第084話目―龍人の住まう島―
――半年が経った。
特に問題が起きるわけでもなく、日に日に大きくなるアティのお腹を見て、今か今かと待ち遠しくなりつつ健やかに穏やかに過ごす日々だ。
しかし、である。
この平穏な生活に、少しばかりの懸念材料が産まれていた。
恥ずかしい話ではあるけれどお金だ。
「まぁ、あるといえばあるんだけど……」
蓄え自体はある。
ただ、特に働きもせずに毎日を過ごしていたから、減るばかりの日々であって、三か月目あたりから、徐々に精神的にあまりよろしくないことに気づいたのだ。
どうにかして、お金を稼ぐ方法を考えないといけない。
「近くに迷宮があるって話は聞いたことあるけども……」
セルマとエキドナを連れて行けば、ある程度は迷宮に潜れる。
ただ、そうするとアティを一人にしてしまう事になる。
寂しい想いはさせられないし、身の回りの世話をしてくれる人を一人残さないと駄目だ。
セルマとエキドナのどちらか。
考えるまでもない。
「身の回りの世話も出来て、イザと言う時の護衛にもなる、となるとセルマを残すしかないか……」
身の回りのことを、普段から案外しっかりやってくれている、というのも純粋な技能としても家事は得意なようなんだよね、セルマ。
でも、セルマを残すとなると、エキドナと二人で迷宮だ。
そこはかとない不安が……。
蛇の頃ならまだしも、人型になったエキドナは、本当に子どもみたいだからね。
アティとセルマの二人も、エキドナと二人で迷宮入りは反対する気がする。
「はてさて、どうしたものかな……」
考えが中々纏まらないまま、なんとも言えない顔にもなりつつ、僕はひとまず街に買い出しに出ることにした。
買い出しには、エキドナも連れて行くことにした。
低いとはいえ、エキドナと二人で迷宮に入る可能性が浮上して来たので、改めて本人の様子を色々と観察しようと思ったのだ。
※※※※
「かいものー」
エキドナがわしゃわしゃ走る。
買い物が楽しいらしい。
まぁ元気なのは良い事ではあるけれど――こうして普段の様子を改めて見ると、行動がやはり子どものそれであり、二人での迷宮入りは止めた方が良い気がしてくる。
「これは無理かな……」
大人しく銀細工を作って売ったり、セルマに縫製で何か作ってそれを売ったりとか、そういう方向が良いかも知れない。
どの程度の稼ぎになるかは分からないけれど……。
「ねーねー、あれなーにー」
「うん?」
エキドナが、僕の服の袖をくいくいと引っ張る。
視線の先にあったのは、進む籠車と、その後ろに列を成す謎の集団だった。
今の時期、お祭りか何かをやるって話は聞いた事がないし、一体あれはなんだろうか。
「うーん……。なんだろうね?」
「ぱぱもわかんないの?」
うーん、と首を傾げていると、一人のお婆さんが話しかけて来た。
「ハロルドさん、ハロルドさん」
半年もいれば顔も馴染むので、すっかりも名前も覚えられてしまっている。
僕も街の人たちの顔を大体覚えて来た。
このお婆さんとも顔見知りだ。
「そういえば、ハロルドさんが来たのは、半年ぐらい前だったね。ということは、アレを見るのは初めてだね」
「……一体何なんですか、あれは」
「少し離れてるけど、あっこに小島があるだろう?」
お婆さんが指さした先には、島があった。
「あの島……?」
「そうさね。あそこには、龍人が住んでいるのさ」
話を聞くに、龍人とは亜人のようだ。
西大陸に来てから、色々と亜人は見かける機会も多かったけれど、龍人と言うのは初めて聞いた。
「一年に一度こっちにやってきて、ぐるーっとこの国を観光して回るんだ。籠の中にいるのはお姫さま」
「へぇ……」
あの籠車には龍人のお姫さまが乗っているようだ。
狭い島にずっといるのも窮屈で退屈なのか、一年に一度、そのお姫さまとやらが、部下や配下を引き連れてこうして外の世界を観光しにくるらしい。
「……」
「……ぱぱ、こっちみてる」
エキドナが、ふいに、そんなことを言った。
良く見ると、籠車の隙間から、金色の瞳がこちらを覗いているのが分かった。
いや、こちらというより、正確にはエキドナを見ているようだ。
あの中にいるのはお姫さま、という話だけれど……どうして、エキドナを見つめているのだろうか?
エキドナがメインになれそうな話がようやく……。




