第088話目―神の巫女―
何か良い報告の一つでも読者の皆さまにお届けしたい今日この頃。
洞窟の中は、人工的な明かりは何も無いと言うのに、しかし足元が確かに照らされていた。
壁や床、天井が僅かに発光しているのだ。
これは――
「――迷宮光、ですか?」
思わず僕はアルミアに訊いた。
この洞窟は何かこう、迷宮に似ているのだ。そんな感じがした。
「……よくお分かりになられましたね」
アルミアが眼細めて肯定した。
どうやら迷宮で間違いないようだ。
しかし、どうにも不思議な感じの迷宮である。
魔物の気配が一切無く、実際に出て来ることも無いのだ。
念の為に、僕は常に銀を携帯している。サルバードで次力で銀を自在に扱えるようになってから、槍よりも銀を持ち歩く事が増えた。
しかし、それを使用しなければいけないような、いわゆる緊迫感の類はなに一つとしてない。
「……警戒する必要はありません。御安心ください。この迷宮には魔物がおりませんので。……魔物がいる迷宮に、何の説明もなく連れ込むような真似は致しません。この迷宮はただ明かりを点しているだけです。ここはいわば意思を失った迷宮」
――意思。そういえば、迷宮には意思があるとも言われていると、そんな話を聞いたこともある。ここは、それを失ってしまった空の迷宮らしい。
「……今は機能していないとはいえ、迷宮のある島に居を構えるのは凄いですね」
「私たち龍人にとっては、小さい頃からの日常の風景の一つですので、特に思うところはありません」
初めて知れば驚くことであっても、それを当たり前としている人からすれば、思うところは何もない、か……。
言われて見れば、その感覚は分かる気はする。
例えば、僕がいま手を繋いでいるエキドナは、元は魔物であった。蛇の姿をしていたのだ。けれども、色々とあった結果として人の形を得た。
人型になった事については、当初はだいぶ驚いた。しかし、日が過ぎてしまえばそれは当たり前になった。違和感はない。
それは慣れたからであり、この迷宮は、龍人たちにとってのそれなのだろう。
※※※※
”元”迷宮である洞窟の中を進んで行く。すると、やがて突き当りに出た。そこは小部屋であり、色々な雑貨が置かれている場所でもあった。
そして、奥の方に、一人の老婆が座していた。アルミアが言うには、この老婆は龍人の中でも最高齢であり、そして”神の巫女”について話すには適任の人なのだそうだ。
だから、ここに連れて来たと、そういうことらしい。
「おや……」
老婆がゆっくりと顔を上げる。
「どうしたんだえ」
と、老婆が問うてくると、アルミアがゆっくりと瞬きをして言った。
「”神の巫女”……とおぼしき子を連れて来たの」
「なぁるほど」
「説明はまだしていないの。……ばぁ、お願い出来る? ばぁの方が昔話は得意でしょう?」
アルミアが、この老婆に対して、砕けた口調を使い始める。どうやらこの老婆は、アルミアにとって対等な存在か、あるいは慕っている相手らしい。
「構わんぞ……どれ、そこの二人、近うよれ」
呼ばれたので、僕はエキドナを連れて老婆の傍に行く。すると、老母はエキドナを見て満面の笑みになった。
「ほっほっ、これはこれは、まさに”神の巫女”」
アルミアもそうであったけれど、一体なぜそう思うか、その理由が僕にはやはり分からなかった。
姿かたちは似通っている部分もあるけれど、エキドナは龍人ではない。
一体なぜそう思うのか。
「それでは、”神の巫女”について、話をしようかのう」
老婆は顎を一撫ですると、ぽつりぽつりと、”神の巫女”のことを語り始める。それは、とても衝撃的な事実をも孕んでいる代物であった。
※※※※
――かつて、迷宮の中で倒れたある人間がいた。その人間は、何の因果か、迷宮の中に取り込まれるに留まらず、新たな命を得た。
目覚めたら、その体は既に龍人となっていた。
魔物の要素を含んだ人間として、生まれ変わっていたのだ。
この龍人は”始祖”と呼ばれる。
今を生きる龍人という種族は、この始祖たる龍人と人間の間に産まれた子の中で、より強く龍人の血を受け継いだ者たちだけを残し、そして繁栄した結果だという。
それは、新たに産まれた”龍人”という種族を、始祖が形として残そうとした為であったそうだ。
老婆は言った。龍人に限らず、亜人はその全てが迷宮で生まれ落ちた種族である、と。
ただ、どの種族も時たまに産まれ落ちるので、血が濃くなりすぎることは無いとも言い……しかし、龍人族だけは他の亜人とは少し違い、この始祖以外には誕生しなかったらしい。
そして――純粋な龍人が始祖ただ一人。これは、血を保とうとするにあたって、非常に難しい問題を引き起こしてしまう。
龍人族を保つにあたり、近しい者同士での交わりが基本となり、それが問題となったのだ。
濃くなり過ぎた血が、予期しない病気を幾つも齎してしまった。
龍人族はその問題への対処を考え、結果的に、時折に別種族を招き入れる決断を下した。
新たな血を入れることで解決を図ったのだ。
これは、病気を抑えるのにとても効果的であったようで、今に至るまで続けられている伝統となっている。
一年に一度大陸に渡るのは、ただ観光をしに行っているだけではなく、別種族の雄と雌を連れて来る為。もちろん、誘拐等はせず、金銭等を引き合いにあくまで本人の同意を得て。
病気を無くすという一点においては、この対策はほぼ完ぺきである。
しかし一方で、これは本末転倒な解決方法でもあった。
別種族の血を入れれば入れる度に、龍人の血は薄まって行くからだ。本来の目的である、龍人族という種族を残す、という目的を根底から覆す解決方法なのだ。
現在の龍人と初期の龍人では、風貌がだいぶ違うのではないか、というのが龍人たちの見解。
もっとも、このことについては、ついぞ同族が現れなかった事を嘆いた始祖の龍人も「あるいは」と予期していたらしく、そして、それに対してある希望の伴う予言を述べたそうだ。
そこで”神の巫女”が出て来る。
「――いずれ、我と同じように、祖となる龍人が産まれたもう。それは、同族の現れなかった我らを”神”が嘆き、そして助くために誕生させし巫女。巫女により、再びに龍人の血は戻ろう。神の巫女はいずこから、別の地からやってこよう。我が産まれた迷宮は潰えた。なればこそ、別天地の迷宮にて、産まれ落ちるであろう」
と。
つまりは、似て非なる姿かたちをしているエキドナが、もしかすると始祖の龍人と同質の存在なのではないかと、アルミアや老婆はそう考えているのだ。
ここまで龍人に似ているのに、けれども違う容貌であり、なおかつ別の地からやってきたという事実が、始祖が述べたとされる”神の巫女”なのではないかと、龍人の目にはそう映っている、との事であった。
ただしかし、その予言を現実のものとするとなると、神の巫女に求められる役目と言うのはつまり……。
次回予告、「うちの子は渡しません。そんな役目はやらせないし、そもそも龍じゃなくて蛇なので全く違います」。……まぁその、今回の話は、最終的にはそう大変なことにならないと思います。




