第095話目―龍の秘宝―
良く分からないけれど、始祖の龍人は、僕に何かをくれる気をしているらしい。
一体どういうつもりなのだろうか。何をくれるつもりなのだろうか。と、僕が怪訝に眉をひそめている横で、始祖の龍人と龍が会話と続ける。
「渡すつもりって……本気かい……?」
「あぁ本気だ」
「あれは”秘宝”だよ?」
「……いつまでも隠しておくほど大層なものでもない。いつかは誰かの手に渡る。どうせなら良いヤツの手に渡って欲しい。……こいつは悪いヤツじゃない」
「……君は昔から変わらないねぇ」
「自らを変えるには些か歳を取り過ぎた。過ぎた月日の重みが変化を拒んで来てな。……というか、お前も人のことは言えないだろう。そういう達観したような言い方が昔のままだ」
「ふふっ。まぁ僕も君と同じサ。変わるには歳を取り過ぎたよ」
始祖の龍人はこの島に住んでいるのだから、死んだ迷宮にはいつでも入れるハズだけれども、どうにも長い間入らなかったようだ。
そのせいか、再開を懐かしむような会話をしている。その間に割って入るのは少し躊躇われ、僕はしばし、二人の様子を眺めていた。
すると、そのうちに会話が終わったようで、始祖の龍人がこちらを向いた。
「……お前に”龍の秘宝”をやる」
「”龍の秘宝”……?」
「そうだ。……使い切りの玉だ。”祝福”を授けることが出来る代物でな。お前が好きなヤツに”祝福”を授ければ良い。なんなら、自分自身に与えても良い」
「……そんな凄そうなものを、どうして僕に?」
僕の口から出たのは、純粋な疑問だった。
多少は色々と知った間柄にはなったけれど、しかし、それでも会って一週間すら経っていないのだ。そんな僕に、秘宝等という大層な贈りものなんてどうして……?
と、そんな当たり前な感情を僕が抱いていると、始祖の龍人が肩を竦めて言った。
「なんとなく、だ」
始祖の龍人が言ったその台詞は、拍子抜けするほど良く分からない理由で、けれども妙な説得力も感じる不思議なものであった。
上手く返せる言葉を見つけられず、僕がただ立ち尽くしていると、始祖の龍人は「待っていろ」と言って、龍の横を通り過ぎて奥へと進んでいった。
「……安心して良いよ。本当に祝福が入っている玉だから」
僕が呆けていると、龍が話しかけて来た。
「たった一度きり、たった一つきりだけれども、運命さえも捻じ曲げるほどの強い祝福。死の運命さえも撥ね退けることが出来るほどの祝福だよ」
どうやらそれは、”秘宝”という名に恥じないほどの効果を秘めている、そんな代物らしい。
本当に貰って良いのだろうか?
なんだか申し訳なさも感じてしまう――と、その時だった。
轟音が響き、そして、今しがた奥へと向かったハズの始祖の龍人が、粉塵と共に飛ばされてきた。
「……よもや、こんな死んだ迷宮に来訪者が現れるとはな」
地面に着地した始祖の龍人は、そんな言葉を零しながら粉塵の先を見据えた。僕と龍も慌てて同じ方向を見る。
こつ、こつ、と歩く音が聞こえて。
やがて――土煙の中から一人の女性が現れた。
「……なにこの迷宮死んでんじゃんって思ってたら、変なのが出て来るとはね。……って、うん? あれ、何か見た顔がいるんですケド? ハロルド君だっけ?」
その人物に、僕は直近で見覚えがあった。
間違いない。
――月照姫マルタ。




