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第060話目―移動式迷宮 攻略④―

※※※※



 セルマが一撃で倒しきれなくなってきた魔物は、僕が処理することにした。

 アティに任せれば一瞬のような気もするけど、弾はなるべく温存したい、というのがあった。

 緊急時に弾がない、ということになると、アティの動きに制限がかかってしまうからである。

 アティは魔術も使えるし、ある程度は色々と出来るのだけど、銃を使えなくなっては百パーセントの活躍が出来なくなってしまう。

 主との戦いでは思うがままにやって欲しい、という気持ちもあるので、弾は大事にとっておきたい所だった。

 まだ残りはそれなりにありますから、とは言われたけど、念のためだ。


 迷宮に入る前に銃の弾を買っておけば良かった。

 今になって僕はそのことを反省していた。

 すっかり忘れてしまっていたのだ。

 アティが欲しいと言わなかったのは、恐らく残量だけでなんとかなるから、ということなんだろうけど……。

 とかく、これは万が一を考えての僕の判断だった。

 まぁその、ようやく周って来た感がある僕の出番を、潰したくないというのもあったけど。

 このままだと僕が歩く置物にしかならないし……。


 さてはて。

 僕らはこういう体制と状況で引き続き迷宮を攻略中である。



※※※※



 迷宮に入ってから現在に至るまでで、合わせてどのぐらい時間が経っただろうか?

 分からない。

 休憩や睡眠を取るのも、途中から交代で見張りをしながらにしたから、だんだんと僕は正確な時間が把握仕切れなくなりつつあった。

 二人はどうだろうか……?

 そう思って訊いて見ると、


「おおよその経過時間は把握出来ています。自分の睡眠時間も、ある程度は分かりますので。……見た感じですと、セルマもそうでは?」

「はい奥様。……私は休憩を取る必要があるように設計はされていますので、休みは必要ですが、なにしろ生身ではありません。起きている間、寝ている間、どちらの時間も完璧に把握しております」


 なんとなくは分かってた。

 多分僕だけが分からないんだって事が。


「セルマの方がこういった事は正確そうですね。……私はおおよそ一日と五刻くらいかな、と思っていましたが……どうですか?」

「大体あっておられるかと。私が計測している限りでは、一日と十時間二十三分五十秒……かと」


 頼もしい。

 まぁともかく、一日半ぐらいの時間が経過していたようだ。

 最深部までかなり近づいている、というのは感覚的にわかる。

 移動式迷宮は最奥までの距離が異様に短い、というのは聞いていたけれど、それはまさにその通りなのだと思った。

 通常の迷宮であれば、この程度の時間で潜れる場所は限られてくる。

 仮に中層以下を普通に探索するのであれば、ほぼ不可能であるし、それより更に下に行くのであれば、下手をすれば数ヶ月を見積もらないといけない。

 まぁ、短期間で済むというのは素直に助かる。



※※※※



 しばらく進むと、広い間に出た。

 城の広間のような場所だった。

 物と言えるようなものほぼ何もない。

 ただ、中央に絢爛な椅子が一つあって、そこに燕尾服を着た青白い顔をした男が一人座っていた。

 服装と顎に手を当てるその姿勢が、どこか気品さえ感じさせていた。

 片眼鏡が見せる炎が揺らいでいる。


「ハロルド様……」


 アティの声が剣呑としていた。

 その銃口が青白い顔をしている男に向けられている。

 セルマもアティと同様に緊迫した雰囲気を纏い臨戦態勢を取っている。

 どうやら、この青白い顔をした男がこの移動式迷宮の(ヌシ)らしい。


 そして。

 僕が一息を吐くと同時に。

 迷宮の主がゆっくりと瞼を上げると同時に。


 アティとセルマが一瞬で動いた。

 まず、たわんだ糸が瞬く間に迷宮の主を縛り上げた。それから、アティが撃った銃弾が見事に眉間に必中して、迷宮の主はその体を仰け反らせた。

 は、早業過ぎる……。

 まさかもう終わってしまったのだろうか?

 それはその、確かに活躍しては欲しかったし、早く終わる分には何の問題もないんだけれど、でもいくらなんでもあっさりし過ぎでは……。

 僕は目を丸くする。

 が、しかし。

 これで終わりではなかったようだ。

 迷宮の主は仰け反った体を元に戻すと、力任せにセルマの糸を引き剥がし、


「な、なんという馬鹿力でしょうか……」

「客人の来訪は歓喜に値するが、しかし、客人には客人の礼儀というものがあるのではないかね? 客人であるからといって、どのような無礼も許されるとは、努々思ってはならぬことだ。……いきなりこれは失礼ではないか」


 流暢に人の言葉を喋った。

 そして、その眉間にあるハズの、アティの一発の銃弾の跡が、綺麗に消え去っていた。

 確か移動式迷宮の主は中層程度の魔物の強さ、という話だったと思うけれど……。

 アティの様子を窺うと、警戒を決して緩めてはいない、鋭い眼差しのままだった。


「これは……」

「どうかしたの?」

「……予想外ですね。まさか、このようなのがいるとは。明らかに中層程度の強さではありません」

「つまり?」

「おそらく良くて下層クラス、最悪の場合は深層クラスかも知れません」


 どうやら、普通では出てこないような魔物が出て来たらしい。

 まさかの事態過ぎる……。

 迷宮の主はセルマの糸から完全に脱却すると、首を鳴らし、それからパチンと指も鳴らして、次の瞬間に何人にも分かれた(・・・・)

 分身とでも言えば良いのだろうか。


「……これは魔術ではなく呪術の類です」


 アティ曰くはこれは呪術らしい。

 何気に僕は初めて見る。


「魔術であれば私も知見が及ぶのですが、呪術に関してはそこまで詳細ではありません。どれが本体か区別が付きません。恐らく全てに実体がありますが、その中の本体を殺らない限り終わらないかと。分体を倒してもすぐに追加されると思われます。……少し厄介です。」


 魔術ではないがゆえに、アティでも本体や詳細が分からないそうだ。

 本来ならば焦るところなのだろう。

 だが、意外なことに僕の目には見えていた。

 いや、僕の目に見えていたというよりも、この片眼鏡が映してくれたといった方が正しいかな。

 本体だけ炎があるので、どれが本物か一発で分かっていた。


「要するに、本体を殺ればいいってこと?」

「結論から言えばそうですが……」

「そっか。なら僕がやる」

「え……?」

「僕が狙う一体以外を、セルマと一緒に抑えてくれればそれだけでいい」

「分かる……のですか?」

「まぁ一応ね」


 僕は軽く槍を振って、本体に向けて切っ先を向ける。

 すると、迷宮の主に驚いたような顔をされた。


「ふむ。分かるか。……少しばかり自信があったのだがな。時に、どうやって判別したのか訊いても? 呪術の類に精通しているようには見えぬのだが」

「それを教えたら対処されるのでは?」

「なるほど、少しは知恵が回るようだな」


 さすがにそんな見え透いた口上には乗らない。


 しかし、まさか僕に出番が回ってくるとは少し予想外ではあった。

 この迷宮の主が、一騎打ちで僕が通用する強さなのか、それは分からない。

 けれど、今はやる他にない。

 ……もしも勝てそうになかったら、本体を教える指示役に回って二人に任せることにしよう。それでも駄目なら、【穿たれしは国溶けの槍】しかないけど、出来れば使わないで済ませたいところだね。

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作者ついったー

こちら↓書籍版の一巻表紙になります。
カドカワBOOKSさまより2019年12月10日発売中です。色々と修正したり加筆も行っております。

書籍 一巻表紙
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