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第046話目―あなた様が御主様ですか?―

※※※※


 咽ぶような声を上げる男。

 緑に包まれた人々ばかりの中で、この男だけがそうでは無いようだ。

 痩身痩躯の華奢な男。

 どうやら彼は呪いの影響を受けていないらしい。

 もしかすると、現況の原因となった人物だろうか?


「何か怪しいね……」

「はい……。偶然居合わせた人物、という風にも見えませんし」

「そうだね」


 アティとお互いの認識を確認し合う。

 この港街にたまたま来ただけの男と言う可能性は低い。

 仮にそうだとすると、驚くような様子はあっても、このような声音を出す等とは思えない。

 だから、何かある人物である事は間違い無い。


「念のために、後を追えるようにしましょう」


 眼を細めると、アティは右手の人差し指を僅かに振る。

 すると、目を凝らさないと見えない程に極小の光の粒が一つ現れ、すぅっと男の体の内に入り込んだ。

 これは”印をつける”とか言う、あの魔術だ。

 この魔術は気づく事が容易では無いらしく、普通はいつ付けられたのか分からない。

 効果が切れる度に僕にも付け直しているらしいけど、気づけた試しが無かった。

 そして、それはこの男も同様らしく、特に勘付いた様子は見受けられない。


「探して来たのにっ……! 死にもの狂いで、探して来たのにっ! ……約束を忘れた事なんて、一時たりとも俺には無かった!」


 慟哭と共に、男は幾度も床に拳を叩きつけ始めた。

 どうにもならない感情、そのぶつけ先を探しているようにも見える。

 一体何があったのか……。

 そうは思うものの、まさか飛び出るワケにも行かず。

 僕らは息を潜めて窺い続ける。

 すると、男はしばらくそれを繰り返した後に、一度呼吸を整え、ふらふらとした足取りで建物の奥へと入って行った。


「……どうされますか?」


 アティが判断を委ねて来る。

 ”印”をつけた以上、焦って追いかける必要は無い。

 ヴァレンやセシルと合流してからでも遅くはないだろう。

 しかし、どうせなら少しは情報を持って帰りたい気持ちもあった。

 僕は少しのあいだ考えて、アティに一つ質問を投げかける。


「今の男どう思う?」

「どう……とは?」

「強いかどうか」


 それは、追うかどうかを決める最重要項目だった。

 強く無いのであれば、多少は深追いしても大丈夫ではある。

 しかし、もしも腕が立つのだとすれば、ヴァレンとセシルが居た方が良い。

 ただでさえ、武器が無い僕は足手まといになりがちである。

 それを避ける為にも、事前に把握するのは大切だった。

 アティに意見を貰うのは、僕より正確に相手の力量を見極められるだろうからだ。


「そう、ですね……」


 アティは「むむ」と口元を掌で覆うと、ややあってから言葉を続けた。


「――身体的特徴を見る限りでは、武芸者として強いという事は考えにくいです。そして、”印”に気づけなかったようですので、魔術的な素養があるわけでも無いと思います。……まあその、後者に関しては絶対とは断言出来ませんけれども。ただ、仮に術師だとしても、そこまで高度に熟達した者では無いのは確かです」


 なるほど、と僕は相槌を一つ打つ。

 大した脅威で無いのであれば、引く理由も無い。


「分かった。それじゃあ、あと少しだけ追いかけて見よう」


 僕が決断を下すと、アティが頷いて、続いてエキドナが「ぎぅ」と鳴いた。

 そう言えば、この場所を発見したのはエキドナだった。

 どういった理屈なのかは分からないが、中々に優秀な子である。

 ありがとう――と言って頭を撫でると、嬉しそうに瞬きを繰り返して、再び服の中に潜り込んで来た。

 もぞりと動く感触が大きい。

 最近微妙に大きくなって来ているのが分かる。

 服の中に仕舞い続けるのも、限界が近いかも知れない。



※※※※



 窓から侵入を果たした僕らは、慎重に男の後を追う。

 道中に罠のような類は無く、非常に安定した足取りで、まもなくも進むと突き当たりに一つの部屋を見つけた。

 印を辿って追って来たのだから、この中に男が入った事は間違い無い。

 僕は様子を窺おうとして、


「……反応が少しおかしいですね」


 訝しげなアティの呟きに、手を止めた。


「……おかしい?」

「はい。この部屋を通って、そこから男は下へと向かっています」


 窓から侵入した時点で判明しているけれど、ここは一階部分だ。

 後を追っている最中にも、階段を昇り降りもしていないし、段差のあるような通路も無い。


「地下かな?」

「恐らくは……」


 どうやらこの部屋には男は居ないようだ。

 それは確定だろう。

 しかし、警戒を完全に解いて良いワケでも無い。

 おそるおそるに扉を押し開けると、中はツタの這う石造りだった。

 そして、その中央には椅子が一つあり――そこに座っている人物が一人。

 暗めの色の質素なドレスに身を包んだ彼女は、アティよりも幾らか幼い感じの女の子だった。

 扉を開けた事で入ってきた風によって、この子の薄紫色の髪がさらさらと揺れる。


「これは……」

「人……でしょうか?」

「分からない。生きているのかな。確かめよう」

「はい」


 生きているなら、事情を聞けるかも知れない。

 茨に包まれていないという事は、彼女もまた原因の一端なのかも知れないのだ。

 罠の類が無さそうな事を確認してから、僕はゆっくりと近づいて触れる。

 すると、無機質で冷たい質感があった。

 明らかに人間のそれでは無く、良く見ると関節部には隙間が見える。

 どうやらこれは人では無く、


「……これ、人形だよね」

「なぜこのようなものが……」


 人形と言うと、思い出すのは動く鎧人形。

 しかし、これはそれと違って、限りなく細部に至るまでが人に近い。

 少しだけ離れた場所から見れば、人間と何ら見分けが付かない程である。

 アティの反応を見る限りに、この人形は魔術で造られたようなものでも無ければ、迷宮の中に出る魔物の類でも無いようだ。

 思わず僕は顎に手を当てて考え込む。

 すると、突然に人形の眼がゆっくりと開いた。

 思わず僕らが警戒態勢に入ると、人形はそれを一瞥してから、


「……おはようございます。あなた様が、わたくしを器とするという御主様(おしゅうさま)ですか?」


 そんな言葉を喋った。

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作者ついったー

こちら↓書籍版の一巻表紙になります。
カドカワBOOKSさまより2019年12月10日発売中です。色々と修正したり加筆も行っております。

書籍 一巻表紙
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