第005話目―どうして見てくるんだろう―
「それじゃあ私はこれで」
と、男は軽い別れの挨拶を言うと、そそくさとどこかへ消えた。
これで取引は成立だから、後は、帰るなりなんなりと好きにして良いらしい。
残されたのは、僕とダークエルフの少女の二人だ。
何を話して良いのかが分からないけど、取りあえず、名前でも聞いておこうかな。
「そう言えば、まだ名前を聞いていなかったね」
「――アティです」
「アティ、か。可愛らしい響きだね。良い名前だと思う」
「あ、ありがとうございます。えっと、ご主人様のお名前は」
「僕はハロルドだ。ハロルド・スミス」
「ハロルド様……」
アティと視線が合う。
本当に綺麗な瞳だな、と思った。
顔の造詣も整ってて美少女なんだけど、それ以上にこの翡翠の瞳が不思議な魅力を放っていた。
何かこう、見ていると安心感に包まれていくような気がする。
まあともあれ、美少女に見つめられていると言う構図である。
それに気づくと照れくさくて、何だか急に気恥ずかしくなって、僕はぷいと横を向いた。
「……優しそうな人で良かった」
アティが何か呟いたような気がしたけれど、僕はそれに気づく事なく、その手を引いた。耳が目立つといけない事に途中で気づいて、僕の上着を頭から被せた。
※※※※
外に出ると、僕以外の購入者たちの姿も見えた。各々話を済ませて、後は帰るだけ、といった感じだ。
鎧姿の大男と、それに連れられたエルフが僕たちの脇を通り過ぎた。
最初に競売に掛けられたエルフとその購入者である。
そしてそのすれ違い様の事だ。
エルフがなぜか睨むような目でこちら――正確にはアティを見てきた。
一体何だと思っていると、アティもまた同じように睨むように細めた眼をエルフに送っている。
「……どうしたの?」
エルフと鎧姿の大男の姿がすっかり見えなくなってから、僕はアティにそう訊ねる。
なにやら只ならぬ感じであったけれど……。
「その、ダークエルフはエルフとはあまり仲が良くないので……」
個人的に何かあるのかと思ったら、そうではなくて民族全体の話らしい。
何か壮大な確執でもあるのだろうか?
少し気にはなる。
けれど、表情から察するにあまりしたくない話のようにも見えた。
僕はそれ以上に深く話しを訊くことはしなかった。
すると、アティが僕の横顔をジッと見つめてくる。
「……」
また、あの観察するような視線だ。
なんと言うか、森の中で動物の視線を感じた時に近い雰囲気だ。
こちらの行動や心中を観察しているかのような視線と言うか。
「そんなにジッと見ないでくれると助かるんだけど……」
「す、すみません」
どうやらアティは自分でも無意識の内に見ていたようだ。
僕が指摘すると、ほんのりと頬を紅潮させて俯く。
何だろう。凄く可愛い。
※※※※
自宅に帰りたいのは山々なんだけれど、もう燃え尽きてしまってるから、帰るに帰れない。
アティを買う為に全財産をつぎ込んだから、当然宿にも泊まれない。
僕はそのことをアティに説明した。
そしてその上で、街を出てすぐの所にある山のふもとに、今は使われていない小屋があるから、一旦そこで寝泊りしようと提案してみた。
「構いませんよ」とアティは言ってくれた。
何て良い子なのだろうかと思ったよ。
まあ、奴隷だから逆らわないだけ、なのかも知れないけれど。
ところで、
「……どうかされましたか?」
「いや、服とか後でちゃんと買わないとなって」
頭の先からつま先までアティを眺めて僕はそう言った。
麻のワンピースに、木の靴。
普通の街娘と同じ装いではあるものの、どちらも飾り気なんてものも無ければ、実用的なわけでも無い。
「別に無理はされなくても」
「無理じゃない。お金は今は無いかも知れないけど、でも大丈夫だよ。そのうちなんとかするから」
ん?
僕いま何て言った?
大丈夫?
そのうちなんとかする……?
家を失ってあれほど泣いたのに、人生もどうでも良くなったのに、何かもう立ち直りつつある気がする。
不思議だ。
何でだろう。
「何か欲しいものがあったら、言ってくれると助かる。高すぎるのとか無理だけど、何とかなるのもあるかも知れないし」
「……そうですか。では、少し我侭を言ってもよろしいですか?」
け、結構急だね。
何だろうか。
「今すぐでは無くとも良いので、武器や防具が欲しいです」
え?
どうして?
「お金が無いのであれば、迷宮に入りましょう。深くは潜れずとも、ある程度のお金にはなるハズです。私は迷宮経験者です。場所が変われば勝手も変わりますが、それでも全く稼げないと言う事はありません」