第079話目―阻止③―
どのくらい、待っていただろうか。
時計が無いから良く分からない。
ただ、そこそこ長いこと待ったとは思う。
ヴァルザと恋人が姿を現したのは、僕が、三度目の欠伸をした頃だった。
「~~~。」
「~~~~~~。」
二人は一度立ち止まり、何かの話をしているようだった。そして、それが終わると、二人揃って歩き始めたので、僕は後を追った。
道中は、特に面白い事が起きたりする事もなく、そのうちに、空が夕焼け色になってきた。
「~~。」
「~~~~~。」
「~~~。」
二人が別れたので、僕は、予め決めていた通り、恋人の方の後を更に追う。
どの辺りで話しかけようか……。
人通りが少ない所だと、却って警戒されてしまいそうだ。
かといって、ヴァルザが近くにいる時に、話しかけるわけにもいかない。
取り合えず、ヴァルザの姿を確認する。すると、もう、遠目にぽつんとしか見えなくなっていた。恋人の方は、まだ大通りを歩いている。
今が丁度良いかも知れない。
「――すみません」
僕は声を掛ける。
すると、ヴァルザの恋人がキョトンとした顔で、振り向いた。
「えっと……」
見たところ、普通の人だ。
少しくらいなら、話を聞いてくれそうな感じである。
偽装恋人な可能性も、あるにはあったので、一安心ではあった。
僕は、あの手この手で、ヴァルザについての話をしたい、という旨を伝えた。
「ヴァルザの話、ですか?」
「はい」
「もしかして、ヴァルザが、また何かしたのですか……?」
また、か。
この口ぶりだと、執事長の言っていたように、ヴァルザが何か問題を起こす度に、「やめなさい」とこの人は注意していそうだ。
ひとまず、深く話をするべく、僕は近くの喫茶店にと誘う。少し不安そうにはしながらも、ヴァルザの恋人は、「彼の話なら」とゆっくりと頷いた。
※※※※
「そのお話は……本当なのですか?」
僕が、ヴァルザの一連の行動について話すと、驚いたように目を見開かれた。
「手癖が悪いのは知っていましたが、そこまでの悪事をするようには……」
「ですが、事実なんです」
「誘拐未遂に、毒ガス……。信じられない……」
あまり手荒な方法では、ヴァルザをどうにかする事は、出来ない。
変に逆ギレでも起こさせてしまったら、あの半人半魔の子たちの事を、周囲にバラシかねないからだ。
なるべくなら、改心して貰った方が良い。
この人の口から忠告を貰ったのなら、ヴァルザも、多少は考えるようになるかも知れない。
強引な方法は最終手段で良いだろう。
僕はそう考えていた。
「……」
ヴァルザの恋人は、俯いて、しばらく無言のままであったけれど、最後には「分かりました」と言ってくれた。
「……取り合えず、話をしてみようと思います。ただ、簡単には信じられませんので、本人に確認は取って見ます。……すぐ顔に出ますから、話題に出せば、反応で分かります」
「すみません。お願いします」
よし、話は纏まった。
一旦はこれで様子見と行こうか。
ヴァルザがどう出るか……。
僕はなるべく良い結果が出る事を祈りつつ、誘った手前もあるので、奢りという形で二人分を支払い外へと出た。
それから、ヴァルザの恋人の後ろ姿を見送り――
「――旦那さま」
セルマが、下の方から、ぬっと現れた。あまりに急だったので、僕は驚いてのけぞる。
「な、なに急に」
「旦那さまの帰りが遅いので、様子を見に来たのですが」
言われて見れば、もう、夜だ。完全に日が落ちてしまっている。
「ルームサービスが、旦那さまからの荷物を預かっていると、部屋まで荷物を持って来たのですが……。自分で持って来ない所を見るに、もしかすると、何かあったのではないかと奥様が心配しておられまして」
「心配かけさせちゃったかな……」
「そこで様子を見に来て見れば……まさか浮気とは」
「えっ?」
「お腹にお子がいて、旦那さまに傍にいて欲しいと奥さまがお思いになっている、今まさにこの時に、まさかこのような……」
変な勘違いをされている。
「そういう事がしたいのであれば、私を乱暴に扱えば、それで良いのに……」
ついでに、意味が分からないことも言い出した。
僕は、事情と経緯をこんこんと語り、セルマの誤解を解きながら、ホテルへと戻った。




