第044話目―茨の街―
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魔物の大行進については、諸々が解決。
その後にアティとイチャついていたせいで、僕は大事な事を忘れてしまっていた。
それに気づいたのは、賢獣の集う島からは船が離れ始めて、一日か二日経った頃の事。
ショバンニからの贈り物である、魚の干物を食べながら、僕はふとして呟いた。
「……そういえば、また槍が無くなった」
そう――【穿たれしは国溶けの槍】を使ったお陰で、槍が溶けて無くなってしまっていた。
安物の槍だし、別に愛着があるわけでは無い。
ただ、次の武器が無くて良いというワケでは無いのだ。
そう言えば、船内には色々な店がある。
武器を取り扱っているような店があるかも知れない。
そう思って、僕は一人で船内をウロついて見る事にした。
ちなみに、
「何かあったら事なので、お傍に――」
と、アティからそんな言葉を貰ったけれど、船内では特に危険なことも少ないので、小一時間かけて説得した。
心配をされるのは嬉しいけれど、され過ぎると自分が情けなくなってくる……。
なんとも言えない気持ちになりつつも、欲しい物があったら買ったら良いよと、アティにもお金を幾らか渡して見た。
ぷぅ、と頬を膨らませていた姿は可愛かった。
さて、そして。
船内を回っては見た結果。
残念な事に、武器を取り扱うような店舗が一向に見当たらなかった。
……色々な店が入っているから、一件くらいはあるだろうと思っていたけど、どうにもその願望は外れてしまったようだ。
そう上手くは行かないらしい。
しかしこんな事になるのであれば、出航する前に、あの島で店を巡っていれば良かったかも知れない。
「……なんて思った所で、後の祭りだけどね。まあ、港に着いたら買えば良いか」
西大陸の港町に着けば店もあるだろう。
だから、それまでの我慢だ。
僕は甲板の上で手すりに背中を預けると、息を吐く。
すると、隅の方で賽を振る賭け事をしている連中が見えた。
「――嬢ちゃん強ぇな。スゲェ運だ」
「――運じゃないよ、実力っ! 私は目が良いからね」
「――ウソつけ、賽が入る瞬間が見えるワケねぇだろ! どんだけ目が良いんだよ!」
「――イカサマ禁止だぜ嬢ちゃん」
「――してないよ? そんな事しなくても勝てるし」
セシルが何かやってた。
楽しそうなのは良いんだけど、
ヴァレンにバレたらお小言を言われるんじゃないかな。
まあ別にどうでも良いけど……。
「……それにしても、良い天気だ」
僕は顔を上げる。
曇り一つない空が映り、その彩りは二色で作られていた。
一つが青でもう一つが灰。
その差異を明確に感じて、僕は心の中でこう問いかける。
この眼……いつか治るだろうか?
簡単に答えが出る問いでは無い。
けれども、僕はそんな事を考えていた。
それから少しの間ぼんやりとして、飽きた頃に部屋へと戻る事にした。
「お帰りなさいませ、ハロルド様」
そう出迎えたくれたアティの顔を、僕は何の気なしに見つめる。
「あ、あの……?」
「ああいや、何でも無いよ。ただ綺麗だなって思って」
僕はそっとアティの頬に触れる。
彼女の持つ森色の瞳が、いつも以上に綺麗に見える。
でも、それを認識出来る僕の眼は今や片方だけだ。
両眼でそれを味わう事が出来ないのだ。
それは少しだけ……悲しい事に思えてならなかった。
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もう少しで港町に着く。
甲板に出れば、視界に港町が見えてくる。
いよいよ、この長い船旅も終わりなのだが――しかし、どうにも周囲の様子がおかしくなりつつあった。
今は昼頃だと言うのに、辺りを濃霧が覆っている。
海霧と言う現象だろうと誰かが最初に言い、乗客を含め皆が納得したような顔をしていたのだが、次第にどうにも「これは違うぞ」と言う話になった。
遠くに見えた港街も、近づくにつれて、妙に緑がかっているようにも見えた。
不安を胸に抱いたまま船は港町に辿り着く。
そして、タラップが降ろされて、降り立った一同が揃って驚いた表情になった。
――茨。
――茨、茨。
――茨、茨、茨。
大量の茨のツル、それが街中の全てを覆っていたのだ。
これが緑色に見えた原因だったようだ。
一体どういう事なんだろうか……。
怪訝に思いながらに辺りを見回すと、建物だけでは無く、街の人々も茨のツルに絡めとられているのが分かった。
しかも、まるで石像のように固まっている。
さながら時間が止まっているかのようだった。
「……これは一体」
アティが呟く。
魔術に造詣もあるアティが、すぐに見当をつけられない。
と言う事は、少なくとも、これは魔術的なものが原因では無いのかも知れない。
ただ、それは謎が深まる事を意味していて、戸惑いだけが残る。
バレスティー号から降りてくる人々の中にも、原因を究明出来る者は居ないようで、全員が困惑顔だった。
しかし、その中にあって、ただ一人だけ落ち着き払っていた人物が居た。
――ヴァレン・マイヤーズ。
先代剣聖であるこの老人は、自らの顎をしばし丁寧に撫でてから、ぽつりと言う。
「――なるほどのう。この手の呪いは久方ぶりに見る。どこぞから怒りを買ったか」
どうやら、ヴァレンはこの状況について分かる事があるようだ。
今回は文字数少なくてすみません。でも短いながらに西大陸の港町まで話を進めましたので許して下さい。




