第092話目―まさか―
「……その明かりは迷宮光だ。むかし、この洞窟は迷宮だった。……今はもう機能していない。ただ光るだけだ」
と、龍人の男性が言った。
どうやら機能を停止した迷宮のようだ。
そういえば、龍人の島にも似たような元迷宮が存在していた。
何か関係があるのだろうか……?
「……この迷宮、龍人の島にある迷宮と繋がりがあったりするのでしょうか?」
「実は道が繋がっている。機能が停止したとは言え、依然として迷路のようにはなっている通路はそのままだ。辿り着くのは容易ではないがな」
龍人の男性は言って肩を竦める。
本当の事を言っているようにも見えるし、適当に作り話をされたような感じもあるといえばある。
「……気になるなら、確かめてみたらどうだ? どうせ魔物は出て来ない」
ただ、真相はどうあれ、今の目的は元迷宮を探索することではないのだ。だからそれは大丈夫――と、僕はそう思っていたのだけれども。
「うん。いってみる」
等とエキドナが言い出し、奥に向かって駆けて行ってしまったので、僕は「ちょっと待って」と仕方なくその後を追いかけることになった。
※※※※
「迷子になったら大変だよ」
「だいじょうぶだよ」
「……この迷宮は機能を失っているから、変な細工とか罠は無いだろうけど、それでも入り組んでいることに変わりは無いんだよ。迷路のようになっている通路はそのままだ、と言われたでしょ?」
元迷宮を進みつつ、エキドナに注意を促す。すると、エキドナはすんすんと鼻をひくつかせた。
「だいじょうぶだよ。ぱぱの匂いはおぼえてるから」
「へ……?」
僕は一瞬戸惑う。
そんなことが出来るのかな、と思ったのだ。
しかし……考えても見ればエキドナの元は魔物である。
出来てもおかしくはない。
「あとね、あっついのもわかる」
魔物の時に持っていた、蛇特有のピット器官も健在のようだ。
こうして見ると、索敵という部分においては、エキドナはかなり有用な能力を持っているのかも知れない気がした。
お金稼ぎの為のエキドナとの迷宮入りを、一時は断念こそしたけれど、もしかすると案外――
――なんて、そんな考えが思わず浮かんだけれども、無邪気なエキドナを見てしまうとどうにも気が進まない。いかに能力があろうと、エキドナと二人きりでの迷宮入りは無しだ。
※※※※
しばらく歩いていると、変な場所に出くわした。
祭壇がある部屋に辿り着いたのだ。
随分と長い間手入れがされていないようで、置いてあるものが朽ち始めている。
「ぱぱ、なんかあったね」
「そうだね……」
食器のようなものを手に取って見ると、ボロボロと、砂のようになって崩れ落ちて行った。
この風化具合は十年や二十年では無い。
数百年……いや、下手をしたら数千年単位かも知れない。
「……ここは、かつて龍人の住まう島の一つだった」
と、急に後ろからぬっと龍人の男性が姿を現わした。驚いて、僕とエキドナは揃ってビクッとした。
「うん? すまんな。驚かせてしまったか。少し心配になってな。後を追いかけて来たんだ」
「は、はぁ……」
「それでだが、この祭壇についてだが、これはかつてこの島に龍人が住んでいた時のものだ」
「知っている……んですか?」
「まぁな……」
龍人の男性は、遠くを見つめるかのように、何かを思い出すかのように瞼を細めた。
「……龍人の島は、龍人の里は、ここから始まった。今龍人が住まうあの島ではない。そして、この祭壇は始祖が作らせたんだ。全くどうかしていた」
何か話し方に違和を感じる。
僕が怪訝に眉を顰めると、龍人の男性は続けて言った。
「伝統、風習、言い伝え。本当に下らん。……始祖が残した言葉と言うのは、始祖自身がどうすれば良いか分からず、適当に吐いた言葉に過ぎん。仲間は産まれて来ず、自らの子は混血であるがゆえにみな自分とどこか違う。それが寂しくはあって、しかし、そんな弱いところは見せたくなかった。だから、その都度に聞こえの良い言葉だけを吐いてその場をしのいだ。……残された者が、時にその言葉に変な解釈を加え、そして大事に抱える等とは思いもしていなかった」
この言い方はまるで……。
ふと、迷宮光に照らされた龍人の男性の姿を見て、僕は気づいた。アルミアたちのような今の龍人と比べて、鱗の質や配置が違うことに。
龍人の男性の正体は一体……。




