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第008話目―意外な所からお金―

前回のあらすじ→キスした。

※※※※



 帝国兵の姿が見えなくなってから、耳の目立つアティには小屋で待っていて貰いつつ、僕は街に繰り出すことにした。


 理由は――つい先日にばっくれた職場に行き、一時ではあるものの少しの間また働かせて欲しい、と頼みに行く為だ。


 ぶっちゃけ、無断欠勤した手前あまり気乗りはしない。しかし、迷宮に入る為の資金を稼がないといけなかった。


 だから、ひとまず頭を下げて、また働かせて貰えるように計らって貰えたら、と。ある程度を稼いだら迷宮に赴く事になるから、短い期間にはなるけれど、と言う事も伝えなければならないけども。


「……怒鳴られないと良いけど」


 家が全焼したせいで自棄にはなってしまった、という言い訳はある。

 けれど、冷静さを取り戻して見ると。

 僕のした事や、これからする事は褒められた事では無い。

 突然ばっくれた癖に戻ってきて、「ちょっと働いて辞めますけど良いですか?」等と言い出すワケだから。


 職場に居る親方と言う人物はそれなりに感情的になりやすい人だ。怒髪天を貫きそうな気がしてならない……。


「まあでも、十年はお世話になった所だし……」


 しかしともあれ、仮に門前払いを食らったとしても、長い年月働かせて貰った事実は消えない。その場合でもお礼の一つくらいは言おうと思う。

 それは人として大切な事だと思うんだ。



 とまぁそんなことを考えていると、ほどなくして、僕はもと居た職場――銀細工職人の工房に辿り着いた。

 工房の中からは、金属を削る音が聞こえてくる。

 僕はゆっくりと中に入り……全体的に毛深い男、親方と目があった。


「……」

「……」


 互いに、数秒の間黙った。

 変な緊張感が走る。

 先に沈黙を破ったのは親方だった。


「おっ……」


 あ、やばい。これは怒鳴られるかも知れない。


 僕は一瞬のうちに先の展開を予測し、思わず身構える。しかし――僕の予想とは違い、親方はぶわっと涙を滝のように流した。


 ……え?


「お前っ、ハロルドっ、い、生きてたのかぁあああ! 毎日きちんと仕事しにくるお前が、何の連絡も無く来ねぇからおかしいと思って、新しく出来たっつーお前の家に行ったら、全部燃え尽きちまってるしよぉ! てっきり俺ぁ死んだかと……」


 な、なるほど……。

 毎日出勤している僕が来ないものだから、不思議がって家まで様子を見に行ったら、残ってるのは燃え尽きた灰だけだったと。

 まあ、そりゃ死んでるって思うのも無理はない。


 ともあれ、感情的な性分が悲しみの方向に振られていたようで、何よりである。これなら話もし易い。


「……ご心配おかけしました。ところで、色々と話をしなければならない事がありまして」


 迷宮に潜る為の資金が必要な事。

 それが貯まったら退職する意向である事。


 僕はそうした一連の事情を親方に説明した。




※※※※




「なるほどな……」


 僕の想いを聞いて、親方が悩ましげに髭を擦った。


「しかし何でまた迷宮だ? もっかい家を買う為の金でも貯める気か?」

「違います。実は南大陸まで行かないといけなくなりまして、その旅費を貯める為です。それもなるべく早めに」

「急いで南大陸に……?」

「所用が出来まして」


 南大陸へ渡る理由――アティについては伏せる事にした。

 親方も北東大陸の人間だ。

 ダークエルフに持つ印象は決して良くはない。


「……言えねぇ事情がある、か」

「察して頂いて助かります」

「ふむ……。よし、ちょいと待ってろ」


 眉間に皺を寄せると、親方は工房の奥に入っていく。それから、まもなくして戻ってくると手に何か封筒を持っていた。


「……やる」


 親方が封筒を僕に押し付けてくる。

 いったい何だと思いながら封筒の中身を見ると、紙幣が沢山入っているのが分かった。

 ぱらぱらと確認してみると、およそ100万ロブが入っていた。


「これは……」

「もともとはいずれお前が独り立ちする時に渡すつもりだった。弟子にのれん分ける時にゃあ師が祝い金を出すもんだ」

「別にのれん分けて貰うわけじゃ……」

「そうだな。だが、元々お前に渡すつもりをして貯めた金だ。どちらにしろ居なくなるんだと言うなら、渡しておく」


 別に他所に銀細工の工房を構えるワケではない。

 だから、祝い金等と言うものを受け取る理由が僕には無い。

 しかし、親方の決意は堅そうだ。

 こうなったら梃子でも動かないだろう。


「ハロルド、お前は十年も良く頑張って働いてくれた。少ないが退職金代わりとでも思ってくれ」


 僕は一瞬悩んだものの、受け取る事にした。

 今はお金が必要だ。

 貰えるものは貰っておいた方が良い。


「それだけありゃあ、見栄えだけでも装備も整うだろう。急ぐんだろ」

「……ありがとうございます。今まで大変お世話になりました」


 僕は深々と頭を下げた。


 親方は金持ち相手に商品を作る人ではない。

 どちらかと言うと、普通の人に向けた銀のアクセサリーなんかを作る人だ。

 僕はもっぱら細工ばかりして、販売には関わっていなかった――けれども、傍目にも親方が大変そうだったのは見ていた。

 きっと、このお金を貯めるのも結構大変だったろうと思う。


「良いって事よ。まあその、達者でな」


 感情的になりやすい人だ。

 だからこそ、常々考える事があったのかも知れない。

 いつか来る別れについて。


 僕はもう一度、深く頭を下げた。




※※※※




 小屋に戻ると、アティがご飯の準備をしてくれて居たようだった。

 材料は近くの森で取れた山菜と鶏肉との事。

 鶏肉は多分また投石で仕留めたんだと思う。


「ハロルド様が戻ったらすぐにお食事に出来るように、と思いまして」


 確かに少しお腹が減った。

 すぐにご飯にしたい――所だけれど、その前に。


「少しだけど、お金が出来たよ」

「え……?」

「明日装備品を買いに行こう。……あと、これお土産」


 お金が手に入った事を伝えつつ、僕はアティの頭にキャスケット帽を被せた。

 帰り際に、何かアティの耳を隠せるものをと思って買って来たのだ。

 装備品を整えるにしても、耳を出したままでは上手く無い。


「……帽子?」

「耳は隠した方が良いしね。違う帽子のが良かった?」

「い、いえっ! ありがとうございます! ……大事にします」


 そう言うと、アティは帽子を深く被りなおした。

 なんとなく喜んでくれてそうな気がする。

 買ってきて良かった。


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作者ついったー

こちら↓書籍版の一巻表紙になります。
カドカワBOOKSさまより2019年12月10日発売中です。色々と修正したり加筆も行っております。

書籍 一巻表紙
― 新着の感想 ―
[一言] まとめサイトに載ってたから来ました。面白そうなので楽しみです。
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