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第050話目―首輪―

なお、主人公の心配は杞憂……。


「ゲーム……?」


 ――そうよ。

 ――それじゃあ、始めましょう。


「――ま」


 待て、と僕がそう言おうとした瞬間。

 女の子がすぅっと消え去り、それと同時に茨が立ち上がり襲い掛かってくる。

 突然の攻撃だが、槍が無いせいで薙ぎ払う事も出来そうには無い――と、そう思っていると、ドパン、と一つの銃声が幾つも重なったような音が響く。


「……急ぎましょう」


 アティの持つ銃の口から煙が上がる。

 こちらに向かって来ていた茨が全て一瞬で爆ぜていた。

 雪が降るかのように、茨の塵が空気中に舞う。

 射撃の腕は知っているし見てきたけれど、こういう速射まで出来るとは思わなかった。……連れて来て良かったよ。本当に頼りになる。


「……何を驚かれておられるのですか?」

「アティはやっぱり凄いなって思っただけだよ」

「お任せ下さいと言ったハズです。それよりも――」

「――器、か」


 それが何を指しているのか、分からないでも無い。

 どう考えても人形(セルマ)の事だ。

 あの青年が先にセルマを見つけるか、それとも僕らが先に青年を見つけるか。

 言葉通りにそういうゲームをしようと言う事なのだろう。

 今しがた茨で邪魔をしてくるような行動を取ったのは、青年が一人に対して僕らが二人だからかも知れない。

 条件が同じでないとアンフェアだ、とか思ってるのかも。

 まあでも、多少の邪魔立てはあっても、このゲームは僕らに有利だ。

 茨の処理はアティに任せられるし、それに加えて相手が見つけようとしている器の場所を把握しているのだから。

 先回りして待ち伏せすれば良いだけ。

 青年にも印をつけているから、近づいてくればすぐに分かる。


「先に部屋に戻ろう。相手の居場所はアティのお陰で分かるし、どこから来るか分かれば待ち伏せが有利になる」

「それには私も賛成です。しかし……」

「どうかしたの?」

「少々、戻るには手間が掛かりそうかと」


 一体どういう事だろうか。

 怪訝に思いながら僕はアティの視線と同じ方向――僕らが通ってきた道を見る。

 すると、すっかりとそれが無くなっていた。

 蠢く茨が道を阻む壁となっている。


「これは……」

「試しに何発か撃って見ます」


 アティが引き金を引いて、引いて、引く。

 吸い込まれるように弾丸が全く同じ一点に着弾し続け、茨が吹き飛び、その先に見えたのは煉瓦の壁。


「……壁ですね」

「道そのものを変化させるって……結構本気で邪魔してくるつもりだね、これ。仕方ない。空いている道を選びながら戻ろう。位置は分かるよね?」

「帰り道が分からなくなるといけませんから、セルマとエキドナにも印を当然つけてあります」



※※※※



 銃口から煙が上がっている。

 何度目だろうか。

 邪魔してくる茨を処理して貰ったのは。


「……弾の残りは大丈夫?」

「沢山撃ってるように見えますけれど、必要最小限に抑えてますので、まだまだ余裕はあります」


 アティがポーチを軽く叩く。

 残弾の心配は無いようだ。


「良かった。今はアティだけが頼りだから助かるよ」

「私……だけ……」

「うん。そうだよ」

「ふふっ、今回に限らずどんどん頼って下さって大丈夫です」

「ありがとう。……それにしても、この茨とか壁が本当に厄介だ」


 道筋を見つける度に茨や壁に執拗に塞がれ、幾度も迂回を強いられていた。

 ある程度はやられるだろうと考えていたけど、あまりに露骨過ぎる嫌がらせ。

 無理やりにでも辿り着かせないという固い意志を感じる。

 ゲームと言うのであれば、多少は抜け道見たいな隙間を残して、こちら側に攻略の糸口を見つけさせて欲しいんだけど。

 これではこちらの有利が完全に潰されている。


「どうしたものかな……」

「確かにこれは少し苛立ちますね……」

「うーん……。相手側の反応はどう?」

「部屋に少し近づいたかと思うと離れたりしています。進路を急に変えたりはしていないようですので、こちら側にあるような邪魔立ては無さそうですが」

「……相手側に邪魔立ては無しか。でも、それでも未だにセルマを発見するまでに至っていない。って事は、特別なヒントとかは無いって事だろうから、なるほど、これで条件の釣り合いを取ったつもりなのかな。……見かけだけ」


 器の場所が分からない側には、ヒントは与えないけれど邪魔もしない。

 逆に、手中であるがゆえに場所を分かっているであろう僕らには、執拗なまでの邪魔立て。

 一見すると対等に仕立てたように見える。

 けれど、蓋を開けて見れば明らかに僕らに不利な状況だと言えた。

 時間は掛かるだろうけれど、相手側はいずれセルマを見つける事が出来る。あくまでヒントが無いと言うだけなのだから。

 だが一方で僕らの側はどうかと言うと、邪魔が止まない限り永久に終わりが無い事になる。そしてそれが止む気配は一向に無い。

 思わず舌打ちの一つでもしたくなって、そしてその時だった。

 ちょうど突き当たりの分かれ道。

 そこから顔を覗かせる半透明の女の子が居た。


 ――ふふっ。


 薄く笑うと、彼女は踵を返して走るように奥へと進んで行った。


「……追いかけて見よう」

「はい」


 どう足掻いても進路を邪魔されるのだ。

 ならば突破口足りえるのは、あの半透明の女の子――神か精霊の類そのものかも知れない。

 まずはアレを追いかけなければ。

 消えない事を祈りつつ、見失わないように僕らは駆け出す。


 ――あら、追ってくるの?

 ――それはどうして?


「だってどうせ何しても邪魔してくるんでしょ」


 ――だって、そうしないと彼が不利じゃない。

 ――条件は釣り合うように公平じゃないと。


「公平……? 明らかに僕らが不利だと思うけど。良くも悪くも、向こうには全く手出しをしていないようだしね」


 ――あら、手出しをしていないってなんで気づいたのかしら?

 ――ああそっか、隣のダークエルフ。

 ――印があれば予測ぐらいは立てられる、か。

 ――ふーん。

 ――あなた達が彼につけてた印、消しとけば良かったかも。


 こちらの手の内を完全に把握している。

 まるで盤面を真上から見下ろしているかのようだ。


「……消しておけば良かった、ね。そこまでしたら、どう見ても完全に不公平になる」


 ――それはあなたから見たらでしょ?


「……何?」


 ――私から見た公平と、あなたから見た公平。

 ――違くて当たり前じゃない?


「……ゲームをしたいのなら、一方からクリアの条件を奪うのはやめた方が良い。それをやってしまったら、それはゲームではなくてただの茶番だよ」


 ――何それ。奪うのをやめろ?

 ――勝手に人のものを奪ったあなたが、それを言う権利があって?

 ――彼は大事にしていたのに。

 ――約束の為に持ってきたのに。

 ――それを無理やり奪ったのに自分の番になると嫌がるの?


 その言葉に思わず僕は口をつぐんでしまった。

 解決の鍵になるかも知れない、そう思ってセルマを持ってきてしまったのは、奪った形になったのは事実だった。

 理由はあったにしろ、それを指摘されては何も言い返す事が出来ない。


「……ただの言葉遊びです。気にされないように」

「……」

「そもそも向こうが街をあのようにしなければ、今回の事態には至っていないのですから。相手の発する言葉に惑わされてはいけません。耳を貸してはいけません」

「……そうだね」


 ――ふふっ。

 ――慰められてるの? 情けない。

 ――あら、良く見るとそこのダークエルフの首輪……。

 ――あぁそういう効果。なるほど隷属させているのね?

 ――と言う事は、奪ったと言う事かしら。

 ――その女の人生を奪ったのよね?

 ――奪ってばかりなのね、あなた。


「……そんなことは無い」


 ――何がそんな事無いなの?

 ――言う事を聞いてくれるから?

 ――自分が喜ぶ事でもしてくれたのかしら?

 ――でもそれは仕方が無いんじゃないの?

 ――だって首輪があるんですもの。

 ――ふふっ。


 執拗に僕の内側を抉りたがって来るのが分かる。

 責められそうな部分を見つけるのが得意なようだ。

 それが相手の手なのだというのは僕にも理解は出来ているものの、こうも抉られると――少しばかりの不安が胸中に芽生える。

 アティとは何度も肌を重ねているし、首輪についての考えも聞いているけれど、もしかすると……それが全て首輪のせいなのかと、僅かにでもその思いが出てくる。

 首輪を外さなくても良いと言う言葉も、無理に外せないのならと、実は機嫌取りの意味も込めて肯定した結果なだけでは無いのか。


「なんと言うデタラメを……。これも信じる必要はありません。……ハロルド様? 大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ……」

「……本当ですか?」


 ――あぁかわいそうなダークエルフ。

 ――その言葉はご機嫌取りの為なのよね?

 ――仕方が無いのね首輪があるから。

 ――でも大丈夫、その枷を私が外してあげる。


 半透明の女の子が――ひょいと手を振る。

 すると、僕の奴隷である事を示すアティの首輪が――割れて落ちた。

 どうやって外すのかさえも分からないそれを、いとも簡単に。

 思わず僕らの足が止まった。


「……首輪が」


 アティが自らの首を撫でる。

 その仕草に僕の心の内の不安が少しずつ膨れ、それに拍車を掛けるような言葉が飛んでくる。


 ――ほうら。

 ――もうあなたは自由。

 ――どうせだから、そこの男を殺しちゃえば?


 にやっと口角を上げる半透明の女の子。

 ごくり、と僕が唾を呑み込むとアティの眉根が寄った。

 まさかとは思うけれど、実は僕の事を……。

 嫌な汗がじんわりと浮き出て、次の瞬間に突如として銃声が鳴った。




「――私がハロルド様に所有されている証を、姿形すらまともに持たぬ陋劣者が誰の許しを得て壊した? ……それになんだ、先ほどからゴチャゴチャとハロルド様の気分を害すような事ばかり喋くりおって。貴様は何様のつもりだ?」


 豹変とも言える程の口調と雰囲気の変化に、敵であるハズの半透明の女の子と僕が一斉に固まる。寒気すらするような――いや、実際に冷気が辺りに充満していた。

 魔術を付与した弾丸をアティが何発も相手に撃ち込んだのだ。

 もっとも、向こうは実体を持たない存在だからか、魔術と言えど効果が無いようだけれど……しかし、周囲の茨が影響を受けて全て凍りついている。

 僅かな振動で、凍れる茨がパキパキと砕けて行く。

 そして、アティの瞳が周りの氷以上の冷たさを放っている。


 ……ど、どうやら、首輪を勝手に壊された事を怒っているらしい。

アティはぶれない女性です。

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作者ついったー

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書籍 一巻表紙
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