第091話目―抜け殻の龍人―
「そんなものを後生大事に抱えて生きる。……下らん」
龍人の男性は、苦虫を噛み潰したような表情でそう言った。
その言葉の意味を、僕はなんとなく理解出来てしまった。
龍人の島では、確かに、伝統や風習を大事にしているような雰囲気が強かった。
エキドナもそれに巻き込まれそうになったのだ。
あるいはこの人も、何かに巻き込まれそうになった過去が――
――と、そこで、ふと僕はこの龍人の男性がおかしいことに気づいた。
海難にはあったものの、僕が着けたままであった片眼鏡は、そのまま着いている。そのレンズ越しに映し出すこの龍人の姿が、些かおかしかったのである。
一体どういうわけか、この人は空なのだ。命ある者を見据えたのなら、この片眼鏡は必ずその内に光を視るというのに、何も見えないのだ。
「あれ……」
壊れたのかな、と思って僕は片眼鏡の調子を確かめる為に、一度エキドナを見る。
すると、確かにその内にある光が見え、正常に動作していることが分かった。
僕はもう一度龍人の男性を見た。
だが……やはり何も見えない。
ただ体というガワがあるだけだ。
「……うん? どうした?」
「……いえ」
この人は生きている……のだろうか。
それとも死んでいるのか。
分からない。
「……明日の天候は悪くは無いかも知れん」
言って、龍人の男性は空を見上げた。
そこにあるのは、雲一つない満天の星空だ。
「……俺が漁に出る時に使う船の予備の一つを貸してやる。小さいが、ここから港町まで距離があるわけではない。十分だろう」
「いいんですか?」
「あぁ。構わん。どうせ使う当てもない船だ」
「……ありがとうございます」
僕は頭を下げた。
この龍人の男性の正体がなんであれ、良くして貰ったのは事実だ。
敵意や害意の類も見られない。
悪い人ではない。それは確かであって、なら悪戯に怯える必要も無い。
「……うん?」
くいくい、と服の裾を引っ張られた。
見るとエキドナだった。
起きているわけではなく、寝ぼけてのようだ。
取り合えず、頭を撫でてあげた。
※※※※
次の日。
予想外なことに、雨が降り出した。
雨量は徐々に増して行き、海も大荒れ。
出航など出来ようもない。
「ぬれちゃう……」
「雨宿り出来る場所探さないとね」
「こっちだ! こっちに雨風をしのげる場所がある!」
龍人の男性が安全な場所を知っているらしく、案内してくれることになった。
すると、そこは洞窟だった。
なんだか最近洞窟と縁がある気がする……というのはさておいて。
とにもかくにも、雨宿りが出来そうで助かった。
洞窟の中に入り、すぐに火の準備を始める。湿気があるせいか、少しばかり手間取ってしまったけれど、無事に暖を取れるほどの火を作れた。
「……まさかこうなるとはな」
龍人の男性は、バツが悪そうな表情になった。
昨夜「明日は大丈夫だろう」と言った手前、この天候になったことが面白くないらしい。
天候については、あまり触れない方が良い話題かも知れない。
取り合えず、火にあたり体を温めつつ、外の様子を窺う。
雨脚は強まるばかりで、衰える気配がまるで見えなかった。下手をすると、あと何日かは、この島に滞在する必要があるかも知れない。
僕は浅く息を吐く。すると、ふいに、洞窟の奥を見たエキドナが言った。
「……ぱぱ、なんか光ってる」




