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01.転移

 二つの太陽が、抜けるような青空に燦々と輝いている。


 違和感しか無かった光景も、十日を過ぎる頃には珍しく思わなくなるものだから、人間の慣れというのは不思議だ。


 こちらの世界へ、着の身着のまま放り出された時はどうなることかと思った生活も、割となんとかなっている。いやはや、自分の順応力というのを褒めてやりたいね。……若干は諦めの要素が無きにしもあらず、だけど。


「おぅい、タスクや」


 妙に年寄りめいた話し方をする、見た目は女子高生ぐらいにしか見えない猫人族が、猫耳と尻尾をぴょこぴょこ動かしながらやってくる。


「ぼちぼち狩りにいこうぞ。食料の備蓄はいくらあっても困らんしの」

「……またイノシシに追われるハメになるのはゴメンだぞ、アイラ?」

「この前のはちょっとしたハプニングじゃ。そうそうそんな大物は出てこんでな」

「あ、いたいた☆ おーい、タックン、アイラっちー!」


 後方からオレたちを呼び止めるのは、ギャルっぽい格好のダークエルフだ。もっとも、格好だけでなく、喋り方もギャルのそれなんだけど。


「ちょいーっす♪ あのサー、新作できたから、ちょいっと試着して欲しいかなーって思って☆」

「ベル……。この間みたいな奇抜な服なら、お断りじゃぞ?」

「ああん、アイラっちってば、冷たいナー☆ 新作はビビットでエモエモな仕上がりなんだし、ノープロっしょ?」

「何を言うておるのか全然わからん……」


 猫人族とダークエルフのやり取りを聞いていると、今度は畑から、ぽっちゃりとした体形のハイエルフが息を切らしながら駆けてくる。


「た、タスクさん! 森へ行かれるんですか!?」

「うん、そうだけど。どうした、エリーゼ?」

「それなら、木の実をいくつか採ってきてもらえないでしょうか? パンに混ぜて作りたいんです! それと香辛料も見かけたら採ってきてもらって、それと……」


 うーん、実に賑やかだ。たった一人きりで始めたサバイバル生活が、十日間でこんなに騒がしい生活へ変わるとは。


 何はともあれ、どうしてオレが異世界で生活を送ることになったのか。まずはその経緯を話そう。


***


 基紀(もとき) 多諏玖(たすく)、三十歳。独身男。多忙さと安月給、そして終電帰宅が当たり前の長時間残業がウリという、ブラック一歩手前の企業で働き、日々のストレスをゲームと料理で解消する……。つまり、どこにでもいるような社会人がオレである。


 週末のその日は、天気予報通り朝から大雨で、大粒の水滴を窓に叩きつける空は鉛色ながらも、対照的にオレの心は晴れやかそのものだった。


(残業しないで定時に上がれる金曜日! これを奇跡と言わずしてなんと言おう!)


 ……いや、普通の会社なら残業しなくてもいいのだろう。毎日の過重労働が当たり前の環境に毒されてしまっているので、時間通り帰宅できるということに幸せを感じてしまうのだ。


 ともあれ、開放感に心を躍らせ、時折鳴り響く落雷の音を耳にしながら、会社を後にしたオレは、土日の二日間を引きこもるための食料を買い込むと、家路を急ぐのだった。


「とりあえず帰ったら『ラボ』やって、明日は『ラボ』のプレー動画を見ながら、久しぶりに菓子でも作るかなー」


 ――『ライフ・オブ・ア・ビルダー・オンライン(Life of a Builder Online)』、通称『ラボ(LaBO)』は、十年前に登場したオンラインゲームだ。


 広大な仮想世界を探索、探検し、様々な素材を集めて組み立て、道具や建築物を作り、自分だけの生活環境を作り上げる――いわゆるオープンワールドゲームの一種である。


 ハードルの低さに反比例した自由度の高さと、バージョンアップの度に進化し続けるゲームシステムが世界中で大ヒット。登場から現在まで累計三千万本を売り上げ、今もなお、人気の衰える兆しが見えないモンスターゲームだ。


 かくいうオレも、『ラボ』にハマっているプレイヤーのひとりなのだが。社会人になると、がっつりゲームをプレーできる時間というのはなかなかに厳しく。

 ましてや、残業に次ぐ残業で、深夜に帰宅するような日々である。今日のように早く帰れることが貴重に思えて仕方ないのだ。


 雨脚はますます強まり、マンションの部屋へたどり着く頃には、スーツが全身ぐっしょりと濡れてしまっていた。いつもなら舌打ちのひとつでもしたくなるような状況だが、これからお楽しみの時間が待ち構えていれば、話は別だ。


 スーツをハンガーに掛け、手早くシャワーを済ませると、オレは買い込んだ食料と飲み物をテーブルへ並べ、クッションとタオルケットを脇へ置いた。もちろん、寝落ちをしても大丈夫なように、だ。


 まさに、有意義な休日を過ごすための盤石の布陣。完璧、完璧すぎる……! 金曜日の夜を最大限楽しむための用意周到さに、心の中で自画自賛しつつ、オレははやる気持ちを抑えながらゲーム機をセットしたのだった。


 その時である。


 『ブツンッ!!』という音と共に、照明が全て消え、部屋の中は暗闇に包まれてしまったのだ。


「何だ、いきなり?」


 部屋着のポケットに入れていたスマホを取り出し、ライトを照らす。そして、そのままブレーカーを調べに行くが、問題は無さそうだ。


「と、なると……」


 ライトを頼りに窓辺まで足を伸ばし、カーテンを開ける。高台にあるマンション五階の部屋からは、ある程度、街の夜景が望めるが、この瞬間、全ての光景が闇に染まっていた。いわゆる停電である。


「マジかよ……。結構な頻度で雷落ちてたから、ヤバいなとは思ったけどさあ」


 何もこんな時に停電しなくてもいいんじゃないか? 今日は金曜日、今まさに羽を伸ばして自由な時間を謳歌しようとしていた、その瞬間に、わざわざ停電にならなくても!


 ゲーム機には内蔵バッテリーも液晶画面も搭載されているので、電源が無くてもある程度の時間は遊べるものの、停電の影響で家のWi-Fi環境が使えない。『ラボ』はオンラインゲームなので、ネット環境が使えないとプレーを楽しめないのだ。


 万事休す! 諦めるしかないか……! と、普通なら考えるだろうが、オレは違う。すぐさまスマホの画面を確認し、携帯会社の通信機能が無事なことを確認し、テザリングの準備を始めたのだった。


 スマホをルーター代わりにして、ゲーム機をネット接続する――ある程度、データ量がかさむだろうけど仕方ない。一週間、『ラボ』をプレーすることを楽しみに、仕事を乗り切ってきたのである。


 丸一日停電が続くとも思えないし、修復するまでの辛抱だ。テザリングにかかった通信料金を追加で払っても微々たるものだろう。


 結論を導き出し、ネットに接続するための準備を進めるため、ゲーム機に触れた瞬間――突如として視界の中心に閃光が走り、轟音がオレの耳を貫いた。


 ……何が起きたのだろうか? まったく理解できないまま、頭の中を支配するキーンという強烈な高音と、視界を奪う真っ白な光に意識は遠のき、そして、そのまま思考は停止した。

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― 新着の感想 ―
[一言] TVでも金なし、学歴なし、夢なしのヒロインが登場してるそうな>しかも共感呼んでるそうです 主人公といい 世知辛い世の中ですねぇ...
[良い点] 初っぱなから和製英語全快(笑)
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