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悠久の魔術師  作者: みずっち
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第1幕:奇跡の泉

広大な砂漠のただ中に、一人の男が居た。前には巨大な蠍の魔物、後ろにはキャラバン隊が居る。

男が指をパチリと鳴らすと、赤いマントがフワリとはためき、蠍の魔物が細切れに切り裂かれ、砂の上に崩れ落ちた。

キャラバン隊の連中は全く訳が分からないという様子で、目を白黒させたりポカンと口を開けていた。

「い、一体、何が…?」

「ただのエアブレードだが?」

男は事も無げに言い放ったが、一般人の知るそれはそんな高威力の魔法では無い。

そもそも打ち出す魔法の呪文か名前の詠唱が必要だし、風の刃は精々一つか二つである。幾つもの刃が同時に発生するものでは無い。


「ライノットさんすげー!」

そんな驚愕と畏怖の雰囲気を切り裂く能天気な叫びが、更に後ろから聞こえてきた。

金髪に茶色い瞳の少年が無邪気にはしゃぐ。

白い薄手の服とチェック柄のズボンと言う明らかに場違いな装いで、砂漠の真ん中まで付いて来ていた。

少年の名前はアレン・ベルウッド=岬、数日前に共和国と砂漠の境界付近でサルベージした異世界からの訪問者だった。

今着ている服は向こうの世界で通っていた学校の制服らしい。

まだ子供のような面差しの少年は十三歳と言っていた。ニッポンとフランスのハーフとも言っていたが、向こうの世界の国名を言われても良く分からない。

それぞれの国名は過去の転生者、転移者達から何度か聞いているが、向こうの地理に疎いので実感が湧かない。


「やっぱ魔法ってスゲーなぁ!」

野営の準備を手伝いながら、アレンが目を輝かせた。

驚き方が周囲と違い、少々トンチンカンな事を言っているが、ライノットもキャラバン隊の連中も、異世界から来たので仕方ないと割り切るか諦めている。

「君にも魔力が宿っている様だが?」

「どうやって使うんすか?」

そこからか。

いや、異世界(元の世界)には魔法が存在しないらしいので、魔力を扱う方法を知らないのも無理は無いだろう。

「不思議っすね~…こっちに来た時にランダムで魔力が貰えるなんて…」

アレンは自分の手を握ったり開いたりしながら首を傾げた。

「それは本当に運次第だ…神話や伝説の英雄並に備わる者も居れば、一般人並に少ない者も居る」

「じゃあ俺はどんぐらいなんすか?」

アレンの問いに、ライノットは少し考える仕草をして、アレンの手を取り、魔力量を量った。

「一概には言えんが、共和国の基準で言えば中級魔術師と同程度は有る様だな」

「中級…?」

イマイチ良く分かっていない感じでアレンが首を傾げる。


「そうだな、共和国で言えば、千人以上居る登録魔術師の中で上から二百人以内だ」

因みに上級は現在十人程度だが、アレンはまだ十三歳なので、これから成長すれば魔力も上昇するし、訓練すれば威力や操作性も上がる。上級にも食い込めるかも知れない。

「マジっすか!」

ただし、座学の試験も合格しないと万年中級に終わると言うと、あからさまに肩を落としてしまった。

「そう言う試験やっぱり有るんすね…」

「何だ?色々勉強すれば良いだろう?」

「俺勉強嫌いなんすよ…」

それは本人の努力次第である。

「俺が一緒に居る間は弟子にしてやっても良いが、どうする?」

「マジっすか!良いんすか!」

今度はあからさまに目をキラキラさせて叫ぶ。

忙しいヤツだ。

「その代わり助手として働け」

ライノットがニヤリと片方の口角を上げると、アレンはゴクリと喉を鳴らした。

「ブ、ブラック営業っすか…?」

今度は体罰だ何だと煩い。取り敢えず死なない程度には気遣ってやると言ったら、恐慌状態になって砂の上で「いーやーだー!」とのたうち回っていた。

因みに、今直ぐに元の世界に帰す事も可能だと言ったら、数秒考えた後、せめてキャラバン隊を見届けるまでは居たいとキッパリ断られた。


キャラバン隊というのは、共和国と南に有る国々の間に有る砂漠を縦断する、交易の要であるらしい。

ライノットに取っては在り来りな旅だが、アレンには旅自体が新鮮な物だった。

「俺、長い旅はした事無いんすよ」

「ほう?」

知識としては知っていたが、アレンが実際に関わるのは初めての体験だ。

聞けば、親戚の家に三泊四日とかは有るらしいが、砂漠を渡る様な物は初めてだと言う。

こちらの世界でも、一般人が国外に出る事はあまり無いので似たような物だろう。

「そういや、砂漠のド真ん中だけど、水の補給は大丈夫なんすか?」

何も知らないアレンからすれば、当然の疑問である。

「一般人はオアシスを探すが、俺達魔術師は魔法で出す」

「えっ?普通は出せないんすか?」

アレンが目を丸くした。

「まぁ、やれない事は無いがな」

ライノットによれば、魔法で出す場合は、物質を具現化する系統の魔法が必要らしい。

習得していなければ、出す事は出来ないのだ。

そして一般人、特に職人などは、得手して特定の分野以外の魔法に疎い者が多い。

翻って、魔術師達は殆どが様々な分野の魔法を習得しているので、大抵の魔術師は水を出せる。

加えて、その属性の精霊と契約していれば、魔力消費を抑えて魔法を行使する事が可能である。


「じゃあ、習得してれば出せるんすか?」

「ああ、習得していれば、一般人でも出せる」

実演として、ガラスのコップの口に手を翳した。

コップの底から、ボコボコと水が湧き出て来る。

二十秒ほどで一杯分の水が溜まった。

「おおっ」

「俺は複数の精霊と契約しているから、魔力は殆ど消費しないが、契約してなくても、コップ一杯ぐらいなら一般人でも大丈夫だろう」

「え、じゃあ、普通の人達は何で習得しないんすか?」

アレンが首を傾げる。

それに対して、ライノットは大まかな理由として二つ挙げた。

「主に時間と費用だな」

「えっ…?」

「共和国では、魔法を学ぶための場所が有る。学院だ。だが、寮生活で、数年間学ぶ必要が有る。その間は働けないし、学費も掛かる」

優秀だったり素質が抜きん出ていれば、学費の減免は有るらしいが、それでも数年間は拘束されるのだ。

無論、一般人にも門戸は開かれているが、学費に関しては借金扱いになり、卒業後は返済が必要だ。

「奨学金みたいっすね」

「あぁ、そうだな。元々そちらの世界から輸入した制度だ」

一応、目指す習得度や参加する授業の数に応じて金額も変わるが、職人等になると、特定の分野の魔法を習得したらそれで終わりと言う事が日常である。

例えば鍛冶職人は火の魔法や物を動かす類の魔法等だ。

必要なものだけ学び、それ以外は不要と言わんばかりの者も多い。

「なんかもったいねぇなぁ。座学はともかく、実技は楽しそうなのに」

「商人や職人達は、家業を継いだりするからな。魔法以外にも学ぶ物が多いんだろう」

キャラバン隊の人達に聞いたが、帳簿の付け方や店の経営などは魔法では無いので、各家で教わるらしい。


「アレン、魔力感知の訓練だ」

先ず、魔力の扱いに慣れる必要が有る。

師弟関係になってから、訓練はずっとこの類いの物である。

「えー、またっすか~」

アレンは魔法初心者なので仕方無い。

渋々と言った感じだが、素直に従った。

地面に広げたシートの上で、胡座を掻く。

アレンのイメージは座禅だが、集中出来るなら構わないし、ライノットには違いなぞ分からない。

取り敢えず、集中出来る体勢を整えろと指示した結果だ。

組んだ足の上で両手を重ね、掌を上に向ける。

目を瞑り、余分な力を抜き、背筋を伸ばし、深呼吸を繰り返す。

集中力が増して来た所で、自分の内側に意識を向ける。

最初は、体内を循環する魔力を感じ取る事から始める。

感知出来なければ、魔法の行使もままならない。

だが、始めたのが数日前なので、まだ感覚が分からない。

若干だが、体を巡る熱と言うか、エネルギーみたいな物は感じる。

血流とは少し違う。脈打ってはいない。

ライノットに聞いたら、それが魔力の流れらしい。

「体内魔力の感知は出来る様になって来たな」

感知出来る様になって来たら、次は制御に移ると言われた。


数日旅している内に、オアシスに着いた。

「…池?」

アレンの目の前に有る物は、湖と言うにはとても小さい水溜まりだった。

記憶に有る小学校のプールより少し大きいぐらいか。

キャラバン隊によると、『シズカの泉』と呼ばれているらしい。

「これでもオアシスだ」

「なるほど…」

無いよりマシと言うヤツだ。

一応周りには草が生えていて、砂漠の真ん中に緑が映える。

地下水がここに湧き出ているらしい。数百年前からだそうだ。

「師匠、そんな事も知ってるんすね」

「まあな」

作った張本人がここに居るが、態々教える必要は無い。

聞かれなければ答えないと言うヤツだ。

そんな事を知る由もないアレンは、池に手を入れてはしゃいでいる。

「おー、つめてー!」

そうかと思えば、いつの間にか、キャラバン隊の野営準備を手伝い始めていた。

忙しないヤツだ。

ライノットは、準備が終わったら修行を続けると告げた。


キャラバン隊は、ここに暫く留まると言う。補給や骨休めを兼ねているそうだ。

丁度良いので、このまま修行を続ける事にする。

制御の訓練は、感知で得たイメージの応用だ。体内魔力の流れを、自分の意思で操作出来る様にする。

集中、拡散、抑制、活性等の訓練だ。

「体内魔力の感知と制御は全ての基礎だ。疎かにすると、後で苦しくなる」

「なるほど…」

体の外、大気中に充満する魔力も、利用する為に感知と制御が必要だが、体内魔力の場合の応用で出来るらしい。

兎に角、感知と制御をみっちりやる事になりそうだった。

「そう言えば、呪文唱えたりとかはやらないんすか?」

「有った方が魔法のイメージがし易いのは事実だがな…正直、無くても問題無い」

詠唱する呪文は、学院に入れば授業で教わるので、今は不要らしい。

後、無詠唱の方が時間短縮が出来ると言われた。

それはアレンにも分かる。詠唱時間を削れるからだ。

無詠唱がどれ程の意味を持つか、彼には分からないので、素直に従う事にした。


先ずは感知で、自分の魔力の状態を把握する。

次に、魔力の流れに介入し、動かせる様にする。

最初は集中出来る体勢で訓練するが、慣れて来たら、動きながらやる。

「動きながらってキツイっすね…」

制御の訓練を始めて五日経った。

何とか立った状態で制御出来る様になったが、動こうとすると乱れてしまう。

「ほぼ慣れだ」

コツを聞いたが、返事がコレだった。

「そういや師匠、気になる事が有るんすけど」

「なんだ?」

「感知に集中すると、周りから声みたいのが聞こえて来るんすけど…」

「ほう…」

ライノットは、目を細めて少し考えた後、口を開いた。

「それは、この辺の精霊の声だろう」

「マジっすか!」

アレンのテンションが上がる。

「お前に話し掛けているそうだ」

「すげー!…あ、でも師匠は前から聞こえてるんすか」

「ああ、そうだな」

ついでに言うと、テレパシーで会話もしている。

「えー!ズリぃー!俺もやりてえっすよー!」

「修行を続ければ良いだろう」

「そりゃそうっすけどぉ」

文句を言いながらも、修行内容についてはそのまま従う。

根は素直なのだろう。

そして、さっきまで文句を言っていたのに、直ぐに修行に集中し出した。


オアシスに着いて二日が経った。

キャラバン隊は、後二~三日で出発したいらしい。

「いや~、そうなんすよ~、師匠ってば、人使い荒くてさ~」

アレンが虚空に話し掛けている。

動きながら精霊と雑談出来るぐらいには、魔力制御が可能になった様だ。

「えっ?魔法っすか?それがさあ、まだ中々出せないんすよねぇ、風の魔法とか火の魔法とか…」

精霊と会話出来ている時点で、感知と制御は出来ている筈だ。

「まあ、後は練習だけらしいんすけど…」

「アレン、もしかして水精霊(ウンディーネ)と話しているのか?」

ライノットが尋ねると、アレンは頷いた。

「最初に仲良くなったっす」

それは、泉の精霊だった。

「アレン、水の魔法は試してみたか?」

「いや、まだっす」

「水精霊と一番仲が良いなら、水系の魔法をやってみろ」

「あ、うす」

そう言えば、水系の魔法はまだ試してなかった。


気合いを入れる為に、一旦止まって目を瞑る。

感知と制御を用い、魔力を捻り出す。

水精霊が手伝ってくれるらしい。

地面に膝を突き、池に両手を入れる。

「ん~…」

脳内イメージを構築する。

水精霊と手を繋ぎ、あちらに自分の魔力を渡すイメージだ。

しかし加減が分からない。

最初なので、テキトーにやってみるか。

体内のエネルギーを精霊に送り込む。

何だか他の精霊達も寄って来た様なので、そちらにも魔力を分けようか。

まだ余裕が有りそうなので、同じくらいの魔力を渡した。

「おいアレン、何をやっている?」

師匠が何か言ってるが気にしない。

と言うか今は目を瞑って集中しているから黙ってほしい。

砂漠の真ん中のオアシスと言うイメージが浮かぶ。

オアシスから草、そして木をイメージする。

「でやっ!」

一発気合いを入れてイメージした魔法を発動させた。


池の中心からボコボコと湧き水が溢れて来る。

一瞬遅れて、周囲の草がニョキニョキ伸び始め、木になった。

「おっ、おおおおおっ!?」

キャラバン隊の人達が驚いて周囲を見回している。

池が大きくなり、木々が生え、その範囲が拡大し始めているのだ。

ライノットがパチンと指を鳴らした。

「おおっ!?う、浮いてる!」

「すまない、うちの弟子が張り切り過ぎたらしい」

キャラバン隊を浮かせ、被害が出ない様に空に飛ばす。

連れてきたラクダ達も、置いていた道具も同様だ。

「ちっ…どこまでやる気だ…」

ライノットが顔を顰めた。

池が大きくなり、ただの草むらだった所が森林になり、その範囲が少しずつ広がって行く。

一体どれほどの魔力を注ぎ込んだのか。

精霊達に焚き付けられたのか。

眺めている間にも、どんどん森林が広がって行く。

「はぁ…」

ライノットは溜め息を吐き、何かを諦めた。

最終的に、森林の範囲は、ちょっとした都会の街を覆うぐらいの広さになってしまった。


アレンは湖の畔に寝そべった。

大の字になり、手足を投げ出した格好だ。

疲れた。ダルい。暫く動けそうに無い。

魔力の使い過ぎだとライノットに呆れられた。

肩で息をする。

これはアレだ、限界まで運動した感じだ。

それもサッカーの試合フル出場とか、フルマラソンとか、持久力が滅茶苦茶必要な類いのもの。

「ヤッパ…多かったっすか…」

「多すぎだ」

目測だが、街一つを呑み込む程だと言われた。

「大体半径五キロぐらいだな」

「…ゴメンナサイ」

直径十キロメートルの大森林が、砂漠の真ん中に出来てしまった。

山手線ってどれくらいだったっけ?

「まぁ、自分の魔力量の限界と、枯渇したらどうなるかを最初に経験出来たのがせめての救いか」

「はい…」

アレンは弱弱しく返事をするしか出来なかった。

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