第066話目―ハンドリング―
ということで、本編に戻ります。
※※※※
店の中をアティが見て回っている。
僕はこの手の武器に詳しくはないから、口出しをするつもりはない。
好きなのを選んで貰えればそれで良いし、それが一番に良い物を選ぶ結果に繋がると思う。
「……奥様が楽しそうですね」
僕が来客用の長椅子に腰かけると、セルマが隣に座った。
銃器にそこまで興味がなく、かといってウロウロする気もないといった所だろうか。他に意味などないハズで――というか、意味があったら僕が困る。
あの夜のような出来事が再び起きてはならない……。
「アティに喜んで貰えたのなら、それが一番だから、僕は嬉しいね」
「御主様はお優しいです」
なんだろう。
嫌な予感がする。
「……急にどうしたの? 何か欲しいものでもあるの?」
「お暇な時でよろしいですので、夜が更けた辺りに御主様の優しさを私にも――」
「――何が欲しいの?」
「ですから――」
「――何が欲しいの? そんなに高くないものなら、買ってもいいけど」
「……いえ、なんでもありません」
変な意味が多分に含まれていた事を察した僕は、回避に全力を出し、見事にそれは成功した。
「……」
セルマが下を向いてしまった。
少し可哀想な気がしなくもないけど……けれど、そういう考え方で、なし崩しに受け入れてしまっては駄目だ。
取り返しのつかない事態に発展してしまう可能性がある。
事前予防は大事だと思うよ。
「……お分かり頂けないというのであれば、では、後ほどにお力づくで、ということになるのでしょうか」
何せ、セルマもアティと同じく僕より強い方であって、仮にそういった状況になってしまえば、前回のように僕には成す術がな……うん? あれ? セルマ今なにか言った?
気のせいか……。
まぁとりあえず、どこまで効果があるかは分からないけど、こちらにそういった意思がないということは伝えた。
分かってくれるだろう。
僕はすっと立ち上がると、アティの隣に並んだ。
そろそろ決まった頃かも知れない。
「どう?」
「えっと……色々あって迷ってしまいます」
そう言いながらも、アティはちらちらとある物を見ていた。
機械式の弓だ。
銃砲店なのに弓とはこれ如何に……というのは置いておいて、特別な魔弓のようなものではなくて、多少は値が張るけど買えなくもない金額。
50万ドゥくらい。
「……弓がいいの?」
「えっと……その、欲しいと言いますか、最近弓を使う機会が無かったものですから、使っていた頃のことを少し思い出してしまいまして」
確かに、僕と一緒になってから、アティはずっと銃を使い続けてきた。
弓も使えるというのは聞いた事があるから、使っていた時のことを、懐かしむ気持ちもあるのかも知れない。
「欲しいなら買って良いんだよ?」
「でも、少し高いので……。予備用にこちらの自動式拳銃にしようかな、と」
言って、アティが手に取ったのは、5万ドゥくらいの一番安い自動式拳銃だった。
うーん……。
お金のことを考えているんだろうけど、それはあまり気にしなくて良いと伝えているのに。
甘えるって言ってくれたのにな……。
よし、ならば。
「分かった。じゃあ、あの弓とこれの二つを買おう」
「――え?」
「手持ちのお金が無くなるぐらい高い物なら、僕もさすがに無理って言うけど、これぐらいならね。言った通りに今日はアティが欲しいものを買っていいんだから」
「で、ですが……」
アティが困惑したような顔をする。
しかし、僕は強引に押し切って勝手に会計を済ませた。
今日ぐらいはいいのだ。
「それに、買ってくれないと、僕が困るって言ったでしょ? 仕方ないって言ってくれたよね?」
「……はい」
納得してくれた。
よしよし。
取りあえず、アティのおでこに、キスをしてあげた。
さて、それから支払いを済ませて、僕らは次に、あの移動式迷宮で得たお宝を売る為に買取をしてくれる商会を探した。
慣れない入り組んだ街並みだから、見つけるのは少しだけ苦労したけど、どうにか探し出すことが出来て、無事に換金を終える。
ひとまず、これぐらいの所だろうか?
商会の外に出ると、吐いた息が白くなっていることに気づく。
まだ日は高いけれど、気温は低いようである。
折角だから、宿に帰る前に、何か暖かい物でも食べようと思い――ある角を曲がった時だった。
隙間から見える路地裏で、男女の争いのような声が聞こえてくる。
「なんだろう……」
「なんでしょうか……」
気になって覗いて見ると、
「どうして、貴方はいっつも私にお小言ばかり言うの!?」
「それが私めの職務であり責務ですから」
「貴方は私の執事でしょう! であれば、私の思うがままに、願うがままに動くべきではなくて!?」
「いえ、お嬢さまが正しくあらせられるように、導き支えるのがこのヴァルザの役目。執事とはその為に存在しているのです。時にはお小言に聞こえるようなことも言いましょう。お嬢さまも、この私めが仕えている意味を、お屋形さまからお伝えされておられるでしょう?」
「――お父様からは執事とはなんたるかを勿論聞いているわ! でも、貴方はそれとは違う! 私が困っているのをみて、楽しんでいるだけよ! 正しく導くとか支えるなんて考えてない! きっとそうに違いないわ!」
高そうなドレスを着て、コートを羽織る女の子と、燕尾服に身を纏っている青年だった。
どちらも、犬のような耳を持っている。
亜人だ。
そして、上流階級の人間でもあるような……そんな感じでもある。




