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第055話目―移動式迷宮―

※※※※



 黒頭巾の少女は……愚痴が多い子だった。

 そのせいで、道中の会話が愚痴で埋め尽くされる事になった。

 私は貧乏だとか、結婚相手が見つからないとか、手に職をつけたいけれど丁稚はもう少し若くないと出来ないとか、都会に行って華々しい生活をしたいのだとか……。

 そんな事ばかり言ってくる。

 僕は、愚痴とかあまり気にしない方ではあるけれど、それでもさすがに少しうんざり気味……。


「別に贅沢を言っているワケではないのですよ。ただ……」


 と言うか、頬が少しこけているのも、なんだかおかしい気がする。

 食べ物を探すのは得意では無いと言うけれど、秋の季節と言う事もあって、一見しただけでもそこら中に実りはある。

 そこまでの苦労は無いハズだ。

 恐らく、努力とかしたくない性格なんだろうなとは思う。

 面倒くさくて疲れるから、ギリギリまでやる気が無かった、とでも言うべきか。

 そんな感じがひしひしと伝わってくる。


「はぁ……どうして私は、田舎の街に産まれてしまったのでしょうかね」


 だが、右から左へと聞き流すにも、限界と言うものがあるのだ。

 正直交代して欲しくなったので、アティとセルマを見る。

 しかし、目を逸らされた。

 なるほど。

 愚痴を延々と聞くのは遠慮したいから、僕にやって欲しいと、そういう事かな?

 こういう時にこそ、嫉妬を出して欲しいと思うのは、僕の我侭だろうか……。


「という事なワケなのです。で、それでですねぇ~」


(いつ終わるんだろう……)


「う、うーん? 蛇ちゃんがいますが、ペットなのですか?」


 黒頭巾の少女は、鞄の中から顔を見せるエキドナに興味を持った。


「そんな感じかな」


 と、僕が首肯すると、黒頭巾の少女が顔を引き攣らせた。


「へ、蛇ちゃん苦手なのです……」

「そうなの?」


 苦手と言うなら、仕方ない。

 面倒くさい子だなとは思うけれど、意地悪をしようとは思わない。

 なので、エキドナに顔を隠すように伝えて、すっぽりと鞄の中に納まるようにして貰った。


「ぎぅ」

「むぅ……」


 セルマが少し不服そうだった。

 エキドナと仲が良いから……。

 まぁその、少しの間だけ我慢してくれると助かるよ。

 ごめんね。



※※※※



 変な街だな、と思った。

 入り口からも一望出来るぐらいに狭い街なのだが、そのど真ん中に、レンガで出来た巨人の像が座るような姿勢で存在していたからだ。

 建物であれば、十階建て……ぐらいの高さはある。

 周りにある建物が、せいぜい三階建てが関の山なせいで、異様に目立っている像であり、沢山の人が塔のふもとに集まっては見上げていた。


「観光名所か何か……?」


 そう黒頭巾の少女に訊くと、


「い、いえ」


 首を横に振られた。

 どうやら、観光客目的で造られた類のものではないらしい。

 でも、じゃあ一体なんなんだろうか……。

 僕が顎に手を当てると、アティが隣に並んで来た。


「珍しいですね、これは」

「知っているの?」

「はい。……あれは移動式迷宮です」


 迷宮。

 久しぶりに耳にした気がする。

 でも、移動式ってそんな迷宮あるんだ。

 と言うか、人の形しているんだけど……。


「見た目は巨人の像ですが、入り口がどこかにあり、中に入ると普通に迷宮になっています」

「……危険だったりする?」


 とりあえず、そんな事を訊いてみる。

 すると、アティは可愛く「こほん」と咳払いを一つしてから、答えてくれた。


「危険は危険です。迷宮の移動中に踏み潰される危険もありますし……あと、西大陸では、ぽつぽつと山野に魔物を見かける場合がありますが、それは移動式の迷宮が魔物を吐き出すからでして、そういう意味でも危険です。……この迷宮は西大陸独特の迷宮とも呼ばれ、他の大陸では見る事がまずありません。私は南大陸出身ですが、少なくともそこでは一度も見かけた事がないです。ハロルド様と旅した北東大陸でも噂にも聞きませんでしたし、目にする事も無かったですよね」


 確かに。

 僕の知る限り、北東大陸では、迷宮が移動するなんて話は聞いた事が無い。

 出てきた場所にずっとあるものという印象だ。

 南大陸でもそうだと言うのだから……ん?


「どうかされましたか?」

「いま、南大陸出身って言った?」

「え、えぇ……。あっ、そ、そうでした。まだお伝えした事がありませんでしたが、私は南大陸出身です」


 僕らの旅の終着地点は、南大陸の南西部だけれど、これはそもそもアティの望みだった。

 もしかすると、故郷に帰るつもりをしているのだろうか――って、いや、今はそんな事を考えている場合では無い。

 ひとまずはこの迷宮だ。

 そう言えば、基本的に迷宮は溢れた魔物を出さないようにする為に、適切な管理を受けているハズ。

 以前にアティからそう教わっている。


「そっか。あとで、ちゃんと教えてくれると嬉しいな。アティの事はきちんと知りたいからね」

「はい、もちろんです」

「ところで、移動式の迷宮ってどんな迷宮なの?」

「えっと……移動式の迷宮ですが、実は普通の迷宮よりはかなり浅いです。普通の迷宮に比べて、最深部までの距離が異様に短く、そこにいる迷宮の主を倒せば瓦解していく構造になっています。中にいる魔物も、主も含めて通常の迷宮の中層ぐらいの強さですね。なので、報告を受け次第に国がすぐに処理する為に兵を出します。一般的な下層や深部ほどの危険はありませんので、それだけでもなんとかなります。……腕に覚えがある探索者が勝手になんとかしてしまうケースもありますが」


 移動式の迷宮は、魔物の素材はそこまでではないものの、その難度のわりには良いお宝が眠っている場合も多いらしい。

 だから、見つけた探索者は大体すぐに入ろうとする事も多い……とかなんとか。


「勝手になんとかした場合、揉め事になったりしない……?」

「まずなりません。逆に感謝されるかと思います」


 結果的に治安維持に一役買った、という事になるのだから、そこは咎められない事が多く、むしろお礼を言われるそうだ。

 ちなみに、移動式迷宮は、擬似迷宮や簡易迷宮なる別称もあるらしい。

 理由として、魔物がいる、お宝がある、と言う事以外は通常の迷宮と違いが多すぎるから、らしい。

 例えば、通常の迷宮は”成長”して、更に深くなっていく傾向があるものの、移動式迷宮はそういった部分に変化が無いそうなのだ。

 と、


「あっ、あっ、あっ……」


 黒頭巾の少女が、急にわなわなと震えだし、座る移動式迷宮のつま先の部分を指差した。

 えっと、座る時にぶつかったのだろうか?

 建物が何件か潰れていた。


「よくみると、あそこ、潰れてる家の中に、わ、私のお家が……っ! な、なんてことなのですか……! ぺ、ぺしゃんこに……」

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作者ついったー

こちら↓書籍版の一巻表紙になります。
カドカワBOOKSさまより2019年12月10日発売中です。色々と修正したり加筆も行っております。

書籍 一巻表紙
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