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第072話目―続けられていた研究―

前回のあらすじ:セルマに緊縛されかけたと思ったら、床が抜けて街の地下に落ちた。変な通路に出た。出口を見つけようと思って進んだら、変な翁がいたので、後をつけたら……?

「……御主様。少し様子を窺いましょう。向こうはまだ、こちらには気づいておりませんので」

「そうだね」

 

 息を潜めて、中の様子を窺う。

 すると、翁は、時折に涙を浮かべてはガラス容器に頬ずりをし始めた。


「まだ、終わっていない。例え予算が打ち切られようと、計画が頓挫しようと、まだ終わってなどいない。私には使命が……この研究の目的はもともとは……」


 翁の言葉がここまで聞こえてきた。

 他に誰もいない静寂のせいか、少し声が張るとよく通るせいだろう。

 周囲の確認はしていたものの、翁は僕らがいることには気づけてはいなかった。

 つまり、誰もいないと思っていて、自らの独り言が誰かに聞かれているなんて考えもしていないのだ。

 

(しかし……計画が頓挫しようと、か。)

 

 どうにも、僕の予想は当たってしまっていたようである。

 容器の中のあれらは、十中八九で半人半魔。この翁はもとは研究に携わっていた人物であり、個人的に続けているらしい。


 まさか、研究が続いているとは、思いもしていなかった。

 半人半魔の件は北東大陸だけで収まるかと思っていたけれど、もしかすると……。


 僕はふとあることを思った。

 この世界は一体どこへ向かおうとしているのだろうか、と。

 けれど、すぐにその間違いには気づいた。

 世界は静かに佇んでいるだけだからだ。

 それをどう変えるのか、あるいはどう動かしていくのか、決めているのはいつだって人なのだ。


 世界は人々が望む方向へと進むように出来ている。

 ある人にとっては求めていないことであったとしても、そうではない多くの人々の思いや行動によって、それは結果までのレールとして敷かれていく。


 ……まぁ、そんなことを考えたところで、僕にどうにか出来るワケでもなければ、何かが変わるワケでもない。

 せいぜい、身近に起きたことを、やれる範囲でなんとかするぐらいなものだ。


 僕は軽く頭を掻きながら、そんなとりとめもないことを考えつつ、翁と部屋の中の様子を更に窺う。

 部屋の奥に続く道などはなさそうであり、翁も隠し通路などを探すようなそぶりも見せなかった。


(とすれば、長居は無用だね……。)


 僕らは音を立てないようにしつつ、踵を返すことにした。


 ……ここで見たことは、外に出たら誰かには伝えた方が良いかも知れない。


※※※※


 翁を初めて目撃した辺りの場所から、さらにしばらく進むと、段々と通路が蟻の巣のような様相になっていった。

 迷宮の方がまだマシかも知れない、と思えるくらいの複雑さである。

 これは想像していなかった。


 幸いなのは、上にある配管のお陰で、通路が幾らか暖かいということくらいだろうか。

 この国は寒いのだ。

 地下通路ともあれば、本来であれば、極寒状態だろう。

 もっとも、そうは言っても24時間温水を通しているわけではなかったハズで、この暖かさにも時間制限はある。

 今は深夜帯だから、そろそろ供給が止まってもおかしくは――


 ずぐぐ……ぐっ……ひゅご……。


「げっ……」

「だんだん温水循環の音が弱くなっていますね……」


 ヤバイ。

 早めに出口を見つけないと、下手したら凍死してしまうかも知れない。

 だがしかし、一体全体どこが出口なのか、皆目見当すらつかないのが現状でもある。

 

 冷や汗を掻きながらも歩く。

 急く気持ちがありながらも走らないのは、自分たちが通った道を覚えておく為である。

 走り回って、また同じ道に出たりなんかしたら、本末転倒だ。

 しらみつぶしではあるものの、今はこれが確実だと思う。

 僕らが外に出るのが先か、それとも凍えてしまうのが先か……。

 嫌な状況だ。


※※※※


 温水の循環が完全に止まった。

 まだ出口は見つからない。

 ついでに、外に近づいている気配もない。

 いよいよをもって、危険水域に突入、といった所だろうか。


 なんだか、アティが恋しくなってきた。

 何日も会っていないような、そんな錯覚に襲われてしまう。

 隣を見ると、僕よりはまだ元気そうなセルマがいて、うっすらとアティに見えなくもない気がしてきた。


「……?」


 セルマは、人差し指を頬にあてて、小首を傾げた。

 アティはあまりやらない仕草で、そのせいで、急に現実に引き戻される。

 ……って、そんなこと考えてる場合じゃない。


「あれは……? 御主様」


 脱出するには、どうしたものかな。

 頭を捻っても正解のルートは分かりそうにもない。

 いっそのこと、天井に大穴空けてしまおうか。

 出来なくはない。

 新しい次力の使い方の銀球でぶち抜いてもいいし、なんなら、旧来の【穿たれしは国溶の槍】で貫いてもいい。

 でも、それをすると、間違いなく問題になるからなぁ……。


「御主様、御主様」


 服の袖を引っ張られて、僕はそこで、セルマに呼びかけられていることに気づいた。


「……うん? なに?」

「あれは」


 セルマの視線の先にいたのは、人の顔――具体的には子どもの顔を持つ、四足歩行の、虎のような形の生物だった。

 半人半魔である。

 いきなりの登場に、僕らは急遽として警戒態勢に入る。

 半人半魔は、座ってただこちらをジッと見ているに留めていたけれど、やがて言葉を発した。


「……なにをしにきたの? せんせいをいじめにきたの?」

「……先生?」

「……せんせいは、ぼくらを、たすけてくれたんだ。せんせいをいじめるやつは、ゆるさないぞ!」


 虎の半人半魔が、すっくと立ちあがる。

 すると、奥から、ぞろぞろと他の生物も姿を現した。


「そうよそうよ! せんせいは、わたしたちの、救世主(めしあ)さまなんだから!」

「せんせいのけんきゅうを、じゃまをするなら、ころしてやる!」


 犬のような形のもの、鳥のような翼をもつもの、様々だ。

 それらすべては小さく、そして子どもの顔を持っている。

 全て半人半魔なのようであり、どうやらあの容器の中だけではなく、すでにこの通路内に放たれているのも……いたらしい。


 しかし、なんというか、発せられた言葉が、どうにもおかしい気がする。

 先生というのは、恐らくは、あの翁のことだ。

 その人物が助けてくれたとか、救世主さまであるとか、どういうことなんだろうか?

 

「……()りますか?」


 セルマが目を細めた。

 温もりを一切持たない鋭い眼光が、半人半魔たちを、射貫いている。


 いつでも戦えます、といった雰囲気だ。


 セルマはかなり戦えるし、僕も、負担の少ない次力の使い方を覚え始めているので、やってやれないことはない。


 けど、それは取りたくない手だった。


 これだけの数となると、戦えば通路に被害が出るのは避けられず、間違いなく街にも被害が出るだろう。

 問題を起こさないというのは、ならず者を引き渡した際にも、再度確認を取られていることであって、それを破る気は僕にはないのだ。


 それに、この半人半魔たちには何か事情があるような雰囲気が見え隠れしている、というのも躊躇わせる要因だったし、なにより、この子たちの元はどう見ても子どもや赤ん坊だった。

 もう人ではないとしても戦いたくはない……。


「いや、少し待って」


 セルマを制止すると、僕はゆっくりと、半人半魔たちに話しかけた。


「君たちはいま、先生に助けられたとか、救世主さまだとか言っていたけれど、それはいったいどういう意味なのかな?」


 刺激しないように、なるべく柔らかい口調で告げる。

 すると、半人半魔たちは、お互いに顔を見合わせてこそこそと密談を始めて、それが終わると、最初に出くわした虎の形をした彼がずいと前に出てきた。


「……せんせいをねらっているんじゃないの?」

「違うよ?」


 僕らは、たまたまこの通路に落ちてきただけだ。

 あの翁を狙うとか狙われないとか、そういう話には、まったく関知も関与もしていない。


「だから、よかったら、教えてくれないかな?」


 そういって笑顔で接すると、虎の彼は、ゆっくりと頷いた。

 ほっとした。

 どうやら、戦闘は回避出来たようだ。


「一触即発をすぐに融和的に変えるとは……。そういえば、エキドナも、御主様が手懐けられたそうで。御主様はなにか、不思議な魅力をお持ちのようです」


 セルマが、驚いたような顔をして、僕の横顔を見つめてくる。

 過大評価な言葉が出てきたようである。

 魅力というよりたまたまでしかない。


「……私が御主様を求めてしまう理由も、そうした所にあるのでしょうか。拒否されればされるほど、縛りたくなるほどの恋しさに襲われてしまうのは、きっとそのせいかも知れません」


 その呟きは聞かなかったことにしておこう。

 というか、縛る云々のこと、まだ忘れていなかったんだね。

 忘れていて欲しかったのに。


 まぁとにもかくにも、彼らから事情を聞きつつ、せっかくだから、出口についても教えて貰うことにしようと思う。


 ところで、あの翁が部屋に入るときに、やたら周囲を警戒していた理由が分かった。

 何者かに狙われているから、ということなのだろう。

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作者ついったー

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書籍 一巻表紙
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