第071話目―実験―
あけましておめでとうざいます。(..◜ᴗ◝..)
※※※※
糸で縛られた僕は、近くの、空き家の中に連れ込まれていた。
どうやら、僕を待ち伏せする前に、セルマが急ぎで探し当てていた場所らしい。
用意周到だ。
「……明かりも火も点っておりません。とても寒い場所です」
「……そうだね。宿の部屋の中のほうが、ここよりまだ暖かいから、戻ろう」
「いえ、宿に戻らずとも、暖かくなる方法はございますでしょう?」
どうして、こんなことになったのだろうか。
僕は一体どこで間違えてしまったんだ?
分からない。
何が引き金になったのか。
思い当たる節は……あるにはあるけど、けれど、あれは上手く舵を取るに必要なことで、それで見事に乗り切れていたハズなんだ。
だから、見当がつかない。
「さぁ……」
「駄目だ、それは駄目だよ」
「なぜでしょう? もしかすると、奥様への裏切りとお思いですか? でしたら、それは心配はいりません。これは、お優しい御主様に、私がただお情けを求めているだけの事であって、決して裏切りなどはありません」
「へ、屁理屈だ……」
セルマがにじりよってくる。
そして――
――どうやら、僕にも運があったらしい。セルマが、僕に覆い被さろうとした瞬間に、ばごん、と床が抜けた。
※※※※
「いつつ……」
「あ、あう……」
辺りを埃が舞う。
「だ、大丈夫?」
「はい……御主様はいかがでしょうか」
「大丈夫だよ」
体の無事を確認しつつ、僕は立ち上がって、そして気づいた。
手足の自由が効いていることに。
どうにも、落下の衝撃によって、糸が緩んで抜け出せたようである。
「……ここは一体」
セルマは、僕の状態に気づいていないようで、しきりに周囲を見回していた。
変な事を言って思い出されて、取り合えずもう一回縛って置こう――とかなったりするのは嫌なので、その事には触れないようにしつつ、僕も周囲を観察し始める。
ここは何かの通路のようだった。
一本道のような感じで、そのド真ん中に、僕らは落ちたといった感じである。
ともあれ、今は右か左のどちらかに進むしかなさそうだ。
壁を登って、僕らが空けてしまった穴から脱出する、という手段もあるにはある。結構高さはあるけれど、それは、セルマの糸も併用すればなんとか出来なくもない範囲だ。
ただ、糸を使わせるとなると、先ほどまでの事を思い出させてしまうような、そんな気がしてならないんだよね……。
つまり却下。
「今のところ、この道を進むしか無さそうだね」
「の、ようですね……」
「うん。ただ、右と左のどっちにしたものか……」
外に繋がっているのはどちらかな……と頭を悩ませていると、ふと、左方向から水の流れる音がした。
取り合えず、そっちに向かってみよう。
※※※※
どんどん進んでいくと、妙に暖かな空気のある通路に出た。
頭上から熱気が来ている感じであり、顔を上げると、束になった配管がピタリと天井にくっついているのが見えた。
そこから水の流れる音がしている。
「あぁなるほど……そういうことか」
どうやら、街道の融雪に使う温水を循環させる配管を通す為の通路に、僕らは出てしまったらしい。
考えても見れば、水音がするというのは、温水循環の配管からかもしくは下水だからという以外には考えられず、キツい匂いは漂っては来なかったのだから、消去法的に前者であるのは当たり前である。
とかく、僕らが探していたのは、融雪配管ではなくてあくまで外への出口だ。ここは求めている場所ではなくて、残念だと僕がため息をつくと、セルマが服の袖をくっくっと引っ張ってきた。
「……御主様。何かが近づいて来ます」
「え?」
「奥の方から、これは足音でしょうか」
誰か居るということなのだろうか。
来た道に一旦隠れつつ、様子を伺ってみると、白衣を着た翁が、足を引きずりながら僕らの目の前を通って行った。暗がりなせいか、こちらには気づいていないようだった。
「どうされますか?」
この翁が、一体なぜこのような場所にいるのか、それは分からない。
ただ、特別に焦ったりはしておらず、しっかりとした足取りなので、僕らみたいにたまたま来てしまった、というわけでは無いのだけは分かる。
「……後を追ってみよう。もしかすると、出口があるのかも知れない」
※※※※
気配を殺しながら、翁の後を追うこと小一時間。
辿り着いたのは、出口ではなくて何かの部屋だった。
ぶぉんぶぉん――そんな、不気味な音がしている。
「……誰にも後はつけられておらなんだな?」
翁はここに来て、急に周囲を警戒し始める。翁は僕らに気づくことはなく、安心したように一度息を吐くと、そそくさと中に入っていった。
翁はどうやら、外に出ようとしていたのではなく、その逆だったようだ。
外から中に入ってきて、ここを目指していたらしい。
「ひとまず、中の様子を確認してみようか」
「……はい」
そおっと扉を僅かに開き、その隙間から中を確認して――僕らは絶句した。
赤や緑の液体で満たされた、大きなガラスの容器がいくつもあり、その中には生き物のような何かが漂っていたのだ。
それは、子どもや赤ん坊といった、それぐらいの大きさの人間の形をしている……。
翁は、容器の中に、よく分からない錠剤や粉を投入し始めた。
よく見ると、ガラスの容器たちには管のようなものが付いており、ぶぉんぶぉんという音も、そこからしているようだった。
「何かの実験……でしょうか?」
「だろうけど、一体何の……」
そこまで言って、僕はふと、フィオネーンの屋敷で教えられたことを思い出した。
――これは表ざたにはされてはおらなんだが、実のところ、以前より魔物と人間を組み合わせる実験を行ってもいた。
まさかこれは、それの一端なのだろうか?
しかし、この国では、その実験は中止になったという話でもあったハズだ。
これはどういうことなのだろうか。
人目を避け過ぎているこの場所から察するに、中止になった以降も独自に秘密裏で実験を続けている人物がいた、という事なのだろうか?
遠巻きにではあるけれど、改めて容器の中を見やる。
中にいるそれは、尻尾や羽、あるいは目が複数あったりと、明らかに通常の人間ではなく、かといって亜人や賢獣とも言えない姿形だった。
(´・ω・`)地下といえば怪しい実験と相場は決まっているのだ。




