第078話目―阻止②―
前回のあらすじ:撒かれる前に毒ガスの原料を奪った。ので、半人半魔の子たちの命が救われた。
ヴァルザをどうするか。中々良い案が思い浮かばない。
僕は、顎に手を当てながら、街中を練り歩いた。歩いて歩いて……ついでに奪った小袋を「拾いました」と言って憲兵に預けて……それからまた歩いて……
……気がついたら、ヴァルザが勤めている屋敷の前に辿り着いていた。
「おや、お主……」
屋敷を眺めていたら、燕尾服の老齢の男性から話しかけられた。
敷地内の樹木の手入れをしていたようで、手に枝切りバサミを持っている。
確かこの人は、ヴァルザを叱りつけていた、執事長、だったかな。
「確か、お嬢さまを助けてくれた御仁だな」
ほとんど顔を合せなかったと思うけれど、僕の事を、しっかり覚えていたようだ。
取り合えず「どうも」と会釈をすると、執事長はふふっと笑った。
「直接礼を言うのを忘れておった。……お嬢さまを助けてくれたこと、感謝する」
とても柔らかい口調だった。
ヴァルザを叱責していた時とは、だいぶ印象が違く見える。
恐らくはこっちが素なのかな。
「全く、ヴァルザと来たら、いつもああだ」
突然、愚痴が始まった。
けれども、その話題がヴァルザの事だったので、僕は何か参考になりそうな話が聞けるかもと思い、話に乗る事にした。
「いつも、ですか? ……ヴァルザは普段、どういう感じなんでしょうか。しっかりしていそうには見えますが」
「しっかりなどしていないぞ。見た目だけだ。たまにフラッといなくなる」
いなくなる、か。
きっとそれは、ゴロツキと会う為だ。
「雇い始めたばかりの頃なんて、問題ばかり起こしていたしな」
「……問題ですか?」
「うむ。……お客人に言って良い事でもないとは思うが、あいつには盗み癖があってな。今は矯正したが、本当に最初は酷かった。通行人から財布をすっと盗むのだ。何度もゲンコツをして、「これは駄目な事」と教え込んで、癖が無くなるまでに三年を要したわ。他にも、未だ直らない癖が色々あるが――」
盗み癖の話を聞いてもなぁ。
情報が手に入るかも、と思って話には乗って見たけれど、この調子では有益そうな話は出て来そうにない。
と、僕がガックリとした時だった。
「――ただ、あいつに恋人が出来てからは、他の癖もだいぶマシになった。どうにも、恋人には頭が上がらぬようで、注意されてしばらくも経つと指摘された癖を自ら直すのだ。……いやはや、人は変わるものだなと思うた。愛の力は凄い」
出て来た。
役に立ちそうな情報が。
「……おっと。色々と話し過ぎてしまったかも知れぬな」
「いえ」
「どうにも不思議な御仁だ。なんでも話したくなってくる、柔らかい雰囲気だ」
僕の雰囲気云々よりも、ヴァルザと恋人の話が、もっと聞きたい。
「……それにしても、凄いですね。男を変えるなんて」
「うむ」
「どんな人なんでしょうか。お爺さんは会った事とか無いんですか?」
「何度か話した事がある」
「それは、ヴァルザが連れてきて、ですか?」
「いーや違う。街中でヴァルザを見かけて、その時に隣にいたのだ。その女性がな。……最初はたまたまかと思うておったが、同じ場所で何度もそれを見てなぁ。よもやこれはと思い声を掛けて見たら、当たりだった。恋人だと言うのだ。……その子は、私の前でも、ヴァルザの悪い癖について平気で文句を言っていた。ヴァルザもバツが悪そうにしておったわ。……で、だ。それからしばらくすると、その子が文句を言っていたヴァルザの癖が、綺麗さっぱり無くなる。つまり、言う事を聞いたのだ」
どうやら、ヴァルザは本当に恋人の言う事は聞くらしい。
この情報は使えるかも知れない。
会ってみたいなその人に。
「……ヴァルザと恋人を良く見かける場所、と言うのはどの辺りですかね」
「うん?」
「あぁいえ、別に深い意味はありません。僕、この屋敷に来た時に、女の子と一緒でしたよね? あの子は僕の妻なんです。ですから、男女で楽しめる場所があるなら、連れて行ってあげたいなって。……ヴァルザが恋人とよく行くのであれば、何かそういうカップル向けの楽しみがある場所ですよね?」
「あぁそういう事か。であれば――」
――と、まぁこんな具合に、この街のどの辺りでヴァルザと恋人が良く会っているのかを、僕は聞き出した。
後は実際に二人が現れるのを待って、別れるのを見てから、恋人の方を尾行するだけだ。そして、丁度良い所で足を止めて貰って、話をしてみよう。
僕は、執事長との会話を適当な所で切り上げ、教えられた場所に向かう事にした。
なんか探偵みたいになって来た気が……。




