102.新種の樹木。そして映え
面倒ごとは早めに済ませたいというわけではないけど、年内には片付けて、新たな気持ちで新年を迎えたい。
目の前に広がった膨大な種子を前に、オレはそんなことを考えていた。ジークフリートから「どうしても桜を見たい!」と言われたので、様々な種子を組み合わせ、構築を試みようとしていたのである。
確かに日本でも地域によっては冬桜というのが存在するし、寒い季節に桜が咲くことも珍しくはないのだが。ゼロからそれを作り出すのは、またちょっと事情が違うのだ。
ラーメンとかエビフライが食べたいみたいなノリと同じ感じで言われても困ってしまう。ブラック企業に勤めていた時ですら、上司からこんなムチャ振りをされたことはなかったんだけどなあ……。
……いや。あったか? ……あれ? どうだったかな……? すっかり異世界での生活に馴染んでしまったせいか、最近、元の世界での嫌な記憶が薄れていくんだよなあ。ま、いい傾向だけどさ。
いつまでもにらめっこしていたところで埒が明かないと、大きくため息を吐いてから構築へ取り掛かろうとしていた矢先、「何してるの?」と話しかけてくる声が。妖精のココだ。
「へえ~。新しい花を生み出そうとしているの? 面白そうね」
興味津々といった具合に口を開くココだけど、こっちとしては気が重い。今まで出来た新種の作物も、狙って生み出せた物はひとつだってないし。失敗の連続だ。
「ふぅん。それじゃあ、私が手助けしてあげるわ」
オレの愚痴に耳を傾けていたココはそう言うと、胸元で手を組み、何かをブツブツと呟き始めた。
間もなく胸元は輝きを放ち、大きく広げた両手からは、流れ星のようなきらめきが種子へ降り注いでいく。思わず息をのむほどに幻想的な光景である。
「一体何をしたんだ?」
「精霊たちの力を借りて種子に祝福を与えたの。おまじないみたいなものね」
祝福を与えた種子は通常より生育が早かったり、作物の収穫量が増えたりするそうだ。
「新しい花ができるかどうかわからないけれど、やれることはやっておきたいじゃない?」
「そりゃそうだな」
ココの言葉に頷いて応じ、オレは並べられた種子の中から適当に選んだいくつかを手に取った。構築の能力に妖精の力が加わったのだ。きっと上手くいくだろう。
できればそれが桜でありますようにと願いつつ、黙々と構築を進めていくのだった。
***
数日後。
構築した種子から生育したのは、樹木が二本だけという結果に終わった。両方とも桜とは明らかに異なる花を咲かせていて、それぞれ白色とオレンジ色をした大きな花を見ることができる。
ま、流石にそんな上手く事が運ぶはずもないだろうと、気落ちするよりも、やっぱりなという心境で過ごすこと更に数日。二本の木に果実が実っていたのを発見したのだ。
大抵の樹木なら実るだろうと、賢明な皆様ならそうお思いでしょう? オレもそう思ったさ。本題はここからでね? ……いや、問題というべきなんだろうかな?
実っていたのはアボカドのような見た目の、ゴツゴツとした皮をした果実で、それぞれ茶色と黄緑色のものがあったんだけど。
中を割ると可食部がないというか、みっしり種が詰まっているんですわ、コレが。
茶色の実にはパチンコ玉ぐらいの大きさをした、薄茶色の種が。黄緑色をした実には、細かなビーズ状をした白色の種が。実を割った瞬間ポロポロこぼれ落ちるぐらいに、隙間なくぎっちりと。
無味無臭、噛むと固いし、とてもじゃないけど食べられませんねとガックリ肩を落とすエリーゼの横で、オレは記憶の片隅から、とある食べ物の存在を掘り起こしていたのだった。
種の見た目と、乾燥した手触り。どっからどう考えても、乾燥タピオカと何ら変わらないのである。
いやいやいやいや。まさかそんな、キャッサバ芋から加工して作られる食材が、樹木から採れるわけがないだろう!? 普通ならそう考えますよ、ええ。オレもそう考えたもん。
でもね? ここ、異世界だし。今までの傾向から見ても、常識が通用しないわけじゃないですか? 一応、ホントに一応ですよ? 茹でてみようかなって、そんなことを考えちゃったわけですよ。
そんなこんなで自宅へ戻り、それぞれ違う鍋に入れて煮ることしばらく。めでたく出来上がったのは、モチモチ食感でお馴染み、正真正銘のタピオカでございましたとさ。……マジか、マジなのか……?
非常識にも程があるだろうとは思いつつも、次にやったことは七色糖で作ったシロップへ、茹でたタピオカを突っ込んでの味付けだったので、そこのところはお察し下さい。出来ちゃったもんはしょうがないもんなあ。
調理を眺めていたエリーゼが「どうやって食べるんですか!?」と、身を乗り出して聞いてくるので、元いた世界で一時期流行っていた映えスイーツよろしく、甘いミルクティーに入れて一緒に食べるのがいいよと勧めておくことに。
まさか異世界に来て、映えを意識した飲み物を作るとは思わなかったなとか考えたものの、季節は冬。冷たい飲み物は身体に良くないと、大きめのマグカップへ温かいミルクティーを注ぎ、そこへタピオカを入れ、スプーンですくいながら食べることに。
映えからは遠く離れた見た目だけれど、試飲したみんなは大層気に入ったらしく、その不思議な食感に魅了されているようだ。
妖精たちはタピオカのシロップ漬けをそのまま食べる方が好みだったらしく。
「美味しいッス! ご主人、これ美味しいッスよ!」
「…モチモチ……。………ムニュ……ムニュ……。クセに…なる……」
……と、ロロやララを始め、一様に喜ばれている。
その中でも特にココの反応はずば抜けていて、この世にこんな美味しい食べ物があるなんて信じられないと、タピオカの素晴らしさを五分ほど熱弁し、そしてこう締めくくった。
「タスク! アナタの能力は本当に素晴らしいわ! こんな素敵な食べ物を作り出せるのですもの!」
「はは……。ありがとう。でも、ココだって種子を祝福してくれただろう? そのお陰もあるんじゃないかな?」
「いいえ! いいえ! そんなことは些細なことだわ! アナタがやったことは神秘、いえ奇跡の領域よ! もっと自分を誇るべきなの!」
キラキラとした眼差しで褒め称えられるのって、普通なら悪い気はしないんだけど……。今回のこれはちょっと度が過ぎているというか、正直戸惑う。
困惑している様子を気にも留めず、さらにココはこんなことを言い始めた。
「ねえ、タスク? そんなアナタを見込んでお願いがあるのだけれど……」
「どうした?」
「私、ここでカフェを開きたいの!」