第093話目―言い伝えや風習の原型の言葉―
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「あなたは一体誰なんですか?」
気づけば、僕は、そんな問いかけを行っていた。
龍人の男性は僕の問いかけの意図を察したのか、それとも察していないのか、顎に手を当ててしばらく思案した後に言った。
「……それを知ってどうする?」
「あなたはもしかすると……」
僕が答え合わせをしようとすると、龍人の男性は肩を竦めて溜め息を吐いた。
「まぁ良いだろう。察しの通りだ。……勘が良いヤツだな」
どうやら正解であったようだ。
一体どういう原理なのかは分からないけれど――この人は始祖の龍人で間違いないようだ。
「鱗の感じが他の龍人と違うようなので、あるいはと」
「なるほど。……確かに違う」
始祖の龍人が自分自身の体の鱗を見る。何かを思い出して懐かしむような、そんな感じの優し気な目元に見えた。
「そして恐らくですけれど、あなたはもう亡くなっているのでは……?」
「そんなことまで分かったのか。……生死については勘では無さそうだな。なるほどその片眼鏡か。今はそんな道具があるのだな」
「……迷宮で手に入った物です」
「俺の時代ではそんなものは出て来なかったな。……いや、人と同じで迷宮も生きている。生きている限りは時代の移り変わりを反映している、というだけか」
くっくっく、と始祖の龍人は笑うと、その場に胡坐をかいて座る。そして、ちらりとエキドナを見る。見られたエキドナは「?」と首を傾げた。
「ところで、話は変わるがそちらのお嬢さん。最初に見た時から思っていたが普通ではないな。龍人に似ているが違う」
アルミア達現在の龍人は、エキドナのことを、始祖に近い存在ではないかと予想していた。しかし、こうして本物の始祖の龍人を見て分かることもある。
明らかに違う。
ある程度は似ているけれど、どう見ても違う。むしろ現在の龍人との方がエキドナは近い。
始祖の龍人本人も、自分たちとは違う、と今明確に否定した。
「ま、どういった存在なのかについては、俺も人の事は言えぬ身なので詳しく聞くつもりはないが……一つ忠告しておくと、あまり今の龍人の島には近づかないことだ。そこのお嬢さん、その見た目のせいで、いらぬ騒動に巻き込まれるかも分からん。俺の言葉を曲解した馬鹿どもが、巫女が云々といって、変なことをしでかそうとするかも知れん」
「……もうされそうになりましたね」
「そ、そうなのか。……すまないな」
ばつが悪そうな表情になりながら、始祖の龍人は頬を掻く。それから話を聞くに、どうにもアルミア達の言っていることが、本来の自分の言葉から捻じ曲がって伝わり理解されてしまったらしいことが浮かび上がって来た。
「……言い訳をさせて貰うと、俺は、『どこかから俺と同じような龍人が来るかも知れないから、仲良くしろよ』とか、そんな感じのことを言っただけなんだ。これを言った時は、ただ単に「他に龍人いるかもな」とかそんな感じのことを思っていて、もしも居るならば、俺と同じように寂しい思いをしているかも知れないから、出来ればもてなしてやりたいとか、そんな理由でしかなかった」
始祖の龍人の言葉は、元々は、変な意味も無い凄くシンプルなものであったようだ。
ただ、それが時代を超え世代を変えていくに従い、徐々に変な方向に装飾がなされ、気づけばあんな風になった、と。
「巫女なんて言葉、そもそも言って無かったハズなんだがな……どこで追加されたのだかな」
蓋を開けて見れば、言い伝えなんてそんなモノなのかも知れない。
ともあれ、始祖の龍人が風習や言い伝えを「下らん」と一蹴する理由が、分かった気がした。
作った本人が死してなお現在まで沿革を眺め続けると、それはまぁ、そういう感想に至るのだろうな、と。




