第055話目―移動式迷宮―
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黒頭巾の少女は……愚痴が多い子だった。
そのせいで、道中の会話が愚痴で埋め尽くされる事になった。
私は貧乏だとか、結婚相手が見つからないとか、手に職をつけたいけれど丁稚はもう少し若くないと出来ないとか、都会に行って華々しい生活をしたいのだとか……。
そんな事ばかり言ってくる。
僕は、愚痴とかあまり気にしない方ではあるけれど、それでもさすがに少しうんざり気味……。
「別に贅沢を言っているワケではないのですよ。ただ……」
と言うか、頬が少しこけているのも、なんだかおかしい気がする。
食べ物を探すのは得意では無いと言うけれど、秋の季節と言う事もあって、一見しただけでもそこら中に実りはある。
そこまでの苦労は無いハズだ。
恐らく、努力とかしたくない性格なんだろうなとは思う。
面倒くさくて疲れるから、ギリギリまでやる気が無かった、とでも言うべきか。
そんな感じがひしひしと伝わってくる。
「はぁ……どうして私は、田舎の街に産まれてしまったのでしょうかね」
だが、右から左へと聞き流すにも、限界と言うものがあるのだ。
正直交代して欲しくなったので、アティとセルマを見る。
しかし、目を逸らされた。
なるほど。
愚痴を延々と聞くのは遠慮したいから、僕にやって欲しいと、そういう事かな?
こういう時にこそ、嫉妬を出して欲しいと思うのは、僕の我侭だろうか……。
「という事なワケなのです。で、それでですねぇ~」
(いつ終わるんだろう……)
「う、うーん? 蛇ちゃんがいますが、ペットなのですか?」
黒頭巾の少女は、鞄の中から顔を見せるエキドナに興味を持った。
「そんな感じかな」
と、僕が首肯すると、黒頭巾の少女が顔を引き攣らせた。
「へ、蛇ちゃん苦手なのです……」
「そうなの?」
苦手と言うなら、仕方ない。
面倒くさい子だなとは思うけれど、意地悪をしようとは思わない。
なので、エキドナに顔を隠すように伝えて、すっぽりと鞄の中に納まるようにして貰った。
「ぎぅ」
「むぅ……」
セルマが少し不服そうだった。
エキドナと仲が良いから……。
まぁその、少しの間だけ我慢してくれると助かるよ。
ごめんね。
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変な街だな、と思った。
入り口からも一望出来るぐらいに狭い街なのだが、そのど真ん中に、レンガで出来た巨人の像が座るような姿勢で存在していたからだ。
建物であれば、十階建て……ぐらいの高さはある。
周りにある建物が、せいぜい三階建てが関の山なせいで、異様に目立っている像であり、沢山の人が塔のふもとに集まっては見上げていた。
「観光名所か何か……?」
そう黒頭巾の少女に訊くと、
「い、いえ」
首を横に振られた。
どうやら、観光客目的で造られた類のものではないらしい。
でも、じゃあ一体なんなんだろうか……。
僕が顎に手を当てると、アティが隣に並んで来た。
「珍しいですね、これは」
「知っているの?」
「はい。……あれは移動式迷宮です」
迷宮。
久しぶりに耳にした気がする。
でも、移動式ってそんな迷宮あるんだ。
と言うか、人の形しているんだけど……。
「見た目は巨人の像ですが、入り口がどこかにあり、中に入ると普通に迷宮になっています」
「……危険だったりする?」
とりあえず、そんな事を訊いてみる。
すると、アティは可愛く「こほん」と咳払いを一つしてから、答えてくれた。
「危険は危険です。迷宮の移動中に踏み潰される危険もありますし……あと、西大陸では、ぽつぽつと山野に魔物を見かける場合がありますが、それは移動式の迷宮が魔物を吐き出すからでして、そういう意味でも危険です。……この迷宮は西大陸独特の迷宮とも呼ばれ、他の大陸では見る事がまずありません。私は南大陸出身ですが、少なくともそこでは一度も見かけた事がないです。ハロルド様と旅した北東大陸でも噂にも聞きませんでしたし、目にする事も無かったですよね」
確かに。
僕の知る限り、北東大陸では、迷宮が移動するなんて話は聞いた事が無い。
出てきた場所にずっとあるものという印象だ。
南大陸でもそうだと言うのだから……ん?
「どうかされましたか?」
「いま、南大陸出身って言った?」
「え、えぇ……。あっ、そ、そうでした。まだお伝えした事がありませんでしたが、私は南大陸出身です」
僕らの旅の終着地点は、南大陸の南西部だけれど、これはそもそもアティの望みだった。
もしかすると、故郷に帰るつもりをしているのだろうか――って、いや、今はそんな事を考えている場合では無い。
ひとまずはこの迷宮だ。
そう言えば、基本的に迷宮は溢れた魔物を出さないようにする為に、適切な管理を受けているハズ。
以前にアティからそう教わっている。
「そっか。あとで、ちゃんと教えてくれると嬉しいな。アティの事はきちんと知りたいからね」
「はい、もちろんです」
「ところで、移動式の迷宮ってどんな迷宮なの?」
「えっと……移動式の迷宮ですが、実は普通の迷宮よりはかなり浅いです。普通の迷宮に比べて、最深部までの距離が異様に短く、そこにいる迷宮の主を倒せば瓦解していく構造になっています。中にいる魔物も、主も含めて通常の迷宮の中層ぐらいの強さですね。なので、報告を受け次第に国がすぐに処理する為に兵を出します。一般的な下層や深部ほどの危険はありませんので、それだけでもなんとかなります。……腕に覚えがある探索者が勝手になんとかしてしまうケースもありますが」
移動式の迷宮は、魔物の素材はそこまでではないものの、その難度のわりには良いお宝が眠っている場合も多いらしい。
だから、見つけた探索者は大体すぐに入ろうとする事も多い……とかなんとか。
「勝手になんとかした場合、揉め事になったりしない……?」
「まずなりません。逆に感謝されるかと思います」
結果的に治安維持に一役買った、という事になるのだから、そこは咎められない事が多く、むしろお礼を言われるそうだ。
ちなみに、移動式迷宮は、擬似迷宮や簡易迷宮なる別称もあるらしい。
理由として、魔物がいる、お宝がある、と言う事以外は通常の迷宮と違いが多すぎるから、らしい。
例えば、通常の迷宮は”成長”して、更に深くなっていく傾向があるものの、移動式迷宮はそういった部分に変化が無いそうなのだ。
と、
「あっ、あっ、あっ……」
黒頭巾の少女が、急にわなわなと震えだし、座る移動式迷宮のつま先の部分を指差した。
えっと、座る時にぶつかったのだろうか?
建物が何件か潰れていた。
「よくみると、あそこ、潰れてる家の中に、わ、私のお家が……っ! な、なんてことなのですか……! ぺ、ぺしゃんこに……」




