第064話目―サルバード―
今回は説明回っぽくなってしまってすみません……。でも最後はちゃんといつも通りなので許して下さい。
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都市国家【サルバード】――それが、北の大都市の名前である。
街中から幾多もの煙が立ちのぼるこの都市国家は、工業製品などの輸出国家でもあるらしく、様々な品を各国へと出しているそうだ。
一年の半分を雪と氷河に覆われ、資源の採掘にもこと欠くこの都市国家が栄えた理由は、まさにその工業――つまり、加工貿易によるものだという。
色々な物を作ってる国、という漠然としたイメージを持たれるのみに留まることが多い国ではあるが、この都市国家による発明は多岐に渡り、技術の最先端を往く場所でもあるらしい。
銃器なんかもここが発祥。
……以上が、都市の入り口の検問での衛兵による説明。
「というわけで、旅人さん。ここの説明が終わったところで、サインをして貰いたい書類がある」
「書類……?」
今までの街では、検問なんて形ばかりで「どうぞどうぞ」って感じで、書類なんて書かされたことはないんだけど……。
どうやらここは少し違うようだ。
外観から見える街並みも壮大で、まさに大都市といった様相であるから、色々と厳しい部分もあるのかも知れない。
「この街では問題起こしません、一部の規制のかかっている品を許可なく勝手に持ち出しません、って書いてる書類にサインをして貰ってる。特別な事情がない限り例外はない」
規制のかかっている品……ね。
恐らく、技術そのものに直結するような類のものだと思う。
技術書や論文であったり、あるいは特殊な工具や機械であったり、そういうものだ。場合によって物に限らず学者や職人といった人的資源も入っているかも知れない。
加工系の技術書とかは個人的に少し興味あるけど……でも、無理してまで持ち出したいものでもないかな。
別に、今は職人として生計を立てているわけでもないし。
「立ったまま書いて貰うのはなんだから、そこの小屋に来てくれ。代表一人でいい」
だそうなので、僕が行くことにして、衛兵と一緒に近くにあった小屋の中に入る。
そして、出された書類にサインを終えて……なぜか、金属で出来た小さなカードを渡された。中央に槌の紋章が彫られているものだ。三枚。
「それがここでサインしたって証明になる。後は行っていいぞ」
なるほど。
僕とアティとセルマの分で三枚か。
失くしたら面倒そうだから、気をつけるようにしよう。
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サルバードの中は広く、そして活気に溢れていた。
幾つもの高層建築物が立ち並んでいて、どこを見ても人だらけだ。絶えない煙も止まらずに天へと登っている。
僕が産まれてから今までに見てきた都の中で、一番に栄えているといっていい程だった。
故郷の王都ラマイストですらここまででは無い。
「サルバード……名前だけならば耳にしたことがありましたが、まさかここまで発展しているとは」
北部には詳しくないせいだろう。アティも僕同様にかなり驚いていた。
「……西大陸でもここまでの発展をしている場所は珍しい?」
「珍しいです。ここ以上に発展している都を抱えている場所はどこかと聞かれれば、一箇所しか思い当たりません……」
これ以上の場所もあるんだ。
北東大陸でこれ以上の規模のものがあるとすれば、行ったことはないけれど、帝都ぐらいしか思いつかない。
ちなみに、北東大陸は帝都一強な雰囲気があるから、それ以外の都市は多少の優劣はあれど、大体が似たようなものって言われてたりする。
恐らくサルバードと同規模程度の都市は存在しない。
間違いなく西大陸は北東大陸より栄えている……。
「私が以前に拠点にしていたのは、西大陸南東部全域を治めるフェルツ迷宮合衆国という所でしたが、そこの首都であればここ以上です。サルバードと同規模のものであれば、一部の部族国家が占有している場所を除いた南西部の7割を治めるコルツェル連合王国の中央首都が該当しそうですが……比肩しそうなのは、そこぐらいかと」
あれ……?
コルツェル連合王国ってどっかで聞いた事があるような……。
――そうだ。
確か、アティを買った時に奴隷商から聞いた国だ。
ダークエルフにかなりの高値をつける人が多数いたとかいう所だ。
僕らは、西の海岸街道を使って南下を予定しているから、南西部にあると言うのならば、いずれ通ることになりそうだ。
アティが変に狙われたりしなければ良いけれど……まぁ、それは先の話ではある。
今はひとまずここでの拠点を探さないといけない。
僕らは、街並みを観光しながら、どこか良い宿を探し始めることにした。
街道を歩く。
行き交う人々は様々だ。
僕のような人族が7割ぐらいではあるけれど、一方で亜人も3割ぐらいを占めている。
ここに来るまでの街々でも、亜人を見かける事は多々あった。
けれど、こうして改めて沢山の姿を見る機会に恵まれて、西大陸で亜人は珍しいわけではないのだという事情を再確認した気がする。
「……」
ところで、歩いていて思ったんだけど、なんだか足元が少し暖かい。
よく見れば、人の歩く街道だけは雪が溶けていて、それによって出来た水が近くの側溝に流れこんでいた。
「不思議な光景ですね……。人の歩くところだけ」
「多分だけど……工場や工房の類から出る廃熱を利用しているんだと思う」
銀細工の工房にいた時に、廃熱を利用してお湯を温めたり、何か別のことにも使っていたことがあったのを僕は思い出していた。
少しだけ地面に耳を近づけて見ると、側溝に流れる水の音とは別の音がした。
恐らく、街道の下に温水が流れる土管か何かが入ってるのだろう。その音だ。
効率的……ではある。
もっとも欠点もありそうだけど。
例えば、夜とか出歩く時は気をつけた方が良いかも知れない。
廃熱が出ない時間帯になれば、融雪によって水気を含んでしまった道が凍り、滑りやすくなるからだ。
こんな感じに街を観察しつつ、どこか良い所はないかと、のんびりと宿探しを続ける。
すると、ふと、アティがある店の看板をちらりと見た。
銃器の専門店のものだった。
「……何か欲しいものでもあるの?」
「あっ、い、いえっ……」
「気にしなくていいよ。高いのは無理だけど、買えそうなのがあれば、欲しければ買っていいよ。……たまには欲しいものをおねだりしてくれないと、それはそれで僕が困るな」
いつもお世話になっているからね。
それに、銃器の類の発祥がここと言うのならば何か良い物とかあるかも知れない、というのもある。アティの武器が新調が出来そうならやった方がいい。
「ハロルド様が困るというのであれば……」
仕方ありませんね、と嬉しそうな顔だ。
これを見るともっと甘やかしたくなる。
「そうそう、僕が困るからね」
「……ではお言葉に甘えます。ただ、今日はあと少しで日が落ちそうですので、よろしければ明日」
曇り空ながらに、少しずつ明るさは失われつつある。
幾ばくもなく日は沈むだろう。
「分かった」
と、僕が頷くと、
「……御主様は奥様に一層甘いですね」
セルマがぽつりとそう言った。
何か棘がある言い方に聞こえるけれど否定はしない。
僕はアティに甘いのだ。
でも、多少は制限しているつもりでもある。
本当ならば砂糖をかけても足りないくらいなのだ。
まぁともかく、その後、そこそこ良い宿を見つけた。
※※※※
もう完全に日が落ちた。
部屋の中を点す僅かな明かりを消してしまえば、あとは寝るだけになる。
しかし、
「ハロルド様……少し寒いので」
アティがそう言ってくっついて来た。
寒いのは確かにそうだろうけれど、でも、その言葉の意味はそれだけではない。
そんなことは分かっている。
幸いなことにセルマとは部屋を分けてもいる。
だから、
「そうだね。じゃあ……暖かくなることをしようか」
僕はそう言って、アティの期待を叶えてあげることにした。
アティはこう言いたいのだ。
愛して欲しい。
それに気づかないほど、僕は馬鹿ではない。
「ハロルド様……」
「どうしたの……?」
「以前に一つ私の言うことを聞いて頂ける、と仰ってくれたかと思うのですが……」
「うん。言ったね……」
「ずっと考えていて、いっぱい悩んで、それでどうにか一つに絞ってみました」
「言ってみて」
「……私だけを。私だけを愛して下さい。この先に仮に、これは例えばですが、他の女性と体を重ねるようなことがあったとしても、それでも心だけは、愛の向け先だけは、私ただ一人であって欲しいのです」
以前にも似たようなことを言われた記憶がある。
ただ、その時と今は明確に違いがあった。
今回のは、僕が言うことを聞くという前提による、つまり”拘束力”を伴った命令にも等しいものなのだ。
ただのお願いにも似た以前とは違う。
僕がアティを欲しいと思ったのと同様に、アティもまた、僕を欲しいと思ってくれている。
それが分かる言葉だった。
僕はアティ以外を抱く気はないし、他の女性に想いを寄せることもまずありえない。
でも、僕はその問いの答えを言葉にはせず、行動で示すことにした。
要するに今日は念入りに愛してあげることで、伝えた。
結果的に……隣の部屋の人に丸聞こえなくらいに激しい夜になった。




