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第065話目―おや、セルマの様子が……?―

※※※※


 ハッとして目が覚めた。

 見慣れない天井だった。

 宿ではない。

 隣にいるハズのアティもいない。

 怪訝に思いながら辺りを見回して、僕は気づいた。

 ここは、父と母の両方がまだ生きていた時に僕が住んでいた家だ。


 ……夢だ。これは夢だ。


「起きたか」


 声がして振り向くと、籐で出来た椅子に小人が座っているのが見えた。

 以前に僕にだけ見えたあの小人だった。


「なんだその驚いたような顔は。これが夢だと気づいていないのか?」

「それは気づいているけど……。驚いているのは、それではなくて」

「あぁそうか……なるほど、俺がどうして自分の夢の中にいるのかってことか」


 以前と違い、小人が流暢に喋っているのは、ここが夢だからだろうか。


「ただお前と少し話がしたくなっただけだ。他に理由はない。それより、褒美はどうだった?」

「……」


 僕が片眼鏡に触れると、小人が小気味良く笑った。


「なるほど。戦乙女の片眼鏡ヴァルキュリア・レンズか。良いのを引いたな」


 なんか凄そうな名前だ。

 売るつもりはないけど、もしもこれを売ったりしたら、高値がつきそうな気がする。


「『マッチを買え』の言葉が気になって、全部買って全部使ったから」

「ははっ。そんなことしたのか。愚直なことだ。いや……俺を信じてくれたってことか。悪い気はしない」

「それより、貴方は僕にだけ見えるようだけど……」

「うん? その解釈は少し違うぞ。あの場にいた連中の中で、俺が見えていたのはお前だけってだけだ」

「え……?」

「他にも俺が見えるヤツは、世界を探せばいるかも知れない。そうだなぁ……あともう一人くらいは居るだろうな。お前が気づいていないだけで、どこかでそいつと会っているかも分からんな」


 僕以外にも小人が見える人がいる、かも知れないらしい。

 ただ、世界にあともう一人だけとなると、この先の生涯にその人物と会うことは無いと思う。

 それは砂漠の中で砂金を探すようなものであるし、なにより、仮にすれ違っても、それを確かめる術が極めて限定的だからだ。

 この小人が存在している時に、同じ場所にいなければならないのだから。

 どんな確率でそういった状況になるだろうか?

 まずありえない。


「……そういえば、”ジン”がどうのとかっても言ってたけど」

「言葉通りさ。お前はジンを滅した。だから褒美をくれてやった。……ジンを滅し、そして俺が見えるようになったヤツには、その都度に褒美を与えると決めている」

「ええっと……」

「ときに、”ジン”を滅しただけでは、俺が見えるようにはならない。俺の声が聞こえることもないな。もう一つの条件を満たして初めてそれが可能になる。……お前はそのもう一方をかなり前から既に満たしていた」


 かなり前から?

 身に覚えもないんだけど……。


「そのもう一方の条件って言うのは――」

「――そこまで教える義理はない」


 ぴしゃり、と言葉を遮られた。

 睨むような目つきだった。

 そして、僕はこの時に気づいた。

 片眼鏡越しに見ているのに、あの魂のようなものが小人の内側に一切見えない、ということに。

 ここが夢だから、片眼鏡が効果を発揮していないだけ、という可能性はあるものの、それは正しい答えではない気がした。

 これは漠然とした感覚だけれど、この小人はこの世界にあってはならない存在のような、そのような感じがあるのだ。


「とかく、これから先も”ジン”を滅したなら褒美をやろう。滅したくなければ、別にそれでも構わんぞ。これは俺が指図することではなく、お前が決めることだ。俺はあくまで結果に対して褒美を与えるだけだからな。……もう話は終わりだ。さぁ夢からは覚める時間だ」


 景色が曲がっていく。

 様々な絵の具を一気にぶちまけたように、世界が重なって混じりあって。


「しかしまぁ……俺が知る限り一番の貧弱だな。長い歴史の中で俺の力を得るに至った中でもとびきりに貧弱だ。弱き者がどうなろうが知ったことではない、というのが俺の考え方だが、ここまで弱いとなると……情けをくれてやろうと思わないでもない。……お前が一番に慣れ親しんだ事柄やものを思い出すが良い。力は必ずそれに適応し最適化される。今のお前の力の使い方は、人の真似事に過ぎんのだ。自分自身に相応しい力の使い方を得た方が良いな。そうなれば負担も随分と軽くなろう」


 夢はここで終わりになった。

 ただ、最後に――そう、最後に。小人がその姿を変え、形容もし難い怪物となり、大きく翼を広げたように見えた。



 次に目覚めた時、僕の隣ですやすやと眠るアティが、確かにそこにいた。

 少しだけ愛おしくなって、僕はアティの頭を撫でた。



※※※※



「昨夜は随分とお楽しみであったご様子……」


 翌朝、別室に泊まらせていたセルマと会うと、そんなことを言われた。

 同じ階ではあるが何室かは離れた場所であったのに、どうにもそこまで男女の営みの音が聞こえてしまっていたらしい……。

 隣の部屋には丸聞こえだったかも、とは思っていたけれど、まさかそこを通り越した部屋まで聞こえているとは予想外だった。


「こ、こほん……」


 アティが顔を赤くしていた。

 僕と同じで、そこまで遠くまで聞こえていたとは考えていなかったのだろう。


「どうされたのですか? それより、御主様と奥様、お二人とも朝のちゅっちゅはされないのですか? どうぞ私のことは気にせずちゅっちゅしたら良いのではないですか?」


 なるほど。

 どうやら見たいようだから、それなら見せてあげることにしよう。

 こういう時に下手(へた)にうろたえると、からかいの材料を与えるだけになるからね。

 僕は、顔を真っ赤にしつつ目を泳がせるアティの顎に手をそえると、強引に唇を重ねた。


「ハ、ハロルド様……んっ」


 アティは驚いたような顔をするが、しかし、すぐに受け入れてくれた。


「……ま、まさか本当にするとは」


 ほらね。

 こういう時は見せ付けてあげたらいいのだ。


「ごめんね、いきなり」

「……もう。しようがありませんね」


 キスが終わると、アティは自らの唇を優しく撫でた。

 怒っているようでいて、けれど、どこか嬉しそう。

 ついでに、大人しくなったセルマを見て、少しだけ満足そうでもあった。


「ぬぬぬ……」

「セルマ、からかうような言葉は次から控えるように」

「は、はい奥様……」


 アティに注意され、セルマはどこか面白くなさそうな表情をしていた。

 うーん……。

 なんだか最近、セルマの様子がまたおかしくなりつつあるような気がする。

 まぁ、そのうちいつも通りに戻ってくれると信じよう。


 ともかく、取りあえずこの場は収まった。

 一息を吐きつつ、僕らは、今日の予定に組んでいた銃砲店に向かうことにした。

 そして、その道中に、僕は昨夜の夢について少し考えていた。

 不思議なことに、どういった内容なのか、あまり覚えていない。

 小人と話をした事と、最後の最後の小人の言葉を少し覚えている程度だ。


『お前が一番に慣れ親しんだ事柄やものを思い出すが良い。力は必ずそれに適応し最適化される。今のお前の力の使い方は、人の真似事に過ぎんのだ。自分自身の使い方を得た方が良いな。そうなれば負担も随分と軽くなろう。』


 この言葉だけを強く覚えていた。

 慣れ親しんだものを思い出せ、か。

 僕が一番に慣れ親しんだものと言えば、と思考を巡らせていると、ふと自らが手に持つ槍に視線が行った。

 白銀の槍――そうだ、()である。

 僕が一番に慣れ親しんだものと言えば()なのだ。

 では、力とはなんだろうか。

 僕の持ちうる明確な力と言えば次力(・・)であろう。


「銀と次力……」


 なんだか、もう少しで何かが掴めるような、そんな気がした。

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作者ついったー

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書籍 一巻表紙
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