第081話目―阻止⑤―
気づいたら、セルマが戻って来ていた。
特別に何かあったような雰囲気では無い。
まぁ、何も問題を起こしていないのであれば、それに越した事はないので、構わないけれど……。
僕がなんとも言えない視線を向けていると、セルマがそれに気づいて、片眉を持ち上げた。
「……何か?」
「……変な事してないよね?」
「……?」
キョトンと首を傾げられた。
この反応、何かやっていそうだけど……でも、それが、僕やアティに何かしらの影響がありそうな事であれば、言っては来るとは思う。
それが無いということは、揉め事になりそうな事では無い、というのは確かかも知れない
と、僕がそんな事を考えていると、アティがくいくいと服の袖を引っ張って来た。
「……今夜、少しよろしいですか?」
穏やかな表情だ。
一瞬だけ、”おねだり”して来たのかと思ったけれど、なにやら、そうではない雰囲気だ。
まぁ、仮にそれを求められたとしても、お腹の子の事があるので、僕は控えるつもりではあるから、特別に残念という事も無いけれど……。
「どうしたの?」
僕がそう訊くと、アティは耳打ちをして来た。
「夜になれば分かりますので」
アティが柔らかく笑んだ。
どうやら、夜になるまで待たなければ、分からない事らしい。
※※※※
夜になって、僕がアティに連れて行かれたのは、セルマの部屋だった。そして、扉の隙間から中を覗くように言われたので、そおっと様子を眺めると……
「つかれた」
「……黙ってやるのです。奥さまと旦那さまのお子が産まれるのですから」
「やー! こまかいの、難しい!」
セルマが、エキドナの首根っこを抑えながら、何か縫物をしている所だった。
「よだれかけ、服、靴、作るものは沢山あるのですよ」
「セルマがやれば――」
「――エキドナもやるのです」
「しばるの嫌! この糸消して!」
「黙ってやるのです。あんまりうるさいと、バラバラにしますよ?」
「ごめんなさい……」
あれは……。
「どうやら、お腹の子が産まれた後の事を考え、色々と作ってくれようとしているようなんです。よだれかけも、服も、男の子女の子どちらでも良いような、そんなデザインにする、と言っていました。私も手伝おうとしたのですが、『それには及びません』と、拒否されてしまいまして……」
なるほど……。
セルマの様子がおかしい理由がこれだったのか。
変に深読みして、あらぬ疑いを掛けそうになっていた自分が、少し恥ずかしくなってくる……けど、言い訳を一つだけさせて欲しい。
セルマは普段の行動がアレだから、今回ついつい僕も疑ってしまっていたのだ。日常いつもこういう感じだったのなら、いちいち変な疑いを掛けないんだけどね、と。
「……」
まぁ、今回の件は素直に”ありがとう”かな。
もっとも、僕には内緒で作っているようだから、それを伝えるのは渡されてから、だけどね。
そう僕には内緒……うん? 待って。
アティが知った時点で、僕に伝わるのはほぼ確定していることだ。
隠す必要がどこに……。
「……そういえば、セルマが、『旦那さまは、言ってもどうせ信じてくれないので、言わなくて良いです』とか言っていました」
あっ、そういう……。
別にそう思われていても、何も問題は無いけれど、なんだか複雑な気分だ。
「ふふっ」
思う所は色々とあるけれど……アティが楽しそうだから、まぁ良いかな。
※※※※
さて、セルマの謎が解けたところで。翌日の昼下がりになって、僕は、全員がいる時に、この国から出る事についての話をすることにした。
産まれて来る子にとっても、その方が気候的にも良さそうだし、アティが身動きを取れなくなる前に南下したい、と。
反対は無かった。
セルマとエキドナは「お好きなように」という感じであったし、アティも、「私もなるべくお腹の子を良い環境で産んであげたいです」、と賛成であった。
とまぁ、大きな反対が無いというのであれば、出発は、早ければ早いほうがいい。南に向かう通路も含め、色々と情報を集めた後に、僕たちは近いうちにこの国から出ることを決めた。
こうして、この国における僕にとっての心残りは、あのヴァルザだけとなった――のだが、しかしながら、なんとそのヴァルザが大変な事になった。
夕食を食べ終わり、部屋に戻った僕たちは、なにやら外が騒がしいことに気づく。
窓を開けて様子を窺うと、一大騒ぎが、そこで起きていた。周りは人だかりで溢れており、憲兵まで出る騒ぎが起きていたのだ。
「どいつもこいつも、俺に近づくんじゃねぇ!」
「ヴァ、ヴァルザあなた……」
「くそがっ、くそがっ……。ゴミ処分には失敗した上に、なぜかは分からねぇが、俺の裏の顔を恋人に教えやがったクソ野郎までいやがるようだ……。それだけは、それだけは知られたく無かった。……誰だっ、誰が教えやがった⁉ お前かっ⁉ それともそっちのお前かっ⁉」
騒ぎの中心には、仕えるべき主たるお嬢さまを背後から抑えつつ、手にした刃物で周囲を威嚇するヴァルザがいた。
良くみると、人だかりの中に、ヴァルザの恋人もいた。膝を地面につけ、ぐすぐすと泣いている。
……なるほど。説得に失敗したのか。
残念なことではあるけれど、もう、誰にもヴァルザを止める事は出来ないということが判明してしまった。
こうなってしまっては、もはや、取るべき手は一つしか残されていない。
取りたくは無かった手だ。
けれど、もう、それ以外の方法は残されてはいなかった。
僕は覚悟を決めると、部屋の隅にある銀の槍を手に取り、僅かに銀を分離させて細く鋭い針を作った。
少し前に、目に見えないほどの銀球を作った体験が功を奏したのか、僅かずつにだけれど、この力の使い方が分かって来た気がする。少しだけ楽に作れた。
騒ぎに気を取られてか、僕が何をしているのか、アティも気づいてはいない。
「……」
狙いを定め、射出。細く鋭い銀の針は、一瞬だけ光を反射してキラリと輝くと、そのままヴァルザの脳天を貫く。
「あっ……あっ……」
何が起きたのか分からず、ヴァルザは大きく目を見開くと、そのままドサリと倒れる。
周囲の人々は、何が起きたのかもわからず、急にこと切れて横たわったヴァルザを、ただただ唖然としながら見つめていた。




