第076話目―件の”あいつ”―
生きておりました。更新です。前回のあらすじ:アティのお腹の中に主人公ハロルドとの間に出来た赤ちゃんがいる事が分かった。
まさかの出来事ではあったけれど、これほど、喜ばしい事もない。
僕は、「ちょっと出かけて来る」と街中に出ると、子ども用の玩具が売っている場所へと足を運んだ。
それから、色々と眺めて、
「……いや、待って。ちょっと気が早いかな」
男の子向け、女の子向け、という表記を見て僕はハッと我に返った。
アティも言っていたけれど、男の子か女の子かも、まだ分からないのだ。
それなのに、玩具を買っても、それは意味が無いのでは……?
「……」
うむむ、と唸る。
一体何をしに来たんだあの人は、という視線を店員から向けられつつも、僕は店の外へと出る。
「玩具はまだだとすると……」
玩具は産まれてからにするとして、今本当に必要なものはなんだろうか?
僕は頭を抱える。
そして、ひとしきり悩んだ後に、食べ物に行きついた。
アティはこれから、お腹の中の子どもの分まで、栄養を取らなければいけなくなる。
だから、美味しいものを食べて貰うのが良いのではないか、と思い至ったのだ。
決めたら行動は早い。
僕は、食べ物屋を巡ると、妊婦には何が良いのかを尋ねながら買い物を続けた。気がつくと、両手いっぱいで抱えなければ持てないほどの量になった。
「さすがに買い過ぎたかな……」
これでは、お腹の子と合わせて二人分所か、四人か五人分ぐらいになりそうだ。
少し反省しよう……。
「……うん?」
ふと、どこかで見た顔とすれ違った。
あの犬のような耳に燕尾服。確か、前に助けた貴族の令嬢の執事だ。
ヴァルザ、とかいう名前だったかな。
彼は、小袋を手に、路地裏へと入って行った。
「……」
路地裏と言えば、ひと悶着があった場所だ。あんな目にあって置きながら、ヴァルザは一体全体、どうして自らそんな所へ足を踏み入れているのだろうか。
なんだか、気になった。
泊まっているホテルが、もう目と鼻の先に来ていたので、僕はひとまず買ったものをフロントに預け、部屋まで持って行って貰うように伝えてから、ヴァルザの後を追ってみる事にした。
路地裏を進む。
まもなくして、ヴァルザの背中が見えて来た。
追いかける。
すると、突き当りの場所で、ヴァルザが歩みを止めた。そして、指笛を吹いた。
次の瞬間。
わらわらと、ゴロツキが現れた。
「……遅い」
「すんませんねぇ、ヴァルザの旦那」
「……身代金で一儲けしようって時に、ワケの分からんお節介連中に、負けやがった。お前の仲間は役立たずだな」
「あいつらが悪いワケではないですよ。随分と強かった相手だそうじゃないですか」
「言い訳無用だ。……身代金は次の機会を待つ他になくなった。まぁ良い。それより、だ。今度はこれをやって貰う」
「なんですかい、この袋」
「これに火を点ければ、毒ガスが一気に拡散する。今から俺の指定する、ある地下で、これに火を点けて貰う。――ゴミ掃除だ。……あのゴミども、あれを食べてなお、死んで無かったとは。半分魔物の、あの気味の悪い体になって、生き残ってるとは思ってもいなかった」
状況が呑み込めないまま、ヴァルザの会話を盗み聞いた僕は、その情報量の多さに、一瞬声を失った。
――身代金? では、あの時の一件は、全て仕組まれていたものだった……?
――地下で、ゴミ掃除? まさか、半人半魔の子たちが言っていた、”あいつ”が、ヴァルザ……?
なんという事か。
僕は今、とんでもない場面に、出くわしていた。
なんという事だ……。ヴァルザは悪いヤツだった。




