第008話目―意外な所からお金―
前回のあらすじ→キスした。
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帝国兵の姿が見えなくなってから、耳の目立つアティには小屋で待っていて貰いつつ、僕は街に繰り出すことにした。
理由は――つい先日にばっくれた職場に行き、一時ではあるものの少しの間また働かせて欲しい、と頼みに行く為だ。
ぶっちゃけ、無断欠勤した手前あまり気乗りはしない。しかし、迷宮に入る為の資金を稼がないといけなかった。
だから、ひとまず頭を下げて、また働かせて貰えるように計らって貰えたら、と。ある程度を稼いだら迷宮に赴く事になるから、短い期間にはなるけれど、と言う事も伝えなければならないけども。
「……怒鳴られないと良いけど」
家が全焼したせいで自棄にはなってしまった、という言い訳はある。
けれど、冷静さを取り戻して見ると。
僕のした事や、これからする事は褒められた事では無い。
突然ばっくれた癖に戻ってきて、「ちょっと働いて辞めますけど良いですか?」等と言い出すワケだから。
職場に居る親方と言う人物はそれなりに感情的になりやすい人だ。怒髪天を貫きそうな気がしてならない……。
「まあでも、十年はお世話になった所だし……」
しかしともあれ、仮に門前払いを食らったとしても、長い年月働かせて貰った事実は消えない。その場合でもお礼の一つくらいは言おうと思う。
それは人として大切な事だと思うんだ。
とまぁそんなことを考えていると、ほどなくして、僕はもと居た職場――銀細工職人の工房に辿り着いた。
工房の中からは、金属を削る音が聞こえてくる。
僕はゆっくりと中に入り……全体的に毛深い男、親方と目があった。
「……」
「……」
互いに、数秒の間黙った。
変な緊張感が走る。
先に沈黙を破ったのは親方だった。
「おっ……」
あ、やばい。これは怒鳴られるかも知れない。
僕は一瞬のうちに先の展開を予測し、思わず身構える。しかし――僕の予想とは違い、親方はぶわっと涙を滝のように流した。
……え?
「お前っ、ハロルドっ、い、生きてたのかぁあああ! 毎日きちんと仕事しにくるお前が、何の連絡も無く来ねぇからおかしいと思って、新しく出来たっつーお前の家に行ったら、全部燃え尽きちまってるしよぉ! てっきり俺ぁ死んだかと……」
な、なるほど……。
毎日出勤している僕が来ないものだから、不思議がって家まで様子を見に行ったら、残ってるのは燃え尽きた灰だけだったと。
まあ、そりゃ死んでるって思うのも無理はない。
ともあれ、感情的な性分が悲しみの方向に振られていたようで、何よりである。これなら話もし易い。
「……ご心配おかけしました。ところで、色々と話をしなければならない事がありまして」
迷宮に潜る為の資金が必要な事。
それが貯まったら退職する意向である事。
僕はそうした一連の事情を親方に説明した。
※※※※
「なるほどな……」
僕の想いを聞いて、親方が悩ましげに髭を擦った。
「しかし何でまた迷宮だ? もっかい家を買う為の金でも貯める気か?」
「違います。実は南大陸まで行かないといけなくなりまして、その旅費を貯める為です。それもなるべく早めに」
「急いで南大陸に……?」
「所用が出来まして」
南大陸へ渡る理由――アティについては伏せる事にした。
親方も北東大陸の人間だ。
ダークエルフに持つ印象は決して良くはない。
「……言えねぇ事情がある、か」
「察して頂いて助かります」
「ふむ……。よし、ちょいと待ってろ」
眉間に皺を寄せると、親方は工房の奥に入っていく。それから、まもなくして戻ってくると手に何か封筒を持っていた。
「……やる」
親方が封筒を僕に押し付けてくる。
いったい何だと思いながら封筒の中身を見ると、紙幣が沢山入っているのが分かった。
ぱらぱらと確認してみると、およそ100万ロブが入っていた。
「これは……」
「もともとはいずれお前が独り立ちする時に渡すつもりだった。弟子にのれん分ける時にゃあ師が祝い金を出すもんだ」
「別にのれん分けて貰うわけじゃ……」
「そうだな。だが、元々お前に渡すつもりをして貯めた金だ。どちらにしろ居なくなるんだと言うなら、渡しておく」
別に他所に銀細工の工房を構えるワケではない。
だから、祝い金等と言うものを受け取る理由が僕には無い。
しかし、親方の決意は堅そうだ。
こうなったら梃子でも動かないだろう。
「ハロルド、お前は十年も良く頑張って働いてくれた。少ないが退職金代わりとでも思ってくれ」
僕は一瞬悩んだものの、受け取る事にした。
今はお金が必要だ。
貰えるものは貰っておいた方が良い。
「それだけありゃあ、見栄えだけでも装備も整うだろう。急ぐんだろ」
「……ありがとうございます。今まで大変お世話になりました」
僕は深々と頭を下げた。
親方は金持ち相手に商品を作る人ではない。
どちらかと言うと、普通の人に向けた銀のアクセサリーなんかを作る人だ。
僕はもっぱら細工ばかりして、販売には関わっていなかった――けれども、傍目にも親方が大変そうだったのは見ていた。
きっと、このお金を貯めるのも結構大変だったろうと思う。
「良いって事よ。まあその、達者でな」
感情的になりやすい人だ。
だからこそ、常々考える事があったのかも知れない。
いつか来る別れについて。
僕はもう一度、深く頭を下げた。
※※※※
小屋に戻ると、アティがご飯の準備をしてくれて居たようだった。
材料は近くの森で取れた山菜と鶏肉との事。
鶏肉は多分また投石で仕留めたんだと思う。
「ハロルド様が戻ったらすぐにお食事に出来るように、と思いまして」
確かに少しお腹が減った。
すぐにご飯にしたい――所だけれど、その前に。
「少しだけど、お金が出来たよ」
「え……?」
「明日装備品を買いに行こう。……あと、これお土産」
お金が手に入った事を伝えつつ、僕はアティの頭にキャスケット帽を被せた。
帰り際に、何かアティの耳を隠せるものをと思って買って来たのだ。
装備品を整えるにしても、耳を出したままでは上手く無い。
「……帽子?」
「耳は隠した方が良いしね。違う帽子のが良かった?」
「い、いえっ! ありがとうございます! ……大事にします」
そう言うと、アティは帽子を深く被りなおした。
なんとなく喜んでくれてそうな気がする。
買ってきて良かった。