第063話目―月照姫と迷宮執―
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よろしければぜひご覧下さいませ。 ( *・ω・)*_ _))ペコリン
※※※※
南へ向かう街道を進む。
途中で小さな村や街を経由しながらさらに進む。
そして、一週間ほど経った頃だった。
おかしな景色が目に入ってきた。
平野に大きな穴がいくつも空いているうえに、視界に映る幾つかの山のほぼ全てが抉れて爆ぜていて――つまり大きく地形が変化していたのだ。
しかも、周囲にはかなりの数の兵隊も見えた。
「これは……」
「凄いことになっていますが……」
状況がよく分からない。
ひとまず、僕は近くにいた兵隊に話を訊いてみることにした。
「すみません」
「うん? どうしたい?」
「これは一体……」
「あぁこれか。少し前のことなんだが、ここで”月照姫”マルタと”迷宮執”エドウィン”がやりあったそうなんだよ。マルタの目撃情報があって、『妾は強くて渋カッコイイおじさまが大好物なのですわ! エドウィンを絶対に手に入れて見せますの!』とか喚いてたそうでな。マルタほどのヤツが強いと評するエドウィンって名前のヤツは迷宮執以外にいないだろう。……エドウィンが渋いダンディなのかは顔見たことないから分からないが」
色々とよく分からない言葉が出てきたね、と思っていると、ここでアティによる補足説明が入った。
「……西大陸では”超越者”と呼称されるトップクラスの強さを誇る五人がいます。マルタとエドウィンはその中の二人ですね。その二者がここで激突し、その爪痕がこの景色を作ったようです。……どちらも有名ですが、迷宮に入ることが生業だった私は、エドウィンの名を良く聞きました。恐らく西大陸の探索者で知らぬものはいません。通常迷宮の”単独踏破”を歴史上でただ唯一成し遂げた生ける伝説ですから」
えぇ……一人で普通の迷宮をなんとかしたってこと?
単独で下層、深層、さらにそのまた下まで向かい、最終到達地点まで辿りついたと?
そんな凄い存在がいるんだね……。
というか、”迷宮”執”エドウィン”?
まさか――
「もっとも、知られているのは名だけであり、顔を知るものはそう多くはないのですが……。他の四名の超越者は結構顔が割れていまして、私も見たことはありますが、エドウィンだけは見たことがありません」
――アティの説明を聞きながら、僕は首を横に振った。
その可能性を考えても、何も意味はないからだ。
父さんは迷宮から帰って来なかった。
そうして亡くなったのだ。
大陸に超えたここにいるなんて、あるわけがない。
エドウィンなんてよくある名前だし、恐らくは同名なだけの違う人物だ。
けれど……顔が分からない、ね。
兵隊も顔が分からないと言っているけれど、迷宮執なる人物は秘密主義なのだろうか。
マルタなる人物は素顔を知っていそうな雰囲気ではあるけど……。
とかく、僕は改めて激闘の跡を見た。
何度みても凄いとしか言いようのない景観が広がっている。
これは恐らく、数え切れないぐらい【穿たれしは国溶の槍】を使えば、理論上は僕でも再現出来るかも知れない。
ただ、間違いなく体が持たない。
簡単に想像出来る。半ばにも至らないうちに体が壊れてしまう。
死んでもいい、という前提で全力で放ってもせいぜい二発が限界だろうから……山を二つ抉るか大穴あけて終わりかな。
それでは、この景観には遠く及ばない。
「なんにしろ、申し訳ないんだが、ここいらは通行止めになっている」
兵隊がそう告げた。
地形の処理や、あるいはこの二者のどちらかが近くに潜伏している可能性を考慮し、南進は一時封鎖状態とのことだった。
「……ですが、僕らは南へ行きたいのです。迂回路などはありますか?」
「うーん。しかし、ここいら一帯は全面封鎖だしなぁ。……そうだなあ、そっちに西へ向かう街道があるんだが、それを使うしかないだろう。
途中で北に向かって曲がっている街道で、最終的に北の都に着くんだが、そこから再び西に向かう街道があるからそれに沿って進め。
そうすると海岸沿いに出て、そこから南へ向かう道が出てくる。それを使って南へ行くべきだ。そっちは閉鎖されていない」
「随分と遠回りな感じですね。……そのまま西に直進して海岸沿いの街道へは向かうか、あるいは途中から南を突っ切ったりとか出来ないですか?」
「出来なくはないが、そのどちらも切り立った崖やら険しい山やらを超えなきゃいけなくなる。自信があるなら行けばいいがお勧めはしない。何が起きるかも分からんしな。遠まわりには思えるが、街道に沿った方が確実だ」
どうしたものかな。
ここはアティにも意見を聞いてることにしようかな。
「アティはどう思う?」
「そう……ですね。西街道を通り、一時北へ向かった方が良いかも知れません。山越えも出来なくはないですが、何があるか分からないのは事実です」
「山歩きが大変だっていうことなら、僕は慣れているけど」
家が燃える前に貯蓄のために山入っていた。
山での立ち振る舞いはそれなりに心得ている。
「いえ、そういうことではなくて……」
「うん?」
「北東大陸では起きない現象が西大陸では起きます。霧隠れのような事象に遭うかも知れません」
「霧隠れ……?」
「はい。方向感覚を狂わせる霧ですね。遭遇するか発生に出くわした場合、五感での状況把握はほぼ不可能と思っていいです。
魔術で進路の確保を出来なくもないのですが……霧の範囲や濃度によっては、抜ける前に私が力尽きてしまいます。
予め発生したという情報を掴んで、ある程度の規模が分かっていれば別ですが、今回は遭うとしたらいきなりになりますので、最悪を考えるならば街道が一番安全です。
……それと、霧隠れはあくまでメジャーな起こりうる現象でしかなく、別の何かが起きる可能性もあります。
街道は基本的にそういった事象が起きにくいところに設置されることが多く、今回のように迂遠に作られるケースはそこそこ見受けられます。
南に続く道が作られていないということは、おそらく作れない理由が何かあるのかと」
なるほど。
無理に突っ切ろうとすれば、不測の事態に巻き込まれる可能性があり、そうするとアティに多大な負担をかけてしまう可能性があるのか。
なら遠慮しておこう。
「それじゃあ、遠回りに思えるけど、街道にそって一時北に向かおう」
「すみません……」
「ううん。色々教えてくれて僕は凄く助かっているよ」
アティがいなかったら、「いけそうな気がする」って突っ切ってた自信あるよ、僕。
※※※※
西へ向かう街道は、兵隊の言っていた通りに徐々に北へと曲がり、やがて完全に北進する形となった。
肌寒さが増していく。
そういえば、季節も冬に向かっていたのだ。
北へと向かっているのだから、余計にそれを感じて当たり前である。
「……」
それと、最近セルマがじーっと鞄の中を眺めることが増えていた。
何をしているのかな、と思ったら、どうやらエキドナの様子を見ていたらしい。
蛇らしく寒さに弱いようで、ぶるぶると震えていた。
もっともそれはエキドナだけの話ではない。
僕とアティもだいぶ動きが鈍くなりつつあった。
寒さに備えた準備が必要だね……。
ということで、次に着いた小さな街で、僕らは買い物をすることにした。
街の人に話を聞くと、街道の終着地点にある北の都は、西大陸の北部では一番に大きな都市であると同時に、かなり寒く積雪も多いところらしい。
だから、かなり厚めの防寒着と北部用の靴を買った。全員分だ。
「もこもこです……」
すっぽり防寒着に埋もったアティが、もこっとしているフードに頬を当ててそんなことを言い、
「……凍るほどの寒さになれば、さすがに稼働域の凍結に繋がり困りますが、そうではない内は私にあまり寒さは関係がありません。ですが、予防という観点から見れば、防寒着を頂けるのは嬉しいです。……ありがたく頂こうかと」
防寒着のサイズが少し大きかったせいで、雪だるまみたいになったセルマがそう言った。
「ぎぅ……」
もちろんエキドナの分も忘れることはない。
が、買ったのは布とか針とか糸とかだ。
蛇用の服が売っていないので、エキドナの分をどうしようか悩んでしまって、しょうがないから作ってあげようと思って。
僕がちまちまと作り始めると、それを見たアティとセルマの二人が、自分たちがエキドナの服を作りたいと言い出してきた。
正直を言えば、この手のことは僕が一番に得意な気がする。銀細工やってただけあって手先は器用だし、なにより、一人暮らしをしていた時は節約の日々でもあったから、縫製もよくやっていてお手の物と言えた。
でも、やりたいという二人の気持ちを無碍にはしたくない。
だから僕は、「それじゃあ任せるね」と二人にやって貰うことにした。
すると、数日後には、二人によって出来上がった可愛いデザインの服に身を包み、鞄の中ですやすや眠るエキドナが見れるようになった。
それなりに上手なようだ。
ともあれ、こうして僕らは日を重ねながら進んだ。
僅かな時間にだけ淡い雪が降り始め、それは徐々に量と時間を増やしていく。
辺りが真っ白になって、積もった雪が街道の脇に壁を作るようになった頃。
僕らは北の大都市に辿り着いた。
まさか現実の冬と作中の冬の時期がリンクするとは思わなかったです……。(๑°⌓°๑)




