第067話目―助けた―
「そのようなことは……。困っているお嬢様を見て楽しむなど……」
「絶対そうよ! だって、口元が笑ってるじゃない!」
「いえこれは苦笑でして……。私の思っていること、伝えたいことが、まるで伝わっていないのだなと」
「ほらそうやって馬鹿にする! 私のこと頭が悪いとか馬鹿って思っているのではなくて!?」
「思っていません」
何かしらの小言を言う執事と、それに反発しているお嬢様、といった感じだ。
執事は困ったような顔をしながら、お嬢様の烈火を抑えようとしつつも、ちらちらと周囲に視線を配ってもいる。
あまり人には見られたくない光景なのかも知れない。
誰に聞かれているかも、見られているかも分からないのだ。
良い家の人のようだから、変な悪評が立ったりすることに一際に敏感だろうし。
もっとも、それを気にしているのは執事だけで、お嬢様の方はお構いなしのようだケド……。
……うーん。この場はそっと立ち去った方がいい気がする。
「見なかったことにしようか。見られて気分が良いものではないだろうし」
「……ですね」
言って、僕らは踵を返して帰路につく。
そして少し進むと――いきなり悲鳴が聞こえた。
僕らが覗き見していたあの路地裏からだった。
反射的に僕らは戻る。
「ちょ、ちょっとなんですの貴方たちは!? きゃああああ!」
「……おい急げ」
「お、お嬢様! なんだ君たちは!」
現場に着くと、先ほどの二人が、複数人の悪漢か何かに襲われているようだった。
どうして急にこんな事態になっているのか、僕に分かるわけもない。
ただ、
「……さすがにこうなったら」
静かに立ち去るなんてことは出来ないな――と、行動に移そうとすると、僕の体の脇を数本の矢がすり抜けた。
それは見事に全ての悪漢の手首を貫き……。
「なっ、なんだこれ!」
「矢!?」
そして、次の瞬間。
糸が悪漢の体を手足ごと巻き取る。悪漢はそのまま宙に持ち上げられた。
「何が起きたんだよ! おい!」
「どうなってんだよ!」
後ろを見ると、何食わぬ顔をしたアティとセルマがいた。
アティは早速買った機械式の弓を手にしているし、セルマも普通に糸を使っている。
僕が動こうとしたのを察知して、僕が動く前に済ませました、といった雰囲気。
助かることは助かるけど、だからその、僕の出番は……? と、思っていたら、悪漢が宙に浮いたことにより、お嬢様とやらが投げ出された形になって落ちてきたので、取りあえず怪我をさせないように抱き抱えた。
うん、なんとか出番が回ってきた。
「大丈夫ですか?」
「えっと、あの……あ、ありがとうございます?」
お嬢様が、ぱちくり、と瞬きを繰り返しながらお礼を言うと、尻もちをついていた執事が我に返って慌ててこちらに駆け寄ってきた。
「ど、どこのどなたかは存じ上げませんが、感謝致します」
そう言って、執事はしきりに僕に頭を下げてくる。
実質助けたのは僕ではなくて、後ろの二人なんだけどね……。
まぁ、二人が視線を合わせないように横向いてるから、取りあえず僕にってことなのかも知れないけど。
「いえ別に……」
お嬢様を地面に降ろし、僕らはこれで――と去ろうとすると、服の袖を引っ張られた。振り返ると、お嬢様が僕の服を掴んでいた。
「……」
「……あ、あの?」
「お助け頂いたのであれば、お礼をしなければなりません。ぜひともお屋敷へ。……ヴァルザ」
「は、はっ」
「早くなさいな。全く……本当に使えない執事ね。ほら見なさい。何が私を導き支えるのが役目よ。こういう時に私を守れもせずに、どこをどう支え、どのように導くというのかしら」
「……」
助けたお礼に、お屋敷に来て欲しいとの事だった。
ただ、なんだか執事とお嬢様の雰囲気が険悪なのが……。
僕らがこの二人を助けたことは間違いでは無かったと思うけど、しかし一方で、そのせいで元からアレだった空気が更にアレになる原因になってしまった気がしないでもない。
正直あまり行きたくない。
けれど、お嬢様は絶対に逃がさないとでも言いたげに、強く僕の服を掴んでいる。
「……ハロルド様。一度お屋敷についていって、歓待を受けましょう」
アティから耳打ちが来た。
「……相手には相手の面子があるでしょうから、多少なりとも受けておかないと、逆に面倒になるかも知れません。そこそこ良い家の方のようですので、そういった方に、恩人への御礼すらしないという経歴をつけるような真似は、顔に泥を塗るのと同じです。こちらが良かれと思ったとしても、家格のある者はそうは受け取らないケースも多いです。返礼を受けないと逆恨みされる事もあります。……用があるとでもお伝えして、長居はせず退出しましょう。ひとまず歓待を受けた、という事実さえ出来れば、相手の顔も立ちます」
えぇ、そうなの?
いやでも、まぁ……確かに、御礼をしないというのも、ある意味で悪評にもなりうるのか。
礼儀知らずとか無礼だとか。
ありそうだ。
ともあれ、面倒ごとは避けたいのでアティの助言に従うことにしよう。
「……僕らも僕らで、そう暇ではないので、長居は出来ませんが、それでもよろしければ」
「ぜひ!」
ということで、僕らはお屋敷で歓待を受けることになった。
上流階級の思考回路に詳しいアティ。一体どうしてなのか……。




