第056話目―人形の心は突然に―
(´;ω;`)迷宮入りは次回か次々回を予定していますので、迷宮お待ちの方は少しだけ待って頂ければと……。ごめんなさい。
どうやら、潰れている建物の中に、黒頭巾の少女の家があったようだ。
なにか言葉をかけてあげた方が良いのだろうか?
一瞬だけそう思ったものの、しかし、僕は無言を貫く事にした。
家を失った事がある――そんな僕だから分かる事があったのだ。
こういう場合、心に折合いをつける事が出来るのは、他の誰でもなく自分自身でしかないのだ、と。
「あっ、ああああっ」
黒頭巾の少女は、目の端に涙を溜めながら、大破した家に縋り付いた。
まもなくして、涙が止め処なく溢れ出すのが見えた。
面倒くさい子ではあるが、悪い子ではないのだろう。
けど、慰めはしない。
流れる涙は止めさせようとも思わない。
泣きたいだけ泣けば、きっといつか、上を向ける時が来るからだ。
突発的な出来事と言うのは、何時だってある。
これから先にもあるかも知れないのであって、その時にも自分自身で立ち上がれるように、その為に、自らで乗り越える必要がある。
僕がそうだったように。
――と言う理由が半分で、もう半分は、ここで少しの同情を持って手を貸したら依存される可能性があり、それが個人的に嫌だった。
家が潰れて、家族の心配をしていない所を見るに、黒頭巾の少女は一人暮らしなのだろう。
ならばこそ。
仮に、頼る当てや寄り添う当てが無かった場合、こちらに縋りついてくるかも知れなかった。
出会ってまもないけれど、この子が面倒くさい性格をしているのは、十二分に分かっていた。
僕が彼女に好意を持っているならば別だけど、そのような気持ちは持っていない。
もう一度言うが、悪い子で無いのは分かっている。
ただ、それとこれは別と言うだけである。
ゆえに、だ。
そっとしたまま、この場を離れようと思う。
僕らは僕らでやらなければいけない事をやろう。
移動式迷宮は気になるものの、宿を探したり、槍を買ったりとする事はあるのだ。
「……よろしいのですか?」
僕が歩き出そうとすると、アティが訊いてくる。
「仕方ないよ。僕らに出来る事はない。僕はアティを可愛がる事だけで手一杯だし、無理してまであの子を助けようとは思わない」
「……」
行為に及ぶ時は、かなり大胆になって来たアティだけど、直接的な言葉には弱いままだ。
頬を染めて、下を向いてしまった。
時間が過ぎても体を重ねても、それでも女の子はいつまでも女の子で、アティもきっとそうありたいのだろう。
僕はその事を良い風に受け取っている。
人によっては、「いつまでそんな気でいるんだ」と言うのだろうけれど、僕はそうは思わない。
アティが女の子でいたいと思う限り、僕はいつだってアティを可愛い女の子として扱う。
それが良いと思う。
「ところで、あの移動式迷宮って、魔物を吐くって話だけど……」
歩きながら、移動式迷宮を見上げる。
本当に大きい。
「今は落ち着いているように見えるけど、吐く時っていきなりなの?」
この街は小さく見えるけれど、衛兵の類はいるようで、その姿も雑踏の中に見える。
だから、魔物を吐かれても、ある程度は大丈夫だろう。
対処はしてくれるハズだ。
ただ、その一方で懸念もあった。
吐き出すのは、どれだけ強くてもせいぜい中層ぐらいの強さの魔物、と言う事だけど――その中層程度の強さ、と言うのは、中々に骨が折れる強さだろう。
一般的には、それなりの強さの人間が、徒党を組まないと対処出来ない強さなのだ。
アティが強いので、僕の感覚が少し麻痺しているけれど、それが普通だ。つまり、それクラスの魔物が吐き出されたら、衛兵がやられる可能性がある。
そうなったら、僕らが対処する事になるかも知れない。
「……魔物を吐き出すのには、一応は規則性があります。基本的に、移動式迷宮が魔物を吐き出すのは移動時のみです。今のように鎮座している時は危険度も低く、石像と何も変わりません」
なるほど……。
ひとまずは大丈夫っていう事で良いのかな?
「移動式迷宮にも個体差はありますが……一度移動を止めると、およそ二週間から一月はそこに座したままです。反応を見る限り、今日にも現れたようですので、しばらくは大丈夫かと。……ご不安であれば、いっその事、先んじてどうにかしてしまうと言う方法もありますけれど」
「……え?」
「出来なくはないです。一度、移動式迷宮を瓦解させた経験があります。……多少はお宝も手に入るでしょうし、旅の資金も増やせます」
「そっか。……うーん。少し考える時間が欲しいかな。明日には決めるよ」
と、僕がそう言うと、ぽつぽつと水滴が上から落ちてきた。
空が曇り始めていた。
辺りに、雨が降る前にする独特の匂いが充満し始める。
取りあえず、本格的に降り始めるまでの間に、早めに泊まれる所を見つけないと。
秋は天候の変化が多い季節だ。
恐らく、明日にはこの雨も止むだろう。
今日のうちに済ませようと思っていたけど、濡れながらと言うのも嫌なので、槍の購入は明日にしよう。
※※※※
宿は難なく見つかった。
そこまでは何も問題は無かった。
なのに一体なぜ?
どうして、こういう事になったのだろうか?
セルマが窓の外を見つめている。
雨がもう本格的に降り出していた。
勢い良く建物にぶつかる水滴が、大量に窓を伝っていて。
恐らく、雨どいの中は川のようになっている。
「雨の音が止まりません」
「そう……だね」
「とても寂しい音です。この音を聞いて、私のここが――私のここに、ぽっかりと、穴が空いてしまったような、不思議な感覚に陥っております」
セルマは、自らの胸元のあたりで、服をぎゅうと握り締める。
「私はただの人形。御主様にお使えする一個の絡繰。……以前に、御主様と奥様のそれを見た時には、ただのまぐわいだと、そう解していたのですが」
いつ……見られてしまっていたのだろうか?
船の時だろうか?
それとも、外でした時?
分からない。
「私には心が分かりません。ですが、ぽっかりと空いたこの感覚が……この喪失感が心だと言うのならば……。……御主様に抱かれる奥様は、とてもお綺麗で、熱を帯びているように見受けられました。私にもその余熱を分けて頂きたいのです。そうすれば、何かが分かるような気がしてならないのです」
「……」
「触れた先にある温もりも、吐息を当てられた時の熱量も、私には分かりません。ですが――御主様の熱を分けて頂ければ、それが点るような気がするのです。空いた穴が塞がるような気がするのです。奥様は今はおられません。どうか」
アティは今お風呂に入っている。
一緒に入ろうと思ったのだけど、男女で分けられているせいで、それは叶わなかった。
エキドナは鞄の中で熟睡している。
つまり……今この場には、僕とセルマしかいない。
「御主様が奥様を裏切らない方だという事は分かっております。……これは裏切りではありませんので、ご安心下さい。ただ、召使の私に、絡繰の私に、心を教えるだけの事なのですから」
セルマが徐々に近づいてくる。
「御主様……」
これは駄目だ。
僕にはアティがいるし、そもそもセルマは人形だ。
どうしてこんな乱心を起こしたのか分からないけれど、ともかく、そんな趣味は僕には無い。
だから、この場から逃げようとして――
――体が動かなかった。
「こ、これは……」
外の明かりが窓から僅かに差し込んだ。
すると、細い透明な筋が――糸が、僕の体をぐるぐる巻きにしているのが分かった。
身動きが取れない僕は、そのまま、ベッドの上に放り投げられた。
「以前に私は戦闘が出来る、とお伝え致しました。私の武器は糸です。この糸が武器です。……まさか、御主様を逃がさない為に使う事で、初めてのお披露目になるとは、思いませんでした」
(´;ω;`)ハロルドは逃げられるのか……。
(´;ω;`)私の性癖が捻じ曲がっているわけではない……。




