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第069話目―大元―

※※※※


 小一時間が経ち、そろそろ夕食時かという所で準備が出来たらしく、僕らは食堂まで案内された。

 広く奥行きがある立派な食堂だった。

 奥の右手側にフィオネーンが座り、その向かい側に、妙齢の女性。真ん中の一番の奥には、顎鬚を綺麗に蓄えた初老の男性が座っている。

 男性も女性も、どちらも耳がフィオネーンと同じだ。

 亜人であり、そして座席の位置を見る限り、両親で間違いなさそう。

 この屋敷の主だろう。


「お父様、お母様、こちらの方が私を助けって下さったハロルド様にございます」

「なんとまぁ。こちらの方々が……」

「おお、君たちがそうか。待っておった。どれ、座ると良い」


 座って良いらしいので、座る。

 すると、すぐさまに食事が運ばれて来た。

 普段滅多に食べないような物ばかりだ。


 うーん……。

 こういった作法には、あまり詳しくないんだけど、どうしたらいいんだろう。

 出された料理を前に僕が冷や汗を掻くと、


「……こういう時は相手の真似をすれば良いのです」


 こしょり、とアティ先生からの耳打ちが来た。

 段々と耳打ちが恒例になってきた気がする。


「こうした作法について、私も知らないわけではありませんが、しかし、土地柄によっては微妙に異なる場合もあります。……こういった時は、相手方と同じようにすれば、そうひどく礼を欠いたと思われることもありません」


 なるほど。

 というか、うん?

 こうした作法について、知らないわけではない……?

 まるで元々知っているかのような言い方だけど――いや、西大陸に以前に居たときに、学ぶ機会でもあったのかも知れないね。


 まぁとにかく、解決方法は見つかった。

 後はその通りにするだけである。


 ところで、セルマは大丈夫なのだろうか?

 アティの助言はセルマの耳にも入ったらしく、しきりに頷いてはいたけど、そもそもが人形だということもあって、食事を取っているところを見たことがないのだ。

 取らなくても活動出来る、ということなのだろうけど……そうではなくて、この場をどうするんだろう。


 僕の視線に気づくと、セルマは少し考える素振りを見せてから、「大丈夫ですよ」と言った。

 どうやら食事は可能らしい。

 少しばかり疑わしい気がしたけれど、実際に食事が始まると、普通に食べていた。


 体の構造がどうなっているのか、少し気になる。

 が、そういう余計なことを考えるのはやめよう。

 気になったからといって、聞いたり調べたりしようとすれば、変な流れになりかねない……。


※※※※


 フィオネーンを助けたことへのお礼を重ねて言われた後に、適度な世間話を挟みながら、食事が進む。

 すると、途中で僕の出身の話になった。

 特別に隠す事情もないので、北東大陸です、と正直に伝えると何故かフィオネーンの父の顔色が少し変わった。


「あの、何か?」

「いや……。時に、北東大陸では、何かおかしな事は無かったか? 例えば、迷宮外に変な魔物が現れた、とかのう。まるで、人と魔物が半分ずつ、といったような奇異な姿の」


 突然の問いかけではあったけれど、その特徴に、思い当たる節がないわけではなかった。

 ただ、あの魔物は、帝国によって作られた半人半魔であり、この西大陸の北部とは関係が薄そうに思えるんだけど……。


「……急にどうして、そのようなことを?」


 僕がそう切り返すと、フィオネーンの父はゆっくりと目を瞑って唸った。それから、決心したかのように口を開いた。


「……フィオを助けてくれた御仁だ。まぁ話しても良いか。これは、お主の益にもなろう。返礼の一つと取って貰って構わん」

「は、はぁ」


 急に剣呑とした表情をされて、何がなんだから分からない僕は、気の抜けたような空返事をしてしまう。


「この国が世界のなかでも技術的な優位を持つことは知っておろう」


 僕は頷く。

 それについては、入国の時に聞いた。


「そして、それは工業的な部分以外でもである。例えば、生物の研究といった分野でもこの国は大きく進んでいる。……これは表ざたにはされてはおらなんだが、実のところ、以前より魔物と人間を組み合わせる実験を行ってもいた。それは医療への転用も出来るやも、という研究でもあり、そうした観点から私も出資者の一人になっておった。もっともそれは、倫理的な問題があるということで、途中で中止となったのだが――しかしだ、あろうことか、幾年か前にその関連資料がごっそり盗まれるという事件があったのだ」


 それは、衝撃の内容だった。


「その犯人の足取りが、北東大陸に着いたところで、とんと消えたのだ」


 要するに、あの半人半魔は。

 このサルバードの技術によってもたらされたもの、であるらしい。

 なんということだろうか。

 こう繋がってくるとは、思いもしていなかった。


「あの技術は非常に危険だ。扱いようによっては、極めて屈強で特殊な兵をいくらでも作れてしまうようになる。盗人がどこかで野たれ死に、資料はただの紙くずとして焼かれでもしていれば良いが、どこぞの国家の手にでも渡ってしまったのであれば、ことは大きくなる」


 ……僕は事実を言おうかと悩んで、けれども言えずに、知らないとしか言えなかった。

 北東大陸で一番に勢力を誇る帝国が、その技術を手にしたであろうことを、告げることが出来なかった。

 その一言は混乱をもたらす事になるだろうと察したからだ。


 以前にヴァレンが、帝国にキナ臭さを感じたから、セシルを連れて北東大陸を出ることを決心したと言っていた。

 それは見方によっては、あの大陸でこれから先に何が起きようとも、それが別の大陸にまでは飛び火しないだろう――仮にするとしても、まだ先の事だと捉えていた、とも取れるだろう。


 願わくば、大きな争いが起きたとしても、あの大陸の中でだけ収まっていてくれれば良いと、僕はそう思った。


「あの、ハロルド様……?」

「御主さま……?」


 アティもセルマも、帝国と半人半魔については何も知らない。

 僕が知っているのは、手合わせした後に、ヴァレンから聞いたからだ。

 その時にアティは部屋の中にいたし、セルマに至ってはまだ出会ってすらいないわけで、つまりその場に二人はいなかったのだ。


「いや、なんでもないよ」


 僕は出来るだけ平静を装って、そう答えた。

 二人には伝えた方が良い。でも、それはこの場ではない。

 帰ってから、それから話をしよう。


「もう、お父様もハロルド様、何を難しい話をしていらして? まったく話についていけませんわ」


 フィオネーンが、話に混ざれなかったことに対して、なんだか面白くなさそうにそう言った。


※※※※


 歓待を受け終えて、丁度良い頃合になんとか退室が出来た。

 フィオネーンが、この国に滞在中の間は好きにお屋敷に来て下さいと言って来たけれど、僕はやんわりと会釈で対応した。

 

 お屋敷から出る時に、建物の隅のほうにヴァルザを見た。

 同じような燕尾服を着た、老齢の男性に、胸倉を掴まれ壁に押しやられていた。


「……なんという体たらく。執事の成すべきを全う出来ぬとは」

「……申し訳ありません。執事長。次は」

「助けてくれた方々がいなかったら、その次などないのだぞ」

「……」


 僕らが助けたあの一件について、叱責を受けているようだった。

 苦虫を噛み潰したかのような表情で、ただただ、ヴァルザは俯いていた。

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作者ついったー

こちら↓書籍版の一巻表紙になります。
カドカワBOOKSさまより2019年12月10日発売中です。色々と修正したり加筆も行っております。

書籍 一巻表紙
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