第052話目―一緒に―
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奥の手を制御出来るかの不安はある。
ただ、相手は通常の攻撃も魔法も通じない――およそ、通常では対策の施しようも無い相手だ。
であればこそ、使わざるを得ない。
けれども、もしも僕がまたこれを使ったら、アティはどう思うだろうか。
それも心配ではあるけれども、しかし、使わないと言う手は取れない。
体への負担もあるけれど、上手く抑えて使えれば、後遺症はそこまで響かないハズ。
握り締めた銀粘土を、気づかれないように取り出すと、ミーシャが動きを見せる。鷹揚に指を鳴らす仕草を取った。
「ハロルド様! 足元です!」
アティの声に反応して、反射的に跳ぶ。
すると、僕が元々いた足元の所に、鋼のように硬質化した茨の棘が一瞬のうちに突き出してくるのが見えた。
あ、危ない。
間一髪だった。
――ふぅん。
――何か変なの飛んでると思ったら、これ、敵意とか悪意の感知かしら? 多芸なのね。
――まぁ良いわ。次の攻撃はちゃんと当てるから。
言って、ミーシャが空をぐしゃりと握りつぶす。見えない何かが一斉に四散したような、そんな気がした。
いや、おそらく気のせいではないのだろう。
僕の足元からの攻撃を当てたと言う事は、アティはいつの間にか蝶を飛ばしていたに違い無い。
ミーシャはそれを一斉に消し飛ばしたのだ。
デタラメだよ……。
――……って言うか、足だけ壊していたぶろうと思ってたのに、避けないでよ。
――嫌いよそういう人。
相変わらずに狂っている言動が続く。
早めに銀粘土を撃ち込んでやりたい。
ただ、確実に当てないと行けないので、足止めをどうするかだけれど……。
「……アティ、何か足止めする方法って無い?」
駄目もとで、手は無いかとアティに訊いてみる。
僕では、何かしらの有効な手立てが思いつかないのだから、仕方が無い。
「足止めですか……?」
「一撃食らわせようと思ってね」
「一撃……? もしかして、奥の手でしょうか」
「使わないわけには行かない。だ、大丈夫だよ。そこまで酷い事にはならないように、今度は上手くつか――」
「――分かりました」
「え……?」
「酷い事にはならないようにすると、そう仰りましたので、その言葉を信じます。……魔術が効果が無いように見えますが、それは種類にもよる可能性が高いので、足止めだけであれば手が無いわけではありません。しかし、成功してもほんの一瞬ですし、ネタがすぐにバレるでしょうから、二回目は効かないと見て下さい」
その返答に、僕は少し驚く。
手段の可能性もそうだけれど、それ以上に、まさかすんなりと肯定してくれるとは思っていなかった。
ぱちくりと瞬きを繰り返していると、アティが少しだけ悲しそうに眼を細めて、言葉を続けた。
「そして、これだけは覚えていて下さい。もしも、酷い事になったとしたら、私はとても悲しい気持ちになります。凄く泣くと思います。……私の伝えたい事が分かりますか?」
「……分かるよ」
そこまで言われたら、さすがにね。
こうなったら、何がなんでも成功させる他にない。
嬉し泣き以外の泣き顔なんて、見たくも無い。
――なぁに? 秘密のお話? 私も混ぜてよ。
けらけらとミーシャが笑う。
それは強者ゆえの驕りに見えた。僕ら相手になら、油断などいくらでも見せても支障が無い、とでも言いたげだ。
だけれど、それは願ってもいない隙であり、この瞬間をアティは見逃さなかった。
――ドパン。
と、一つしか聞こえなかった発砲音の間に、数発の弾丸が飛ぶ。それは、ミーシャの体をすり抜ける事も無く大幅に外れると、丁度その横で静止した。
――え?
何が起きたか分からない、と言った様子で、ミーシャが素っ頓狂な声を上げる。
その間に、弾丸と弾丸が一筋の光で繋がれ、再び動き出す。
ぐるぐると弧を描きながら、相手の体を縛り上げた後に、弾丸がアンカーのように四方八方に穿ち刺さった。
「……先ほど、あなたの軌跡を見せて貰いましたが、人ならざるモノとしてはまだ若いようですね。であれば、こういう魔術と使い方がある、と言う事を知らないのでは無いかと思ったのですが、どうやら当たりですね」
――魔術以外を反発させてる……?
――ふぅん。
「……早速気づきましたか」
アティが一体何をしたのか。
二人の会話から、僕にも理解と合点が行った。
それは単純な事である。
魔術以外の全てを弾く捕縛用の魔術を使ったのだ。
ミーシャには、今までの魔術が通用していなかった。しかし、それは裏を返せば、彼女の存在そのものが、魔術以外に含まれると言う事。
だからこそ、通じている。
ただ、アティも言っていた、すぐにこれは破られるだろう、と。
――へぇ、でも、これで封じたつもり?
――ちょっとお粗末だと思うなぁ。
――同じようなの使って、引き離せば良いだけなんですけど。
ミーシャを締め上げていた魔術が、徐々に緩まって行く。
懸念通りに、すぐさまに対策を講じられてしまう。
しかし、これだけの時間があれば、僕にとっても十分だった。僕はミーシャの目と鼻の先に近づいていた。
色を見る事の出来ない方の目から、僅かに血涙が流れる。
銀粘土の欠片が小さすぎるせいで、溢れた次力が手のひらを焼き、皮膚が爛れ始めた。
当然だけれど、やはり、上手く制御する事は出来ない。
でも、どうにか小さく抑え込む事は出来た。
――なっ、それっ。
ミーシャが、近づいてた僕とその異変に気づいたが、もう遅い。
今出来うる限りの最小限に抑えた次力を、僕は既に銀粘土に濃縮しきっている。範囲は槍を使った時よりも狭すぎるけれど、それでも十分だと言えると確信を持てた。
ピン、と親指で銀粘土を弾く。
従来の輝かしい銀色が消え、液状化しつつあったそれが、見事にミーシャの顔面の半分を削り抉った。
効果があった事に安堵を感じる。
――あ、あぁぁぁぁぁあ!?
どろり。
ミーシャの残った顔面が、僕の奥の手の余波を受けて溶解する。
――あによ! あによこれぇえええ!?
――こで、こで、蕃神のっ……。
――あがががががっ。
――がぐぐ、ぐぷっ……。
――ごぷぷっ……。
侵食するように、溶解が広がっていく。
ただ抉るだけに留まらなかったのは、ミーシャが実体を持たない存在だから、なのかも知れない。
詳しくは分からないけれど……。
ともかく、それから辺りの景色も変化していった。
紙に火を点した時のように、徐々に、少しずつ。
気がつけば、バレスティー号の中の通路に僕らはいた。
これが意味する所は、奥の手で致命傷を与える事が出来た、という事だ。つまり、決着が着いたのだ。
「終わった、のかな……」
「……だと、思います。それで、その……お体は?」
「大丈夫だよ。少しだけ痛いけど、特に気を失うなんて事も無いし」
「しかし、目から……」
僕の血涙に気づいたアティが、心配そうに目元を拭ってくれる。
「本当に大丈夫だよ。アティが信じてくれたからね。裏切るわけには行かない」
「ハロルド様……」
と、その時だった。
通路の先に、青年が――ローグが見えた。
彼はこちらに向かって一目散に駆け出す。
一瞬身構えようかと思ったけれど、アティにその意思が感じられなかったので、敵意や害意の類が無いのだと分かった。
だから、僕はただ彼を眺めた。
ローグはそのまま僕らの脇を通り過ぎると、既に体の半分を失いつつあったミーシャの傍へと寄った。
「あ、あぁぁあああ! どうして……。なんで……」
――ごぺぺっ。
――ろろ、ぺぺ。
――ろろろ、-ぐ。
――お、おおお、そそそ、いの。
――いいいい、つつも。
――あなななたって。
――おそそそ……の。
「俺はただ、俺はただ……」
――で、ででもっ。
――よよ、よかった、ね。
――わたたたしが、もももう、きえええるから。
――のろいいいい、とけ、とけゆよ。
「……悪いのは、俺なんだ。遅れた俺なんだよ。呪いがとけても、街が元通りになっても、ミーシャがいなくなるんじゃ、俺はどうしたら良いんだ。街も大切だ。でも、君はもっと大切なんだ。だから、器まで探しに行ったんだよ。君がこんな馬鹿げた事をして、俺も心乱したけれども、それでもやっぱり君が……」
――……。
――ぁぁ。
――なな、ん、だか。
――わわ、わかった、きが、しゅる……。
――で、ででもも、もも、もう、きえゆ。
――わたたし、きえゆぬ。
――ひと、ひとりは、こわゆの。
「分かった。一緒に行こう。一緒に……」
ローグはそう言うと、自らの舌を噛み切る。
その口元からは大量の血が噴出し、ゆっくりと床に伏したローグは、ミーシャに手を伸ばす。だが、実体持たぬ存在に、生身の人間が触れる事は叶わない。彼の手は空を切った。
――いい、いっしょぉ……。
「い、いい、一緒、だ」
――ふふ、ふれられ、なくく、ても。
――あ、あたた、か、い……。
「そ……う……だ……な」
掛ける言葉など、見つかるわけも無い。
僕らはただ見ていた。
そして、しばらく経った後に。
すっかりと消え去ったミーシャと、幸せそうな笑顔で死んだローグが残っていた。
ふと、眩しさを感じる。
通路の窓から光が差し込んでいた。
すっかりと霧が晴れたようで、そのお陰で見えるようになった朝日が差し込んでいたのだ。
窓から見える街を眺めると、人々を眠らせていた茨が、徐々に消えて行くのも確認出来た。
……呪いが、解けた。




