第073話目―おやや……エキドナの様子が……?―
前半は先生と子どもたちの話で、後半はエキドナが……。
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半人半魔のこの子たちは、もともとこの地下で暮らしていた捨て子。
凍える夜になった頃に外に出て、ゴミを漁って食いつなぐ日々を送っていたそうだ。
聞く限りに大変な状況だ。
でも、楽しく過ごした日々ではあったという。
同じような境遇の仲間も、半人半魔を見れば分かる通りに沢山いたから……。
皆で協力しあって笑顔で生活していたそうで。
厳しい状況だけれど心許せる仲間がいて、どうにか生きている。
生きていけている。
これがずっと続くと……この子たちはこの時に心の底から思っていたらしい。
しかし、
「”あいつ”に俺たちはだまされたんだ……」
――ある出来事が、全てをぶち壊した。
ことの発端は、うまい具合に外で仕事を見つけてここから出て行った、一番の年長者だった”あいつ”。
「ここからいなくなって、一年ぐらい……かな。それぐらい経ってから、”あいつ”はひょっこり戻って来たんだ」
――みんなにごちそうをあげたいんだ。元気が出るよ。
糊の効いた立派な一張羅に身を包んだ”あいつ”は、そう言って、皆にお菓子を配ったそうだ。
けれど、それがいけなかった。
「みんなよろこんだ。お菓子なんて、くさって蛆とハエがびっしり付いてるものしか食べたことなかったから、あまくておいしくて、『これが本物のお菓子なんだ』ってなきながらほおばった。……でも、食べたら、きゅうにみんなくるしみだして、俺もいきができなくなって……」
「それって……」
「毒が入ってたんだ。……くるしむ俺たちをみて、”あいつ”笑ってやがった。ゴミ掃除だって」
半人半魔の男の子の頬を涙が伝った。
「なかまだったことを忘れたみたいに、『おまえたちはこの国のゴミだから、掃除しなきゃいけないんだ』っていいだした。生きてちゃいけないんだって。……おおきくなったら、悪党になるかもしれないから、いまのうちに処理しておきたいってさ。そしたらじぶんも安心して仕事できるって」
……。
「でも、そんなときに、先生が通りがかったんだ。たまたま、研究をつづけられる隠れ場所を探してたときらしくて、偶然だった。それで……先生が”あいつ”を追っ払ってくれて、そのあと、俺たちをこんなつよい体にして治してくれた」
引きずっていた脚は、”あいつ”とやらと揉み合いになったのが原因らしい。
色々と流れが分かってきたし、一見すると良い話に見えなくもない……が、しかし、治療するにあたって、半分人間では無くする必要はあったのだろうか?
それについて聞くと、まず、先生の過去について話す必要があると言われ、この子たちが先生から伝え聞いた経緯を語り始めた。
※※※※
――かつて先生には一人だけ子どもがいた。元から体が弱かった妻が出産時に亡くなったこともあり、先生に残された家族はその子ども一人だけだったそうだ。
けれど、子どもは母の弱い体を受け継いでしまったようで、まだ小さい時に病で亡くなる。
悲しみにくれた先生は、自らの子に対しての喪失感と後悔に悩んだ結果……病に伏す、似たような子どもたちを救う決意を固めたらしい。
しかし。
行動を起こそうとしたものの、どうすれば良いのかが分からない。
だが、救いの手立ては身近な所にあり、すぐに見つかった。
先生の元々の仕事は魔物の生態調査であった。
それゆえに、魔物のことは色々知っていた――滅多なことで病には侵されないその強靭さについても。
先生は思いついた。
魔物の頑強さを取り入れることが出来れば、ほとんどの病魔を恐れる必要がなくなり、強い肉体を手に入れることが出来るに違いない、と。
先生の研究は注目を浴びた。
ただ治すだけではなく、その後の人生においても長く生きられる効果が期待でき、単純に強くもなれる。
そうした副次効果もあったせいだ。
先生の下へは、度重なる援助や支援が国から行われ始めることになり……しかし、諸々の事情により、研究は頓挫し中止という結末を迎えた。
だが、先生は諦めなかった。
周囲の思惑や事情によって阻まれようとも、この研究だけは止めたくなかったのだ。
そして、この子たちと出会う話に繋がっていく。
――この話は実に十年も前のことであるそうだ。
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話を聞き終えて、僕は神妙な面持ちで頷いた。
「なるほど……」
先生からすれば、それは妙案だったのだろう。
半人半魔の研究がさらに進む上に、もともとの目的でもある子どもを助けることも出来る。
体が強靭になれば、子どもたちが新たな病にかかるリスクも減る。
お金がないこの子たちからすれば、まさに”救世主”が現れたも同然なのも頷ける。
で、この恩に報いるためにも、十年のあいだ地下においては先生を守り続けていたというワケだ。
人前には出れない肉体になってしまっただろう。
しかし、もともと人目を忍んで真夜中に活動していたこの子たちにとっては、大きなデメリットにはならない。
むしろ、鋭くなった五感のお陰で、食料調達もやりやすくなったと胸を張られた。
今のいままで問題になった様子も無い。
上手くはやっているのだろう。
しかしまぁ……考えていた以上に複雑な経緯と事情である。
なんともいえない気持ちになってくるよ。
と、その時。セルマが「あっ」と声を上げた。
「どうしたの?」
「い、いえエキドナが……」
「うん」
「実は連れて来ておりまして、服の中に潜ませていたのですが……眠っていたハズが、その、恐らくここが暖かいせいか起きてしまったようで、今になって気づいたのですが、服の中にいないのです」
「……え? まさか迷子になったの?」
冗談はやめてほしい。
この迷路みたいな地下を、探し回らなきゃいけなくなるとか、かなり大変だよ。
「……どうかしたのか?」
半人半魔の子が、僕らの異変に気付いて話に割って入ってきた。
「ちょっと仲間とはぐれちゃってたっぽくてね。蛇の魔物なんだけど……」
「そうなのか。なら見つけてやるよ! おれの鼻ならすぐだよ!」
「……いいの?」
「はなし聞いてくれたし、おまえたち、悪いヤツじゃないようだしな」
「そうね!」
一人が得意げに鼻を鳴らすと、他の子も自分も手伝う、と言ってくれた。
助かる……。
「も、申し訳ないのです……」
セルマは背中を丸めて縮こまった。
少し怒ろうかと思ったけど、こんな姿を見せられると、何も言えなくなる。
取り合えず、次から気をつけて貰えればそれで良いかな……。
※※※※
エキドナの捜索は順調に進んだ。
普段はここに無い匂いや痕跡を辿っているらしいのだが、本当に迷いなく、すっすっと進んで行く。
そして――なぜか、先生がいる、あの部屋の前までたどり着いた。
戻ってきた形になるけど……。
僕とセルマが部屋の中を窺っている隙に目覚めて、どこかに行ってしまった、ということだろうか?
「先生の部屋だ。ここにいるようだけど……」
どこかに行ったのではなく、まさにこの部屋の中にいるらしい。
なんだろう。
すごく嫌な予感がするのは、気のせいだろうか。
……結論から言えば、気のせいなどではなかった。僕らはこの部屋の中で、すっかり変わってしまったエキドナと出会う事になる。
エキドナは一体どんな姿に……。ゴクリ。次回判明します。




