第042話目―もう一匹―
前回のあらすじ→ハロルドが奥の手を使って倒れた。
※※※※
目が覚めると、僕はベッドの上に居た。
僅かな篝火の明かりが、部屋の中を照らしている。
意識を失った後に、僕はバレスティー号にある自室まで運び込まれたようだ。
僕がこうして横になっていると言う事は、特に問題も無い帰路だったと言う事だろう。
「……ハロルド、さま」
アティの声が聞こえた。
ぎこちなく首を動かしてみると、椅子に座ったまま、ベッドのシーツに突っ伏しているアティが目に映る。
今のは寝言らしい。
薄っすらと、アティの目元に涙の粒が浮かんでいるのが見えた。
……色々と、心配をかけてしまったかも知れない。
倒れた後の事は任せると言って、そのまま奥の手を使ってしまったのだ。
感謝の意味を込めて、僕はアティの頭を撫でようとして――自らの手が、痺れて動かない事に気づいた。
思うように動いてくれない。
他にも、瞼が上がっているのが実は左だけで、右瞼が上げられない状態になっていた。
上げようとすると痛くて堪らない。
(……威力を少しも抑えなかったせいかな)
以前にも増して威力が出る、と察しながらも全力で放ってしまったのだ。
どうせ使えば倒れるのだから、と気にせず使った。
今の容体は、その代償だと言えた。
僕は痛んだ自らの体を感じて、少し考える必要があると思った。
旅を続けていく中で、恐らくはまた、この奥の手を使う機会がくるだろう。
アティを手に入れてから、この短期間で既に二度も使っているのだから、これで最後と言うのは考えにくい。
楽観視は出来ない頻度で使っているのだ。
だから、被る事になるこの代償は、大きな欠点でしかない。
つまる所、考えるべき事と言うのは、奥の手の使用時の制御についてだ。
僕は記憶を頼りに、【穿たれしは国溶の槍】を教わった時の事を、少し思い出して見る事にした。
確か、あの時は父が実演してくれたのだった。
そしてその時、父は満身創痍になどなってはいなかった。
親子と言えど出来が違うから、無理をしないで精々奥の手にでもしておけ、と言われたのも覚えている。
ともあれ、この技は制御自体が不可能と言うワケでは無い。
僕がどのように使っても代償を被ることになるのは、体に異常が出ないほどに抑える、と言う細やかな使い方が出来ないからだ。
もっとも、今更それを改善にしようにも、その術を訊く事はもはや叶わない。
……まさか、食い下がってでも教えて貰うべきだったと、今になって後悔するハメになるとは。
――と、そんな事を考えていると、徐々に体の痺れが薄れていく感覚があった。
あと幾らか休めば、いつも通りに動けるようになる。
もう一眠りでもすれば、いつも通りの体調になる事だろう。
しかしまあ。
すぐに頭を撫でたいのに、撫でられない。
目の端に浮かぶ涙を掬ってあげたいのに、掬う事が出来ない。
これは、なんとも歯がゆい気持ちになるものだった。
――ぎぅ。
今のいままで、ずっと服の中に隠れていたままだったエキドナが、ふと鳴いた。
※※※※
再び目を覚ました時――僕の顔を見るや否や、
アティが抱きついて離れなくなった。
じんわりと目の端に溜めた涙の粒が、
少しずつ大きくなっているのが見て取れる。
「……初めて見ましたが、凄く危険な技だと言う事は見て分かります。……以前説明して下さった、奥の手、と言うヤツですよね? ……出来れば、もう二度と使わないで下さいと言ったハズですが」
確かにそんな事を言われた気がする。
しかし、僕はその時、絶対に使わないとは約束しなかったと思う。
まあ、約束してても、使わなきゃいけない時には使うけれども。
……もっとも、だとしても、今回は僕も考える所があった。
だから、
「……分かった。あの技は、倒れなくても使えるようになるまで、使わない。制御が出来るようになるまで使わない」
そう約束する事にした。
さすがに、今のペースで使い続ければ、確実に僕の体は壊れてしまう。
いずれ、代償が死を伴う所まで行くかも知れない。
それは僕も望む所では無いからだ。
実は、体の不調の大部分は消えたものの、一点だけまだおかしい箇所があった。
これはアティには言えないけれど――僕の右目がおかしくなっている。
痛みは消えたものの、色が認識出来ない。
左目が無事なせいで、色彩に関して変な齟齬が発生していて、見える景色がおかしい。
一方が鮮やかで、もう一方が黒と白だけの世界。
まあ、失明したワケでも無いから、まだ確たる不便は無い。
ただ、こうした後遺症の積み重ねが起きれば、最後に自分の体がどうなるか分からない。
それは感じていた。
「本当ですか……?」
「うん。……どうしても使わなきゃ駄目な状況でも、他の方法がないかひとまず考えてみる事にする」
アティの頬に触れながら言う。
すると、少しは落ち着いてくれたようで、徐々に涙が引いていった。
「僕だって死にたいワケでは無いからね。……ところで、あの杖とか、アンナネルラさんは?」
奥の手に関しては話を一旦終わらせるとして。
そもそも、これを使う原因となった今回の件がどうなったのか。
僕はその事について訊いた。
「ええと、それなのですが……」
「どうかしたの?」
「あの後、杖を使ってアンナネルラさんが結界を張りました」
なんと。
僕が倒れている間に、色々と話も事も進んだらしい。
まあでも、目的がきちんと遂行されたのであれば、特に不満は無いけれど。
魔物の大行進を止められたのであれば、それで良い。
旅の支障を排除する、と言うのが僕側の目的でもあったし。
「しかし……」
言葉を続けようとしたアティが、途端に言い淀む。
どうしたのだろうか。
「魔物を近寄れなくする為の結界のせいか、魔物そのものであるアンナネルラさんが……」
彼女の身に何かが起きたらしい。
しかし、僕としては驚きは少なかった。
魔物であるアンナネルラが、魔物避けの結界を張る。
そんな事をすれば、何かしらの不幸が付きまとう可能性は十二分に考えられるのだ。
その予測は僕も初期の段階でしていた。
「まさかああなるとは、私も驚いたのですが――」
と、アティがそこまで言った所で、突然に、部屋の扉がバンっと開かれた。
二匹の猫が入ってくる。
その内の一匹には見覚えがあって、ショバンニだ。
けど、もう一匹には見覚えが全く無い……。
僕は良く分からない状況に、眉を寄せる。
すると、ショバンニでは無い方の猫が、
「――私が誰か分からないって顔してるわね。私よ私。アンナネルラ」
自らがアンナネルラなのだと、そう告げた。
宣言した通りに、ショバンニとアンナネルラの結末は悪くない方向に。
※、定期更新を考えております。どういう風に定期更新をするか定まるまで、ひとまず二日~三日に一話のペースでの投稿となります。ご迷惑お掛けしております。すみません。




