第080話目―阻止④―
「……ハロルド様」
目尻に幾ばくかの涙を浮かべて、アティが、僕を抱きしめて来る。
心配、というよりも、不安、という方がしっくり来るような感じだ。
似たような事も、今までにはあったけれど、それは本当に僕が危機的であったからだ。
今回は、アティは、かなりナーバスになっている。
それが悪いわけではなく、想われるのは、僕にとっても素直に嬉しいことである。
ただ、アティが、思った以上に敏感になっている、ということに気づけなかった。
多少は今までとは違うかも、とは思っていたけれど、それを軽く超えて来た感じだ。
しばらくは、なるべく、傍からは離れないようにするべきだろう。ヴァルザの件も、一旦は様子見であるし、特別に離れるような用事も今のところはない。
アティを抱きしめ、頭を撫でる。安堵の雰囲気が出るまで、優しく何度も。
「……」
「……あれ、なーに」
「……あれが、睦言というものですよ」
扉の隙間から、僕とアティの様子を覗く気配が二つ。
セルマとエキドナだ。
のぞき見とは趣味が悪すぎる。
取り合えず、後で、注意忠告を与えた。
※※※※
ところで、沢山買って来た食品だけれど、これどうやって処分しよう。
アティに食べさせたくて買ったわけだけれど、さすがに、この量は過剰過ぎる。
翌朝になって、すっかり落ち着いたアティとも話をしたけれど、「気持ちは嬉しいのですが、食べきるのは……」と言われてしまった。
食べれる分は勿論食べるし、頑張ると言ってはいたけれど、無理させたくはないよね……。
でも、保管するにも、腐り始めたりしたら、大変なわけであって。
はてさて、これをどうしたものかと、僕は頭を抱える。目の前にある大量の食品を前にして、頬杖をつく。
「たべていーい?」
「うん……?」
意外なところから、救世主が現れた。
「おなかへった」
半人半魔と化したエキドナが、食べてくれると言い出した。
姿かたちが変わった影響なのか、大食漢になってしまったようで、あっという間に食べ終えてしまった。
これだけ食べるとなると、成長も早そう……っていうか、半人半魔って、ここから更に成長するのだろうか?
既にこの段階が完成形なのか、それとも、大きくなって行くのか。
謎である。
まぁ、一緒にいる以上、嫌が応にでもそのうち分かる事にはなる。
「……そういえば」
ところで、セルマの姿が見えない。
今朝から全く姿も気配も見ないのだ。
何をしているんだろうか?
まぁ、セルマが何をしているかよりも、アティの方が僕にとっては大事であるから、何か問題が起きそうにないのであれば、自由にはさせるけれど。
変な事だけしないでくれていれば、それだけで良い。
「おいで」
「はい……」
膝の上にアティを座らせて、話をする。
何の変哲もない普通の話だ。
でも、そんないつも通りの話なんだけれど、いつも以上にアティの雰囲気が柔らかくなっていくのが分かる。
「――なんて事もあってね。男の子向けとか女の子向けって表記を見て、そこで気づいたんだ。まだどちらかも分からないのに、玩具を買おうなんて、僕は一体なにを考えているんだろうかって」
「……ふふっ。産まれる前から、父親にそんなに風に思って貰えて、この子は幸せです。きっと、素直に元気に育ってくれると思います」
「そうだね。……アティに似た子に産まれて欲しいな」
「……私は、自分に似るよりも、ハロルド様に似た子に産まれて欲しいです。その方が、ハロルド様の子を産んだのだと、強く実感出来ますので……」
産まれてくる子について、僕はアティに似て欲しいと思っているけれど、アティは僕に似て欲しいと思っているようだ。
お互い様なのかも知れない。
……まぁ、どちらに似るかはさておいて、いずれにしろ、なるべく、アティの体には負担が掛からないようにしたいな。
少なくとも、今いるこの国よりも、気候が安定した所には移動したい。
ここは寒いから。
アティのお腹がもっと大きくなる前に、少し南下しようと思う。
穏やかな時間……。




