第051話目―沿革―
※※※※
「……答えぬか賎陋者」
そう言って、アティは再びに引き金を引く。
冷ややかな空気が更に増して行き、それが、怒りの度合いを表しているかのようだった。
僅かの間、僕は困惑して硬直したままであったけれど、同じように固まっていた相手に動きが見えて、我に返った。
――ふぅん。
女の子の表情が、急に淡白なものになる。
こうも薄い反応を取られると、半透明な事もあってか、表情から詳しく感情を読み取れなくなる。
ただ、面白くなさそうな声音だ、と言う事だけは分かった。
しかし、その事を気にしてアティを止めようにも、初めて見る感情の発露の仕方なので、止め方が分からない。
今の僕に出来る事と言えば、イザと言う時の為に身構えておく事だけ。
僕が浅く息を吐くと、女の子が言葉を続ける。
――どういう事なの?
――おかしいなぁ。
「何がおかしい? ただ単に貴様がデタラメを抜かしただけでは無いか」
――ふぅん。
――揺さぶっても、崩れない、壊れないんだ。
――まぁ良いや。
そう女の子が言い終わると同時だった。
辺りの棘が、アティによって作られた氷の殻を破ると、生気を取り戻したかのようにつぼみを成長させ、ゆっくりと綺麗な薔薇を咲かせ始める。
「なっ――」
「これは……」
どこからともなく吹いた風によって、紅色の花びらが宙に舞う。
気がつくと、女の子は再び姿を消し、僕らは木漏れ日の差し込む森の中に居た。
「ここは……」
僕は眉根を寄せる。
すると、すぐ近くから、ぴりぴりとした雰囲気を感じた。
アティである。
「……ハロルド様、仕掛けてくる気配は消えましたが、危険な事に変わりはありません。どうかお傍を離れませんように」
相手の姿が見えなくなったからか、アティの口調がいつも通りに戻っている。
しかし、窺い知れる様子から、尋常ではない怒りが未だに収まっていないのが分かった。
不謹慎かも知れないけれど、僕はそれを見て、不思議と嬉しい気持ちになってしまう。
だって、それはつまり、自分の不安が間違いだったと言う証明に他ならないのだから。
心の繋がりが再認識出来たような、そういう気がするのである。
「……襲ってくる気配が無いのなら、少しだけ落ち着こう。視野が狭くなると、大事な事を見落としてしまうかも知れない。もちろん、警戒はするべきだけれどね」
「ですが――むぐっ。……んっ」
アティの振り向き様に、僕は強引に唇を重ねる。
今は少しだけ冷静になろうと行動で示す。
つい今しがたの、アティの激怒に伴う行動を僕は嬉しく思った。それが意味する所は、言葉も大事だけれど、そこに行動が足されるとより強く心が伝わると言う事である。
言葉と行動は、合わせる事でより強固になる。
「……んっ」
「……どう? 落ち着いた?」
「……は、はい」
少しだけ、アティが赤らいでいる顔になっているのが分かる。
今の状況を考えると、僕らは少し緊張感が足りないかも知れない。
でも、そうだとしても、これも大切な事であるのだ。
僕とアティがお互いに見つめ合っていると、木々に巻き付いている蔓が動き出した。
こちらを襲う気配は感じられず、蠢く蔓はただただアーチを作り始めて、やがて一つの道が出来上がる。
「……進めって事かな」
「……恐らくは」
※※※※
進んでも進んでも、茨のアーチがずっと続いている。
終わりが見えない。
どこからから、「ふふふ」と言う声が僅かに聞こえてくる事から、こちらを見ているのが分かる。
もっとも、罠の類は無いようだし、不意打ちを仕掛けてくる様子も無いけど。
しばし進むと、丸く開けた庭園のような場所へ出た。
真ん中にテーブルがあり、そこに二人の子供が座っている。
二人はこちらに気づく事も無く、会話をしていた。
――どうしてあなたはここに迷い込んだの?
――わかんない。
――どうしてあなたは私とお話をしてくれるの?
――なんとなく。
――ふぅん。あなたって、何も考えていないのね。あぁ、そっか。お子ちゃまだから?
――俺はもう五歳だよ。お子ちゃまなんかじゃないやい。
――あら、失礼。五歳なのね。私とおんなじ。
――なんだよ、同じなのに、俺のことを子ども扱いしたのか?
――同じかどうかは、関係が無いわ。だって、子どもな事に変わりはないもの。
片方はゲームの主催者の声で、もう片方も耳に覚えのある声音だった。
確か、僕の脇を通り過ぎていった子どものような影の声。
薄々察しが付き始める。
これは、あの青年との記憶なのだろう。
ふと、女の子と目が合う。すると、彼女はニィっと笑ってその姿を消した。後を追うように、男の子の影も消える。
「……進もう」
「はい」
すっかりと消え去った事を確認してから、アーチの道が奥に続いていたのが見えたので、僕らは更に進んでいく。
幾分か歩くと、徐々に暗がりが広がり始め、上がる炎が見えた。
そして、その近くに、また二人の影が現れる。
男の子の影が、一生懸命に火を消そうとし始める。
――私の、私の森が……。
――誰かが、森で焚き火でもして、消し忘れたんだ! ……まかせろ! おれが消してやる!
――え……?
――うぅ、あ、熱いっ……。
――い、いいわよ別に。
――なに言ってるんだ! ぜったい、消してやるから! だいじな森なんだろ!?
――別に、私の事は良いから……。それより、ローグが火傷してしまうわ。私の為に、無理なんてする事ない……。
――おれが嫌なんだ! ミーシャと会えたこの森が、燃えていくのが、嫌なんだ!
――……。
男の子――つまり、あの青年の名前がローグで、女の子の名前がミーシャと言うらしい。
これは、山火事をなんとかしようとしている場面のようだ。
――この炎はね、このあとすぐに雨が降って、消えたわ。
――私がなんとかする事も出来たんだけれど、一生懸命な彼を見ていたくてね。
後ろから声がしたので、振り返る。そこにはミーシャが居た。しかし、山火事の様相が薄れて消えるのと同時に、一緒に消えて行った。
再び蔓が蠢き出してアーチが出来る。出来上がったアーチを良く見ると、段々とその出来栄えが歪になっていた。
立ち止まるわけにも行かないので、更に奥へと進む。
すると――
――体が欲しい?
――そう体。あなたに触れて見たいの。
――ふーん。
――なあに、真剣に悩んでるのよ。
――悩む事なんかじゃないよ。俺が持って来てあげるよ。やくそく。
――ありがとう。でも、やくそくを破ったら大変なことになるよ?
――俺がやくそくを破るわけないだろ!
――少し前に見たのと、同じやり取りが聞こえてくる。
どうやら、今までの経緯があって、ここに繋がってくるらしい。
なるほど、と一人ごちりつつ、道がまだ続いていたので、ひたひたと奥へと向かった。
道中、歪な蔓に更なる変化が続く。急に黒く染まり始めて、棘が噴出し始め、紅色の薔薇が妖しく膨れるつぼみへと戻っていく。
やがて行き止まりに辿りついた。
不気味に変わり続けるこの道の終着地点らしく、そこにあったのは一つの扉。
すっかりと黒い茨へと変わった蔓に包まれて、ぽつんと一枚だけあった。
今更戻るつもりも無いので、取っ手を掴んで中に入る。扉の向こうは、真っ赤に咲き乱れる薔薇だけで満たされた部屋だった。
部屋の中央に、大きくなったミーシャとローグが見える。
――ミーシャ、俺は君の器を探しに行くよ。
――器……?
――なんだい、忘れたのかい? 君が言ったんじゃないか、体が欲しいって。
――覚えてたの……?
――忘れるわけないだろう。
――ありがとう。でも、私はそれよりも、あなたが少しの間でも居なくなる事の方が……。
――大丈夫だよ。じゃあ期限を設けよう。それまでに俺は絶対に戻ってくる。器を持ってね。
――本当……? 約束よ? 破ったら嫌よ?
――大変な事になるんだったかな? ははっ、安心しろって。俺が約束を破るわけないだろう? 待っててくれ。
そう言って、ローグがその場を去ると同時だった。
見事なまでに咲き誇っていた薔薇、その全てが急激にしおれて枯れていった。
そして、再びミーシャが目の前に現れる。
――でも、そう約束した彼が帰ってきたのは、期限を少し過ぎた頃。
――器を持って、意気揚々と私の所に来たわ。
――凄く嬉しそうな顔していて、私も嬉しかった。
――でも、約束を破った事とそれは別。
――だから、彼の生まれ育った街をああいう風にしてあげたの。
――でも、私は優しいのよ。
――これを言うのは二回目だけれど、許してあげるつもりだったんだから。
――まぁ許すのは、街の人間全員を、ローグの見ている目の前で茨で締め付けて肉片にして、それを食べて貰ってからだけど。
悪びれる様子も無く、ミーシャは淡々とそんな事を述べる。
どうやら、これが街を茨で眠らせた全貌のようだ。
しかし、途中までの動機はともかくとして、最後の言葉があまりに頭がおかし過ぎる。
どう考えても、許していない。
「……取り合えず、街の人間は関係無いんじゃない?」
――どうして?
「約束を破ったのは彼――ローグなんだろう? 街の人間は関わりが無い。あくまで君たち二人の間の出来事じゃないか」
――関わり? あるじゃない。
「やっぱり話が通じなさそうだね。と言うか、そこまでしたら、ローグが壊れてしまうかも知れないよ」
ただでさえ奇声をあげる感じに壊れ気味なのに、そんな事になったら、ローグは完全に駄目になってしまうのでは無いだろうか。
――あなたの言っていること、全く理解出来ないわ。
――壊れたら良い子良い子してあげるだけ。
――ところで、なんだか私ゲームも飽きちゃった。
ミーシャの威圧感が増していき、僕の額に嫌な汗がにじみ出てくる。
どうやら、これ以上はどうにもならなさそうだ。
アティを見ると、冷静な表情で銃口をミーシャに向けていた。
何も言わないのは、もはや会話する必要性を感じていないからだろう。
場の雰囲気的に、今から本格的な戦いが始まるのが分かる。
何か武器になりそうなものは無いだろうか……。
そう思って、僕は思わずポケットの中に手を突っ込んだ。何をやっているんだ僕は――と、こつん、と何かが指先に触れる。怪訝に取り出してみると、以前アティに贈った指輪を作る為に使った、銀粘土の余りだった。
「こんなものあっても……。いや、使いようによっては……」
銀粘土の余り、それの有効的な使い方の一つを僕は考え付く。
奥の手を上手く制御出来れば――間違いなく、これも武器になる。




