第006話目―ほっぺた―
「め、迷宮?」
僕は思わず聞き返した。
競売の時の煽り文句でも、確かに、迷宮に潜った事があるとか魔術が少し使えるとか、そんな言葉があったような気はする。
本人の口ぶりからも、ある程度腕に覚えがあるのは伝わってくる。
しかし、唐突過ぎないだろうか。
「私はあまり頭が良い方では無いので、そういう事くらいでしかお役に立てません」
「そんなことは……」
「この辺りではダークエルフはあまり良く思われていない様子なので、普通に働くのも厳しそうだな、と」
それは……その通りではある。
恐らく、ダークエルフだと言うだけで大抵の所は門前払いだ。
大丈夫な所も探せばあるとは思うけれど、良い顔は間違い無くされない。
迷宮、というのは、アティなりに考えてのことのようだ。
「そこそこ慣れているので、浅層なら本当に大丈夫ですよ」
おもむろに、地面に落ちている石を拾うと、アティは上空に向かって投擲する。
すると、数秒後に鳥が一羽墜落した。
「……うそでしょ」
空を仰ぐと、鳥が飛んでいるのが見えた。
だいぶ距離がある。
あれを投擲で撃ち落すとしたら、相当な技量が必要だ。
少なくとも僕には無理だし、街で見かけるようなそこらの腕自慢にも無理である。
けれども、アティはそれを難なくやって見せた。
「一羽だけなんてお恥ずかしい。言い訳見たいになっちゃいますけど、銃か弓矢なら一発で三羽は仕留められますね」
その手の武器があれば一発で三羽とか、それ普通なら、絶技とか言われる類では……? そう言えばこれの他にも、魔術の心得もあるとか何とかって触れ込みもあったような……。
なるほど。
確かにこれなら、迷宮で生計を立てると言う事も出来るかも知れない。
「分かった。なるべく早く準備出来るようにしよう」
僕はそう告げた。
実力があると分かり、本人もそれを望むのであれば、準備もやぶさかでは無いのだ。
ただ、
「でも、いくら腕に覚えがあるとしても、危険な事には変わりないから十分に注意して欲しい。無理ならすぐに引き返して、絶対に生きて戻ってくる事を優先」
そこだけは言い含めておいた。
僕からすれば、アティは折角手に入れた奴隷だ。変に無茶されて死なれでもしたら、落ち込む。
全財産で買った経緯もあるので、多分立ち直れない。
だから、ここまでなら確実に安全、と言う所で稼ぐ条件を出す。
「私も死にたくはありませんから、気をつけます。ちゃんとハロルド様の事もお守りします」
そう言ってアティは微笑んだ。
何気にはじめて笑顔を見る。
笑顔も普通に可愛い。
ところで……守るってどういう意味だろうか。
まさか僕も迷宮入らなきゃ駄目?
※※※※
山のふもとの小屋についたのは夕方頃だった。
夜になる前に到着出来て良かったと思いながら、夜を迎える為に、中に入って明かりを点す。
「……誰も使っていない、という割りには小屋が随分と綺麗ですが」
「たまに様子を見に来て、手入れをしてたからね」
この小屋は以前に山菜や薬草を採取していた時に見つけたものだった。
いたく重宝した覚えがあって、いつまた使うか分からないから、使わない時もたまに様子を見にきて手入れをしていたのである。
ちなみに、道具とかも勝手に置いている。
「まあそんな事より、夕食の準備をしよう。折角手に入った鳥もあるし」
そろそろお腹も空く頃だ。
僕は先ほどアティが投石で撃ち落した鳥を捌く事にした。
小屋に置いていた道具の中に、ナイフがある事も知ってたから、撃墜した鳥をあのまま放置なんて事はしていない。
「私がやりますよ?」
「良いの?」
「出来なくはないですから」
「じゃあお願いしようかな」
やってくれると言うのあれば、断る理由も見当たらない。
僕は素直にお願いする事にした。
しかし……微妙に僕のやる事が無くなった。
いや、血抜き処理するために水も使うだろうから、裏手にある井戸から汲んで来る事にしよう。
※※※※
夕食は普通だった。
普通に鳥肉って感じ。
まあ調味料の類なんて無いから、当たり前だけれど。
仮に僕がやってても結果は同じだよ。
夜もすっかり更けた。
アティもすっかり丸まって静かに寝息を立てている。
風邪を引くといけないから、毛布をかけてあげよう――
――として、アティの眼がゆっくりと開いた。
「……どうしたの? 変な事はしないから、安心して寝て良いよ」
もしかしたら、襲われるかも知れないと思って、寝ながらでも気を張っていたのかも知れない。
奴隷だからある程度は覚悟の上だろうけど、それでも怖いものは怖いだろう。
でも、そこは安心して良い。
無理やりは趣味じゃない。
「……ありがとうございます」
僕が毛布をかけ終えると、アティはそれだけ言って再び寝息を立て始めた。
今度は深く寝入ったようだ。
なんとなく起きなさそうだったから、僕はアティの頬を突っついてみた。
柔らかくてスベスベしてて、張りがある。
それと、何か良い匂いもした。
だからか、もっと触りたくなる衝動に駆られて――なんとか自制した。
安心して良いと言っておきながら襲うとか、そんなとんでもないクズになるつもりはない。
「何をやろうとしているんだ、僕は……」
自分の行動にため息をつきつつ、僕は横になった。
ほっぺたつんつん