思っていたんです」
リアはそう口にしながら、ベッド脇へ置かれた椅子を勧める。
「つい今し方意識を戻されたところで」
「そうか。看病ありがとな、リア」
とんでもないと首を振り、リアはお話しは短めにお願いしますと続けた。今は休ませてあげることが何より大事だそうだ。
ベッドへ横たわる騎士――というにはまだ幼い、赤褐色をしたロングヘアの少女は、そばかすのある顔を天井へ向けながら、うつろな眼差しで口を開いた。
「……助けて…いただいた……よ…で……ありが…う……ござい…ま……」
「無理に喋らなくていい。ここは安全な場所だから、ゆっくり休んでくれ」
安堵したような顔を一瞬浮かべた後、少女は目線をこちらへ向ける。
「……っと…さまは?」
「どうした?」
「…ヴァ……い……れっと…さま……ご無事…で……?」
正確には聞き取れなかったが、一緒に倒れていた女性騎士を心配しているのだろう。安心させるため、一緒に助け出したこと、別室で治療を受けていることを伝えると、少女はベッドの中から腕を伸ばし、オレの服を強く掴んだ。
「…お……ねがいで……ヴァ……っと……さまを…助け……」
「ああ。大丈夫、優秀な医者がいるからな。きっと助かるさ」
「よか……た」
力が抜けたかのように、少女の腕はだらりと下がった。残っていた気力を振り絞ったらしい。意識をうしなうようにそのまま眠ってしまった。
ベッドの中へ静かに腕を戻したオレは、リアへ引き続き看病を頼み、今度は来賓邸へ足を伸ばした。少女の言葉が確かなら、こちらで治療を受けている女性騎士はヴァイオレットという名前のようだ。
看病しているクラーラへどんな様子か確認しようとした矢先である。来賓邸の前にいた挙動不審な二人組を視界へ捉えたのだった。
「アレックスにダリルじゃないか。こんなところでどうしたんだ?」
ハーフフットの兄弟は頭を下げた後、互いの顔を見合わせながら、どちらが話を切り出すか押しつけ合っている。
「兄貴から話せよ」
「いや、ここはお前から……」
なにやら収拾がつかなそうだったので、悪いけど用があるなら後にしてくれと言い残して去ろうとした瞬間、意を決したかのようなアレックスの声が耳に届いた。
「領主様っ! お話が!」
「あー……。急ぎじゃないなら後がいいんだけど」
「いえ! 急ぎなのです! ここにいる帝国軍の騎士のことなのですが!」
「治療が終わったら龍人族の国へ引き渡しとかするのか? お館様!?」
「いや? 先のことは考えてないけどさ」
そうか。よくよく考えれば、助けたとはいえ一応捕虜って扱いになるのか。外交上の問題にもなるし、ジークフリートへ相談しないといけないのかな?
なかなかに面倒なことになりそうな予感を覚え始めていると、ハーフフットの兄弟はさらに続ける。
「お願いがあるのです、領主様! あの帝国軍の騎士を助けていただけませんか?」
「そりゃもちろん助けるよ。そのつもりで治療を受けさせているんだし」
「そうじゃなくて、戦争の罪とかに問わないんで欲しいんだよ!」
あれ? ハーフフットたちの村って、帝国軍の襲撃を受けて壊滅したはずだよな? 相当な恨みがあるんじゃないのか?
「それはもちろんあります。……ですが、処刑寸前の我々を助けてくれたのが、あの騎士なのです」