第083話目―小高い丘で―
到着した次の国は、アルマドリアと言う、西大陸の中西部の海岸沿い一帯を占める国であった。
ひょろりとした細長い国土と、海岸沿いという立地を生かして、漁業のような産業が特徴とのことだ。
それを教えてくれたのは、僕よりも西大陸に詳しいアティである。
アルマドリアは、サルバードと比べれば、随分と寂れているようには見えた。
けれども、それは、そもそも比べる基準が間違っているのだろう。
サルバードは都市国家であり、集中的に詰め込んで発展させたが為に、あのような都市化を果たしている。
そういった点を差し引けば、アルマドリアは、今まで見て来た国と比べるなら普通の国だ。
特徴を上げるとするならば、穏やかそう、という点かな。
人々も、時間の過ぎ方も、どことなくゆっくりしているように見える。
旅人である僕らに気づくと、会釈をしてくるのだけれど、それも微妙にゆったりだ。
「……私が西大陸に居た頃は、どこかと紛争するような気配もなく穏やかな土地柄である、とは聞いたことがあります。どうやら、本当だったようです」
少しばかり驚きながら、アティはそう言った。
知識としては知っていたけれど、実際にこの国を訪れるのは初めて、という事らしい。
ひとまず、道行く人から、色々とアルマドリアの話を聞いて見ることに決める。すると、特に嫌がられることもなく、色々と教えてくれた。
やはり人柄が穏やかなようだ。
さてはて、そうして色々と話を聞いていく中で、一番に僕が興味を寄せたのが気候である。
アティの体に良さそうか、というのが、今の最優先事項だからだ。駄目であれば、次の場所に向かわなければならない。
すると、アルマドリアは海岸沿いの国ではあるけれど、嵐が強まることも少なく、特別にどうこう言うこともない、というのが分かった。
人々も気候も穏やか。
ここならば、お腹の子を育むにも適しているのかも知れない。
「……アティはここをどう思う?」
とはいえ、本人の意思が一番大事だ。
アティが難色を示すのであれば、別の国を目指すつもりである。
「穏やかで、精神的にも安心して落ち着けそうです。……ですから、ここでひとまずはお腹の子を」
反対は無いらしい。
となれば、後は住む場所を探して、なるべくアティの負担が無いように生活を営むだけだ。
セルマとエキドナからも異論は無かった。
※※※※
選んだのは、小高い丘の上にある、一軒家である。
小高い丘にの家にしたのは、別に、上流的な生活がしたいとかそういう理屈からでは無い。
嵐は少ないという話ではあったけれど、一応は海岸沿いの街であり国だから、である。もしも仮に、大きな嵐が来てしまったりしたら、下では津波なんかに襲われる可能性があるのだ。
だから念のために。
それで、賃料だけど……これは、そこまで高くは無かったかな。
一カ月で2万ドゥほどである。
前払いで、一年間分を、取り合えず支払った。
家の中のクローゼットや物置に、荷物を片付けて入れて行く。すると、アティがサルバードで買った機械式の弓を見つめていた。
「どうかしたの?」
「……折角ハロルド様に買って頂いたのに、活躍をお見せする機会が無かったなと思いまして」
それは、確かに。
使って貰う為に買ったんだけれど、お腹に子がいるとなっては、そういう行動は控えて貰わなければいけなくなった。
戦うなんてもっての他だ。
でも、それは今考える事じゃない。
「子どもが大きくなってから、動けるようになってから見せて貰えれば、それで大丈夫だよ」
「すみません……」
「謝る事じゃないよ。前にも言ったけれど、子どもが出来たのは、僕にとっても嬉しい事なんだ」
「はい……」
僕の言葉に安心感を抱いたのか、アティは、僕の腕を取ると絡めた。
ふと、窓の外を二人で眺めた。
晴れた空と、透き通るような海が、ずうっと続いていた。
地図上では――西大陸の西海岸の先には、小規模な大陸が幾つか存在しており、さらにその先にはトゥワクール首長国連邦がある。
トゥワクール首長国連邦は、北東大陸の東部に位置する、島嶼国が結束して出来た国だ。
つまり、この水平線のずっと向こう側には――北東大陸がある。世界は繋がっているのだ。
じっと水平線を見つめる。
この景色のずっと先に、僕たちが出会った場所が、この旅の出発地点が、確かに存在している。
ここまで、長い旅をして来たのだなと、その実感が今になって湧いて来る気がした。
あの奴隷競売の時から、本当に長い長い旅をして来た。
南大陸へとは辿り着いてはいないから、まだ終わりではない。けれども、僕らが歩んだ道のりの長さは、決して短い等とは言えない。
僕は無敵なんかじゃない。アティも、強いけれど、決して最強なんかではない。セルマやエキドナだって似たようなものだ。
旅はいつだって危険と隣り合わせだった。
一生懸命だった。
ただ、一生懸命に進んで来て、それで今があるのだ。
きっと、何物にも代えられないくらいに、今この瞬間は大切な一瞬なんだと、そう思えた。




