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第085話目―過ぎる日々―

 籠の中にいる人物は、視線を送って来るだけに留めていた。

 表立ってこちらに向かってくることはなく、気が付けば、龍人の一団の姿はすっかり見えなくなった。


「……なんだったんだろ?」


 はて、とエキドナが首を傾げる。

 理由が分からない、といった様子。

 僕も同じだ。


「ほんと、一体なんだったんだろうね」

「ね!」


 見られていたのはエキドナである。

 しかし、エキドナと竜人に接点は無いのだ。

 良く分からないので、たまたまかも知れないと思うことにした。



※※※※



「御主さま……私に商品を作って欲しいと?」

「うん。お願いしたいんだよね」


 家に帰った僕は、ともあれエキドナとのダンジョン探索は、やはり無理そうだと判断していた。

 ではどうするか?

 色々と考えた結果、セルマに何か作って貰いそれを売ろうという初期の考えに立ち戻っていた。

 もちろん僕自身も銀細工を作るつもりだ。


 売れるかどうかの心配は……あまりしていない。

 それはここが港町だからである。

 船で立ち寄った旅行客の類や、船員がお土産代わりに買う確率が高いのだ。

 その他にも、帰り荷の少なさを危惧したり、あるいは少量ならばと普段は扱わない品物を商人が試しに買って行く可能性もある。


 商売を行う立地条件として、港街は悪くなかった。

 むしろ好条件だ。


 ただ、ダンジョンで稼ぐよりはお金にはならなさそう、というのもまた確かだけど。

 大量生産が出来ればまた別ではあるものの……それをしたらしたで、相場が下がる可能性もあるからなんとも言えない。


「なるほど……。分かりました。それでは、あみぐるみでも作りますか」

「あみぐるみ……?」


 売れるのかな?

 まぁでも、物は試しともいうし。

 そもそも作って貰う側だから、僕は文句を言う立場にも無い。


「……何のお話ですか?」


 僕とセルマの話を見つけて、アティがひょこりと姿を現わした。

 少しだけ歩くのが辛そうだ。

 お腹が大きくなっているから、日を追うごとに大変そうになっている。


「なんでもないよ」


 お金云々の問題で、心配はかけさせたくはない。

 だから、僕は「大丈夫だよ」と言って、アティを抱っこするとベッドに連れて行った。


「……ありがとうございます」

「アティがゆっくり休んでくれたなら、それが僕にとって一番なんだ」

「……はい」


 安心しきったアティの顔を見ると、なんだか、僕も気持ちが和らぐ。

 おでこと頬に軽くキスをして、ベッドの上に降ろす。


「おやすみ」

「……」

「どうしたの?」

「……本当はまだ自分で歩けたりします。でも、抱っこされるのが好きなので、甘えちゃいました」


 子どもが出来ても、アティは女の子であると、そう思わせられる一言だった。

 そして、こういう面を見せられると、僕も惚れた女の子の為に頑張らなければ、とも思う。

 僕は結構単純かも知れない。

 でも、この単純さは大事にしたい。

 穿って考えるよりも、素直な気持ちを大事にしていたい。



※※※※



 翌日になってから、材料を仕入れに、僕は再び街に買い出しへと出かけていた。

 港街の雑貨屋によって、色々なものを買っていく。

 すると、店主が興味深そうな目で僕を見て来た。


「ハロルドさん、これまた妙なものを買い合わせするねぇ」

「そうですか?」

「銀塊に毛糸、なんでこんな組み合わせで買っているのかが分からないよ」

「……まぁ少し商売しようかなって考えまして。銀細工作ったり、後は毛糸で何か作ったりして、それを売ろうかなと」

「ほー。その材料ってこと?」

「えぇ。毛糸はともかく、銀細工は元々の僕の仕事でしたから、まぁそれなりに得意ですね」


 と、僕が言うと、店主が驚く。


「職人さんだったのかい。旅なんかしているから、てっきり探索者とかその類なのかなと思ってたよ」

「迷宮の探索もすることはします」

「なんでも出来るんだね」

「……出来ることだけです。何でもは無理です」

「でも凄いよ。特に職人なのは凄い。……ウチは港町だからさ、職人なんかやるヤツいないんだ」


 店主の言っていることは、港町ではよく聞く事情だ。

 この地域に限らず、大多数の港町には職人というものが非常に少ない。理由は単純で、港町の商売は漁業以外は全てが”流通”によって支えられているからである。


 海路と陸路の橋渡し。

 その中間利益で経済が成り立つ事が多い。

 無理に職人を育てたり、文化として昇華する必要が無いのだ。


 例外があるとすれば、港町の近くに鉱山があったりする場合くらいかな?

 このケースだと、港町でも職人街があったりする……って親方が言っていた気がする。今はもう遠い昔の記憶になりつつあるけれど。


 ……親方元気にしているかな?


※※※※


 家に帰った後。

 セルマに道具と材料を渡しつつ、僕も自分自身の銀細工制作に注力し始める。

 炉が無いけれど……まぁ、今の僕には必要が無いと言えば無いので構わない。

 次力で銀の形を整えられる、ということが判明しているからだ。


 というか。

 今更気づいたんだけれども、銀細工の制作は次力の訓練にも繋がるので一石二鳥だったりする……。


「うー……」


 エキドナが扉の隙間からこちらを見て、睨んで来ていた。

 遊び相手を探しているけれど見つからない、といった雰囲気を発している。

 アティは身重だから相手をするのは無理だし、かといってセルマの方に行けば、「手伝え」と強制される。

 だから、僕の所に来た感じのようだ。


 でも、まぁこの通り作業しているわけで。


「……」


 そんなに睨んでも駄目だよ。


「……うん?」


 ふいに、窓の向こうに影が見えた。

 一体なんだろうと思って、窓を開けて外を見る。

 すると、籠車がこちらに向かってくるのが見えた。


 確かあれは……龍人のお姫さまが乗っているとかいう話の籠車だ。

過ぎる日常……。ところで、まだ子どもの名前を決めていない……。

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作者ついったー

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カドカワBOOKSさまより2019年12月10日発売中です。色々と修正したり加筆も行っております。

書籍 一巻表紙
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