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第047話目―傍から見たら誘拐―

暑さでへばってました。皆様もお気をつけ下さいませ。

※※※※


「……おはようございます。あなた様が、わたくしを器とするという御主様ですか?」


 その言葉を聞いて、僕は眉を潜めた。

 突然目覚めたかと思えば、こちらを見て「御主様ですか」と訊いて来る。

 状況が飲み込めない。


「……それはどういう意味かな?」

「言葉通りの意味です。あなた様が御主様で宜しいのですか? 宜しいのであれば、どうぞ私の体をご自由にお使い下さいませ」


 話が通じていない。

 意思の疎通を行う気がまるで見えな――


 ――いや、恐らくは。


 この人形にとって現状で大事な事は、僕が御主様(・・・)とか言う存在なのかどうかだけなのだろう。

 話の辻褄や前後などどうでも良い、そういう雰囲気が感じ取れる。

 どう答えたものかな……。


(……正直に違うと話した場合、どうなるかな)


 そのまま会話が終わるだけで済めば良い。

 けれど、場合によっては戦いに発展する可能性もあるだろう。

 見た目は可憐なお人形だけれど、生物ではない以上その強さは測れない。

 動く鎧人形よりも遥かに精巧な造りである事を考慮するなら、それ以上に強い可能性もある。

 もしもあれ以上だったとしたら、正直なところ武器無しでは戦いたく無い……。

 あるいはアティならば撃破可能かも知れないけど、それが上手く行くとも限らないのだ。

 丸腰の僕が足を引っ張ってしまうかも知れない。


「沈黙は何故ですか? 肯定も否定もしない意図は何でしょうか?」

「いや、僕は……」

「他に特別目立つ気配がありません。であれば、あなた様が御主様なのでは無いですか? 人払いをされたのでしょう?」


 それは呪いのせいでそうなっただけだよ。

 確かに僕らだけしかいないように見えるけども。

 そもそも、別に男が一人いない事も無い。

 地下に行って離れているから分からないだけで。


「――あなた様が私に触れた時に、僅かながらにこの世にあらざる力を感じました」

「――え?」


 この世にあらざる力。

 その言葉に思わず僕の体が固まる。

 人かどうかを確かめる為に触れたのは確かだが、そんな力を持った記憶も使った記憶も無い。


「何を驚くのですか? ですから、私がこうして目覚めているのです。だからこそ、あなた様が御主様かと問うているのです」


 薄い桃色と淡い紫色が混じったような虹彩。

 人形だからか、磨いた宝石のように美麗な瞳だ。

 そこに反射して僕とアティが映っている。


 しかし……これは困った。

 さらに混乱するような情報を出されてしまい、僕の眉間に皺が寄る。


「……ハロルド様、少し宜しいですか」


 僕が答えに窮していると、アティが耳打ちをして来た。


「……なに?」

「この世にあらざる力とは、もしかして、奥の手と関係があるのでは無いですか……?」


 言われてハッとする。

 確かに【穿たれしは国溶けの槍】は、別の次元から力を取り入れて放つ代物だ。

 この世にあらざる力と言われれば、その通りだろう。

 それを僕が使えるから、そこに反応して目覚めた、と言う事なのだろうか。


「こうなると……ヴァレンさんの推測が現実味を帯びてきましたね」

「精霊か神のどちらかが元凶って話の事?」

「はい。この世にあらざるとなると、魔力呪力の類では恐らく反応しないと思われます。特別な力があって初めて目覚めると言う事でしょうから、そこに該当しそうな力を行使する存在はその二者の可能性が高いかと」


 なるほど……。

 しかしそうなると、次力と言うのはそれらが持つに近い力なのか、あるいは非常に似通っていると言う事にもなる。

 自爆覚悟の奥の手としてしか認識していなかったけど、この力の意外な本質が垣間見えた気がする。

 実は思っていたよりも凄い力の可能性が出て来た。


「……そしてそれは、人の身には余る類の力でもあるようですね」


 その点に関してはその通りだろう。

 使用後の副作用があまりに酷過ぎる力なのだから。


「――密談の腰を折るようで悪いのですが、ともかく、私からすればあなた様が御主様である可能性が非常に高いのです」


 コホンと軽くせき払いを一つしてから、人形が話に割って入ってくる。

 そう言えば、僕はまだ何も答えていなかった。


「……お答えにはなりませんか。何かご事情があるとお見受け致します」


 好意的に解釈してくれたようである。

 ついでに、その解釈に乗っかって一度この場から引き下がる事にしよう。

 地下に向かったあの男が気になる事は気になるけれど、深追いはここまでだ。


「そうだね。ちょっと事情があってね。……君を残すようで悪いんだけど、僕らは立ち去る事にするよ」

「いえ、それには及びません。深いご事情があるのであれば、詮索は致しません。暫定的にあなた様を御主様と認定致します。ついては、時が来るまでの間お供をするまでの事」

「……え?」

「何を驚かれるのですか? 私をお求めになるその時が来るまで、お傍にいるとお伝えしております」


 その理屈はおかしいと思う。


「いや別にお供しなくて良いよ」

「なぜですか? 私の何がお嫌いなのですか?」


 身長差があるせいか、上目遣いでジトッと見つめられる。

 表情にも仕草にも違和感が何一つとして無い。

 まるで、本当に生きている見たいだ。


「嫌いとかそういう事では無いよ。……それに、君は僕を御主様かも知れないと言うけれど、もしも違ったらどうするのかな?」


 ここまで迫られるのは予想外である。

 なので、少し例え話で探って見る事にした。


「違う場合……そうですね、その時、私はどうすれば良いのでしょうか?」


 僕の問いに人形がきょとんと目を丸くする。

 その判断を他人に委ねようと言う心情が分からない。

 人形だからだろうか?

 まあともかく、この様子だと本当の事を言っても大丈夫そうだ。

 少なくとも敵対される事は無いだろう。


「あなた様以外の他の誰に聞けば良いと?」

「本当の御主様とか」

「本当の……? あなた様は違うと仰るのですか?」

「そうだね。僕は違う」


 きっぱりと断言する。

 すると、人形は隠す様子も無く落胆した。

 これで諦めてくれるかな。


「そう、でしたか……」

「ごめんね」

「いえ……。しかし、あなた様からこの世あらざる力を感じたのは事実。やはり、どうにもあなた様が私の御主様のような気がしております。ですので、どうぞお供をお許し下さいませ」


 どうあっても付いてこようとするその姿勢に、僕の顔が引きつる。

 どのようにすれば引いて貰えるだろうかと、そう僕が思考を巡らせていると――アティが助言を一つ。


「……先ほどの男がここを通ったのが『あえて』だとしたら、この人形は一連の現象と何かしらの関わりがあるのかも知れません。敵対の意思は見受けられませんし、いっそのこと連れて帰るのも一つの手かと。ヴァレンさんに意見を伺って見ましょう」


 なるほど、そういう考え方もあるのか。

 確かに何かしらの関係がありそうで、向こうから付いて来てくれると言うのならば、連れて帰っても良いのかも知れない。



※※※※



「――すっごーい。こんなの初めて見た」

「――なんじゃ、その人形は」


 自らのドレスの裾を掴み、ぺこりと頭を下げる人形。

 それを見て、ヴァレンとセシルの二人は感心したような声を上げる。


「御主様のお知り合いの方と存じます。以降お見知りおきを」

「御主様とな……一体どういう経緯でこんな事になっておる?」


 ヴァレンの疑問はもっともである。

 僕が彼の立場であっても同じ事を訊くだろう。

 まあとにかく、一通りの経緯を説明する事として、それから意見を伺う事にした。

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作者ついったー

こちら↓書籍版の一巻表紙になります。
カドカワBOOKSさまより2019年12月10日発売中です。色々と修正したり加筆も行っております。

書籍 一巻表紙
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