第007話目―ふぁーすときす―
前回のあらすじ→アティのほっぺたをつんつんした。
※※※※
微かな音で目が覚めた。
金属が擦れるような音だった。
がしゃん、がしゃん、と幾重にも連なる音が僅かに聞こえる。
アティはまだ寝ているようだ。
起こすかどうか迷ったけれど、緊急事態とは断定出来ないし、何より寝顔が可愛いから起こさない事にした。
外に出て見ると、辺りには朝霧が立ち込めている。僕は目を凝らしながら音のする方向を眺めた。
「……兵隊?」
見えたのは兵隊だった。
それも、かなりの数だ。
それが途切れずに歩いている。
向かう先は東。
「進軍? 東に何かあったっけ……」
この大陸――北東大陸の東端にあるものと言ったら、何だろうか。――そうだ。国がある。
いくつかの小さな島嶼国が結束して出来た、トゥワクール首長国連邦。島々に共通していた土着宗教を基として、もっとも力のある部族の長が国家元首をしている国だ。
西や南の大陸にあるような、大きな船で超えないと辿り着けない国々の事は知らなくても、なんとなくトゥワクールだけは知っているという人は多い。
僕もそうだ。
それだけ距離的にも近いし、交易品でも名前を聞くのだ。
しかし、そこに何の用があるのだろうか?
兵士の装いを見る限り、あれは帝都の――帝国ノルスイストの兵のようだけど。
理由がわからない。
トゥワクールが帝国に宣戦布告したとかされたって話を聞いたことも無いし。
まあ、頭を捻ったところで答えが出ることもないのだけど。そもそも、僕は帝国についてそんなに詳しく無いのだから。
帝国について精々知っている事と言えば……僕の住んでいるラマイスト王国をはじめとして、北東大陸全土の国に強い影響力を持っているって事と、随分と栄えているって点くらいかな。
あとは、これは北東大陸全般に言える事だけど、住民がほぼ人族のみって所もかな。
なんにしても……進軍とは穏やかではない。何か変な事が起きなければ良いんだけれど。
※※※※
さてそれから。
小屋に戻ると、アティも目を覚ましていた。
自然と目が覚めたというよりも、僕と同じく鎧の音に起こされたようだ。
「鎧の音がしますね……」
「うん。何か帝国の兵が東に向かってた」
「帝国……? この大陸の事情は良く分かりませんが、何か大きな争いでも起こるのでしょうか?」
「それはわからない。そういう話は聞いた事が無いけど……」
何だか少し怖いですね、とアティは言った。
「……それもそうだね。いっその事、別の大陸にでも行く? ただ、昨日に伝えた通りにお金が無いから、まずは旅費を稼がないと行けないけど」
僕はそう提案する。
この地に対する愛着は無いのか、と思われそうだけど、そんなものは家が燃え尽きてしまった時に一緒に灰になっている。
旅でもしようかな、なんて思ったりもしたくらいだし。
「よ、良いのですか?」
「大丈夫だよ」
「……」
「どこか行きたい所とか無い?」
行き先の希望を訊いて見ると、アティは少し悩んだ後に言った。
「……であれば、南大陸の南西部にある、アストラーディ大峡谷に」
聞いたことのない地名ではある。
しかし、南大陸の南西部ともなれば、随分と遠い所であるのは間違いない。
南大陸に渡ってから西部に向かうか、あるいは西大陸に渡ってから南に進んでいくか。
どちらにしろ、かなりの日数が掛かる。
初期費用をどれぐらい貯めるかにもよるけど、生活費とかも考えると、行く先々でもお金を稼ぐ必要が出てくる。
けれども……アティが行きたいと言うのなら、叶えてあげよう。
今の僕は他にする事も無いのだから。
「じゃあそこに行こう」
僕は頷く。
方針が決まった。
当面の目標は南大陸のアストラーディ大峡谷だ。
しかし……そんな決断をしたのは良いものの、旅費をどう稼いだものだろうか。早めに出立したい事も考えると、普通に働くのでは時間が掛かりすぎる。
かと言って上手い商売も考え付かない。
手っ取り早く稼げるとすれば、迷宮かな?
まぁ、迷宮自体はいずれにしろ、アティに入って貰うつもりはしていたけれど……急ぐ事を考えると、僕も一緒に入った方が良いかも知れない。
一人より二人の方が稼ぐのも早いハズだからだ。
ただ、僕がどのぐらい役に立つのか、それが少し心配ではある。
剣も駄目、魔術も駄目。
唯一使えるのは、父親から教わった槍だけである。
でも、狭そうな迷宮の中で槍を振り回すとか正気の沙汰ではない。
いや、短槍なら行けるかな……?
「……あの」
僕が頭を捻っていると、アティがおずおずと話しかけてきた。
「聞かないんですか? どうしてそこなのかって言う理由、とか……」
言われて見ると、確かに気にはなる。
でも、今回はそれほど重要な事でもない。
どうせ一緒に行くのだから、おのずと理由も知れる。
それに――
「――アティは僕の奴隷だよね?」
「えっと……は、はい」
「じゃあ、どんな理由があろうと、アティは僕から離れられない。僕にとってはアティが離れるようなこと以外は些細な事なんだ。君が傍にいてくれるなら、僕はそれだけで良い」
僕は自分の言葉が本当なのだと伝える為に、アティに近づくと――そっと唇と唇を触れ合わせた。
襲ったわけじゃないから、これはセーフだ。
ただあくまで、離すつもりは無いと言う気持ちを伝える為の行為。
「理由は喋りたくなったら喋ってくれれば良い」
僕がそう言い切ると、アティは目を丸くして、次の瞬間にぼうっと顔を真っ赤にした。
「あ、あの、それってつまりただの奴隷じゃなくて……いや、なんでもないです」
何が言いたいのか良く分からないけど、一生懸命に手で顔を隠すアティはとても可愛らしい。
不思議と凄く抱きたい衝動に駆られた。
自分ではそういう事に淡白な方だと思ってたけど、どうやら違うらしい。
アティの心も体も欲しくなってきたのだ。
ただ、無理やりだけはする気が無いから、それはきちんと大丈夫のサインが出てからにしよう。
「キ、キス……初めてした」
何かを呟きながら、アティは自らの唇を指でなぞっていた。