第070話目―見せつけるのは逆効果だったという―
本日はクリスマス・イブですね。
ということで、私から読者の皆様へ、最新話と言う名のクリスマスプレゼントを。(..◜ᴗ◝..)
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宿に戻った後、件の半人半魔についてアティとセルマに話をしたところ、二人とも落ち着いた様子で理解してくれた。
今日明日にも僕たちに何かしらの被害があるかも知れない、みたいな状況であれば、対策や対処を考えなければいけないけど、これ関係の問題は北東大陸内だけで収まる可能性も高いから、慌てることもなく冷静なのだ。
少しのことで色々と考えてしまう僕と違って、二人の芯は強い。
以前に比べれば、僕もかなりメンタルが強くなった気はするけど、こうした落ち着き払った二人を見ると、そうでもないような気もしてくる。
見習わないといけないね……。
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今夜もきちんとアティを抱く。それから、すっかり疲れて寝入ったアティを確認してから、僕は壁に立て掛けていた白銀の槍を手にし、一人外へ出ることにした。
まばらに見える通行人がいるものの、総じて静かな町並みだった。
ガラス容器の街灯の中にある焔が、ちらちらと陰り、舞った粉雪がそこに近づいては溶けていく。
今先ほどに宿から出る前に、たまたまフロントにいた従業員から、こんな話を聞いた。
粉雪の時は一番寒いので、あまり外に出られない方が良い、と。
その言葉は正しいと思う。
何せ、この国に入ってから今が一番寒い。
転倒しないように、凍っていそうな場所を避け、あえて積雪の上を歩く。
明かりが薄っすらとしか届かなくなった。
もう周囲には人影もない。
僕以外の足音が聞こえなくなって、それからまもなくして、開けた場所に出た。
丁度いい場所だと思った。
「ここなら大丈夫かな……」
僕がどうして一人でこんな人気の無い所に来たかというと、試したいことがあったからだ。
次力と銀。
頭の片隅にずっとあったそれについて、試したいことが出来たのだ。
僕にとって、次力の制御はとても難しい。容易ではない。
けれど、幾らかは出来たこともあった。
ミーシャと戦った時に、銀粘土にギリギリ収めるぐらいは出来ていたあの感触を、今でも体が僅かに覚えている。
あの時は、いつも以上に制御を効かせることが出来ていた。
その理由については、無我夢中であったから深く考えていなかったけど、今になって思うのは、もしもそれが――銀粘土を通したから、だとしたら? という点だ。
僕にとって、次力と銀の相性が良い可能性がある。
それを確かめたくなっていた。
もっとも、次力を使う以上は多少なりとも危険が伴う可能性があるので、周囲には誰もいない状況が良く、だからこそこんな所に足を運んでいる。
「……」
手にした槍を見る。
これはそう簡単に溶けない、見たいなことをあの黒騎士は言っていた気がするし、実際に溶けてはいなかった。
でも、それが僕にも当てはまるとは限らない。
あの黒騎士も次力を使うようだけれど、僕と同じ使い方かどうかまでは確かではないし、それに、僕にとって銀はとても馴染みのある代物なのだ。
何かが違うかも知れない。
そんな気がする。
「とりあえず、やってみよう」
一息吐いてから、少しずつ次力を流していく。
集中して落ち着いてやっているから、というのもあるだろうけれど、それにしても特別に体の負担を感じない。
不思議なものである。
とかく、僕が次力を使うに当たっては、銀を通すのが非常に相性が良いのだということが、確信に変わった。
少しずつ流量を増やしていく。
槍はまだ溶けない。
普通なら、とっくの昔にドロドロになっているぐらいには、次力を流しているのにも関わらずだ。
特別製というだけはある。
ところで、この槍が一体どういった銀によって創られているのか、実は僕でも分からなかった。
色々な銀を見て触れて、細工してきた経験と知識はあれど、該当しそうなものが無い謎が多い銀なのだ。
分かっているのは言葉通りに”銀”であるということだけ。
気づいたら、出力がさらに上がっていた。
いつもなら体が悲鳴を上げて、耳か目から血飛沫でも出るぐらいまでに。
しかし、不思議なことに僕の体に異変は何もない……。
そして――やがて融解点が訪れた。
薄っすらと、それは絵の具が滲むように、槍が溶け出し始める。
恐らく、これぐらいの出力ならば、本来この槍は耐えられるハズ。いや、ハズではなく、実際に耐えられるのだ。あの時の黒騎士の一撃は、間違いなくこれ以上の出力だったから。
では、なぜ今こうして溶けているのか?
僕が次力を使って流したから、溶け出したのである。
親和性の高さ、とでも言えばいいのかな。
白銀の槍は、すっかり溶けると、その姿を銀水球に変え僕の周りに浮かんだ。
溶けて蒸発する、ということはなかった。
そして、この銀水球はどうやら、僕の思うがままに動いてくれるらしい。
動かしたいように動かせてしまった。
なので、とりあえず、地面に向かって直進させてみることに。
すると、銀水球は積雪を蒸発させながら、その下にある地表に穴を開け、どこまでも深く抉って潜っていった。
数分が経つ。
どこまで進んだのか少し怖くなってきた。
僕は銀水球を引っ張りあげると、これまた数分をかけて手元に戻したそれを、次力でこねくり回して槍の形に戻す。
「ふぅ……」
少しだけ疲労が襲って来たものの、以前のように、血肉が裂けて飛ぶようなことはない。
銀を通せばあるいは、と思ったから試したことだけれど、思ってた以上の成果だった。
けれども、これはなんだか、異様な次力の使い方のような気もする。
まぁ、僕が持ちえる力をどう使うかは僕が決めることだから、気にするだけ無駄ではあるけどね……。
体への負担はかなり軽くなるし、良い事ではあっても悪い事は何一つとしてない。
※※※※
それは、僕が宿に戻る途中の事だった。
更に夜が更けて、まばらだった人の気配も、一切が無くなっている。
しぃんとした張り詰めた音さえ聞こえそうな静寂の頃。
目の前に、見覚えのある人影が見えた。
良く見るとセルマだった。
「……御主様」
「どうしたの、こんな時間に外に出て」
「……窓から、御主様が出かけられたのが、見えたので」
セルマの部屋は宿の前方だ。
入り口や前面の道は確かに見えるかも知れない。
しかし、見えたからといって、普通こうして待ち伏せのようなことをするだろうか?
……。
「そっか」
「はい」
「……僕はもう戻るけど。眠くなってきたしね。セルマも、いくらある程度の寒さは大丈夫だって言っても、冷えるのは良くないんじゃない?」
欠伸をしながら帰宅を促す。
しかし、セルマは一向に動こうとせず、細めた眼で僕をじぃっと見ている。
――と、次の瞬間。
突如として現れた糸によって、僕の手足が一気に縛られた。
しまった、と思った。
嫌な予兆は感じていた。
けれど、いくら往来の人や気配が無くなった頃合とはいえ、ここは街中のド真ん中だ。
そんな場所で、まさかこう来るとは、予想だにしていなかったのだ。
「……申し訳ありません。私もどうして自分がこのような暴挙に出てしまうのか、そこの所の説明が、上手く出来ません。けれど、なんと言いますか、御主様と奥様との愛し合いをこの目で見る度、耳で聞く度に、どうしても私もそれが欲しくなって来てしまうのです」
ハンドリングを微妙にミスりましたね、ハロルド君。




