第057話目―移動式迷宮 攻略①―
落とし所を探した結果、こうなってしまいました……。
縛り上げられた僕がどういう目にあったのか。
それは忘れた方が良いだろう。
ここに記す事は出来ない。
ただ、少なくとも、僕がかなり抵抗をしたという事はお伝えしておこうと思う。
お陰で、セルマから最終的に譲歩を引き出す事に成功していた。
けれども、あくまで譲歩は譲歩。
その結果、口でという事になった。
これは裏切りではない。
そう、これは仕方のない事なのだ。
僕はそう自分に言い聞かせる事で、どうにか冷静さを保っていた。
果たして、セルマが心とやらを理解したのかは分からない。
それはともかく。
僕のことは笑ってくれて良い。
罵ってくれて良い。
駄目な男だ、と。
※※※※
お風呂から戻ってきたアティが、ぱちくり、と瞬きを繰り返していた。
口元をナプキンで拭くセルマと、ベッドに腰かけて、沈んだような顔をしている僕がいたから、そのせいだろう。
「あの……」
「ん?」
努めて平静を装って、僕は笑う。
「何か……ありましたか?」
「いや何も」
そう言う他にない。
「……なぜ、セルマが口を拭いているのでしょうか?」
「……奥様」
「はい?」
「その、少しお口が汚れてしまいまして」
「汚れる? なぜ……?」
「雨に驚いて、変な虫が騒いだようでありまして……」
「変な虫……?」
「はい。それで、結果的にそのせいでお口の中が穢れてしまったのです」
「もしかして、羽虫か何かが口に入って来たのですか?」
「……ええ、はい。そのような感じです。……奥様も変な虫にはお気をつけ頂ければ、と。いつ現れるか分かりません」
「そんな虫が現れたら、バラバラにしてエキドナの餌にしてあげます」
「左様ですか……」
どうやら、セルマの説明で納得して貰えたようだ。
凍りそうな僕の背筋に、ほんのりとした温かみが灯る。
次は無い。
セルマの言った通りに、今回の事は、事故のようなものだ。
だから、無かった事にした方がいい。
「ハロルド様……」
すぅ、っとアティが僕の隣に来る。
ひとまず抱き寄せて、揉み揉みする事にした。
そう言えば、アティとは避妊無しで致してばかりだ。
もしかしたら、そのうち赤ちゃんが出来るのだろうか?
その事について訊いて見ると、
「そう……ですね。ダークエルフは、他種族との間には子が出来にくい、とは言われています」
「出来にくいって言う事は……」
「はい。妊娠自体はします。あくまで、出来にくいだけですので」
「じゃあ僕らの子とかって」
「今までのようにご寵愛を頂けるのであれば、いずれ出来るかと……」
胸が高鳴った。
やはり、好きな女の子との間の子は欲しくなるのが、男の性だ。
それは僕も例外では無い。
以前であればまた違う考えに至ったかも知れないけれど、アティと出会ってしまってからと言うもの、僕はアティに首ったけなのだ。
だから、欲しいかどうかと問われれば、間違いなく欲しい、と断言出来る。
「もしも出来たら、アティに似て可愛くなるのかな?」
「いえ、きっとハロルド様に似て、格好良くなるのではないかと……」
まだ出来てもいないのに、そんな話をする。
そして、この話をし始めて、少しだけある懸念が出来た。
それは、目的地の南大陸南西部に着く前に子が出来てしまう事である。
そうなった場合、動けなくなる期間が出てしまうから、旅の期間が年単位で延長になる。
その時はその時かも知れない――なんて考えるのは簡単だけれど、そうした事になったら、お金が絶対に必要になる。
それは、もう今の段階からでも分かる。
そう言えば、まだどうするかを決めかねている移動式迷宮には、その難度のわりには良いお宝が眠っていると言う話だった。
子が出来た時の事を考えて、もう少し、お金に余裕を持たせていた方が良いかも知れない。
出来てから慌てたりはあまりしたくない。
色々と考えてみて、僕は心中で決断を下した。
※※※※
翌日の天気は良かった。
やはり、秋の天候は変わりやすい。
カラッとした乾いた空気と、昇る太陽から注ぐ明かりが世界を彩っていた。
宿から出て、まず僕らは武具店に向かい、投売りされていた鉄の槍を買った。
お値段およそ2万ドゥである。
投売りにしては少し高いのでは……? と思ったものの、「眠りの町のせいで、最近流れ客が減ったんだ。どうしてもその値段になっちまうよ」と困ったような顔をされた。
切な事情があるのだと、そう言われてしまうと、何も言い返せない……。
まぁ、これは必要な経費だと割り切る事に。
で、僕らは今。
移動式迷宮の前に来ていた。
「攻略されるおつもり……と言う事でよろしいでしょうか?」
アティがそう訊いてきたので、僕は頷く。
「もう少し、お金を増やして置きたいなって思って」
将来の事を考えて、別に沢山ではなくても良いから、今のうちに資金は増やしておきたい。
それが僕の下した決断だ。
「わかりました。それでは、私も全力でお手伝い致します」
「御主様が決めた事であるのならば、私もお供致します」
こうして突入が決まり、入り口を探す事となった。
ここは、以前に経験がある、と言うアティに迷宮の入り口を探して貰う事にする。
「お任せください」
アティは、自信ありげに笑むと、巨像を形作る幾多のレンガを一つ一つ押して行く。
すると、お腹の辺りのレンガの一つが、簡単に引っ込んだ。
ごごごごご、がごん、がごん。
と、周囲のレンガが突如として蠢き出し、入り口を作った。
凄い仕掛けだ……。
「では、入りましょう」
とかく、入り口は見つかった。
後は攻略するだけである。
なので、早速迷宮に――
――と、その時。
目の端に、ふと、ずぶ濡れの黒頭巾の少女が映った。
壊れた家のど真ん中で、絶望の表情をして座っていた。
……お宝が手に入ったら、分かれ際に、僕だとバレないようにしつつ、少しぐらい分けてあげても良いかも知れない。
さすがに、ずっと暗いままの表情だとは思わなかった。
と言うか、もともと頬がこけ気味だったせいもあってか、若干怖い。
これ以上は関わらないと言う意思は変わらない。
けれど、どうせ迷宮に入るのであれば、人知れずに、少しお零れで助けるくらいならしない事も無いのだ。
※※※※
迷宮の中は真っ暗だった。
何も見えない。
迷宮には迷宮光があるハズだけど……と、そう思いながら一歩踏み入ると、壁にある燭台に火が灯った。
なるほど。
こういう風に明かりが点く演出もあるらしく、これも迷宮光の一種のようだ。
……足元を掬われないように、気を引き締めて行こう。
前回の眠りの街編が暗い感じで終わったので、今回はそうならないように終わらせたいです。




