第058話目―移動式迷宮 攻略②―
中に入って少し進むと、後ろからレンガが動く音がした。
振り返ってみると入り口が閉まっていた。
退路が絶たれた……?
「安心して下さい。出口は入り口と違う場所にあるだけです」
アティの表情に変化がなく、その言葉が本当なのだと分かる。
しかし、別の場所にある、と言われても、それがどこにあるのかが分からないのは困る。ので、アティに念のために訊いてみた。
すると、
「このレンガをよく見てください」
アティが指したのは、壁を作るレンガの内の一つである。
言われた通りによく見ると、それは、他のレンガとは微妙に色と形が違っていた。
「このレンガは、迷宮内の様々な場所にあります。これを、こうすれば出口が現れます」
アティがレンガを特定のリズムで数回叩くと、再びレンガが動いた。
そして、まもなくして、入り口が開いた時と同じようにして外へと繋がる出口が出来上がる。
「……移動式迷宮は大体がこうなのですが、どこにいても、特定の条件を満たす場所で、定められた手順を踏めば出口が出せます。ちなみに、出口の先は全て同じ場所になります」
不思議な作りである。
条件の揃う所で、特定の手順を踏めば、出口が現れると言う。
原理は良く分からないけど……ともあれ、少し安心した。
まぁ……仮に出口がなくとも、イザとなれば、【穿たれしは国溶の槍】で、壁に穴を空けて脱出という方法もある。
体への負担を考えると、あまり使いたくない手だけどね……。
少し経つと、自動的に出口が閉まっていく。
時間が経過すると、出現させた出口は自然と消失するようだ。
とにもかくにも。
帰り道の確保は要所で出来そうだ。
一安心ではある。
僕は息を一つ吐いてから、迷宮の奥へ進むことにした。
※※※※
しばらく進むと、魔物と遭遇した。
骨の魔物だった。
形は様々で、人の形のもいれば獣の形のもいる。
まだ浅い部分だからなのか、さして強くはない。
動きは鈍く単調で、その上とても脆い。
槍で突けば、あっさりと砕けて行く。
粉になって吹いて消えてしまうので、素材が取れない、と言う問題はある。
けれど、攻略にあたっては、投売りされていたこの槍でも何も支障がない。
……そこまで強いのは出ない、と言う話だったけど、それにしてもここまで簡単だと少し拍子抜けしてしまう感がある。
アティの出番も、セルマの出番も今の所は無い。
僕だけで十分と言えた。
けど、油断は禁物である。
迷宮を知っているアティが、「どんどん進みましょう」、という類の事を言わないからだ。
少しずつ進んで行く。
外界との接触が絶たれているせいか、時間の感覚が無い。
どれだけ経ったのかが分からない。
「……少し、休みましょう」
アティが言った。
僕はまだ疲れてはいないのだが、もしかすると、アティが疲れ始めたのかも知れない。
と、思っていると、
「既に二刻が経っています」
「そんなに……?」
驚いた。
知らないうちに、随分と経ってしまっていたようだ。
「汗が……」
アティが、布で僕の頬を拭う。
布が汗を吸い込んで、かなりの水気を含んだ。
自分では分からなかったけど、どうやら、気づかないうちにかなり体力を消耗していたらしい。
「どうやら、この迷宮は感覚をいじくっているようですね……」
「感覚をいじくる……?」
「移動式かそうではないかを問わずですが、迷宮は、特殊な環境を用意してくる事があります。ここは、時間の経過といった体感に影響を与えてくるような、そういった環境を構築しているようです」
自分の体はまだ大丈夫――そう勘違いさせて、探索者が疲弊するように仕向けている、という事らしい。
危ない所だった。
止めて貰えなければ、疲れ果てるまで進んでいた。
アティを見ると、息を切らす事もなく、僕よりもずっと落ち着いていた。
さすがは経験者、といった所だろうか。
人形だから疲れが無さそうなセルマと違い、アティは生身なのだけど、平然とした感じだった。余裕がある。これはつまり、アティは自分自身が疲れているからではなくて、僕の状態を見て「休みましょう」と言ったという事に他ならない。
自分自身の体調管理を、女の子にやって貰っている。
男としてどうなのだろうか、と思わないでも無い。
まぁでも、場慣れしているのがアティだけなのだ。
仕方がない。
※※※※
それを見つけたのは、エキドナだった。
僕らが休んでいる時に、鞄から抜け出して、何やら一人遊びを始めたなと思って見ていたら、ふと、ある一箇所をじぃっと見つめ始めたのだ。
あまりにも長い時間凝視していたので、さすがに僕も気になった。
「何かあるのかな……」
「確認してみましょう」
エキドナの視線の先は、何の変哲も無い壁だ。
出口を出現させる為のレンガでもない。
一体何を……。
怪訝に首を捻っていると、ふいに、アティが指でレンガをなぞり、何やら文字のようなものを書き始めた。
「もしかすると……」
「どうしたの?」
「少し待って下さい」
待てと言われたので待つ。
すると、やがて何かを書き終えたアティが指を離し、それと同時にレンガが動いた。
がごご……ごご。
現れたのは通路だった。
「……当たり、ですね」
「何をしたの?」
「解封です。誰かが……恐らくは迷宮そのものの意思が、意図的に閉ざしていた道のようですが、それを開けました。もしかすると、この先にお宝があるかも知れません。……ただ、いくらか魔物の姿が見えますね」
アティが通路を見て目を細める。
僕は新たになったアティの特技に感心する。
と、その時だ。
網状になった透明の糸が、通路の四方を満たし、そのまま一気に奥まで押し進んだ。
「……そろそろ、御主様のお役に立とうと思いまして」
ぽつり、とセルマが言う。
役に立ちたい、と言うのは嬉しいけれど、にしても突然すぎやしないだろうか……。
思わず僕が冷や汗を掻いていると、アティが瞬きを繰り返してセルマを見た。
そういえば、アティがセルマの糸を見るのは初めてだ。
僕は昨日それで縛られて……いや、思い出すのは止めると誓ったのだから、止めておこう。
「……魔物が全て、粉になりましたね」
通路を見て、アティが言う。
一瞬で全てが終わったのだ。
僕が槍で小突いて倒すより、ずっと効率が良いと言える。
うぐぐ……。
僕の価値とは一体……。
もはや僕の役目は、穿たれしは国溶の槍による、諸刃の剣の大砲役しか無いのでは……。
※※※※
罠の警戒の為に、アティに蝶を出して貰いながら、通路を進む。
奥の突き当たりに辿り着くと、行き止まりだった。
壁だった。
ただ、その壁に、鬼の顔の彫像がある。
なんだろうか……これ。
そう思って触ってみると、鬼の顔が動き出し、大きく口を開いて言った。
「……火ヲ寄越セ。我、火ヲ食ス」
火が食べたい……らしい。
「これは対価の像です。火が欲しいと言うのですから、火をあげましょう。真に望むものを与えれば、お礼に何かをくれます。お宝の一種ですね」
アティが言うには、こうした望みを言う像は、それを叶えると何かをくれるらしい。
何が貰えるのか分からないけど、取りあえずあげてみようと思う。
近くにあった燭台の蝋燭に火が点っていたので、それを口の中に入れてあげる。
すると、ぺっと吐き出された。
「……違ウ。コノ火ハ違ウ」
えぇ……。
「なるほど……。では、これはどうでしょうか」
アティが魔術を使い、小さな火種を出現させて、像の口の中に入れる。
しかし、それもまた吐き出された。
「違ウ違ウ――違ウ違ウ違ウ違ウ違ウ違ウ違ウ違ウ! 我、望ム! 真ナル火! 紛イ物、要ラヌ!」
なるほど……。
迷宮産の火も、魔術で出来た火も、それは本当の火ではないから要らないと。
でも、本当の火なんて――
――そうだ。マッチがあった。
僕は急いで鞄からマッチを取り出すと、火を点けて、像の口の中に放り込んだ。
すると、像が怖いぐらいの笑顔になった。
「美味……美味……真ナル火、美味! 対価ヲ、ヤロウ! ダガ、モット寄越セバ、モット良イ対価ヲヤロウ! 時間ヲヤロウ! 今ノママ対価ヲ受ケ取ルカ、モット火ヲ寄越スカ、サァ、決メルガ良イ!」
火をあげればあげるほど、対価の質が良くなるらしい。
マッチは十箱もある。
いっその事……全部使い切ろうか。
僕はマッチを全て像にあげる事にした。




