第041話目―二度目―
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入り口で使ったような、魔術の付与による撃破は望めない。
鎧人形一体だけが相手ならば、後は目的を果たして帰るだけなのだから、その手も考慮する。
けれども、この状況下では気がかりな事があった。
それはあの老人である。
魔術付与の一撃には、準備に時間が掛かる。
僕が鎧人形を抑えたとしても、準備をしている間に、あの老人に横槍を入れられたら失敗に終わってしまう。
先に老人をアティに殺って貰って、と言う手もあるけど……、でも、それは僕が言うまでもなく、既にアティが試してくれていた。
ただ、結果は芳しくは無く。
「ふんっ、小癪な。その手の攻撃への対策など持っておるわい!」
「……どうにも厄介な魔術を使うようですね」
見事に銃弾は弾かれていた。
あの老人はどうにも魔術が得意なようで、障壁のようなものを張り続けているらしい。
しかもそれに加えて、火球のような魔術も行使している。
アティは上手くそれを避けていた。
「――しかし、硬いのばっかりだなあ、最近の相手」
「――ギギッ……」
動く鎧人形に一撃を加える度に、掌から腕にかけて痺れが伝わる。
まるで石か岩に攻撃しているみたいだった。
しかも、生物では無いからか、その動きは非常に不自然で不規則。
それでも上手くやれているのは、僕が昔に近づいているお陰だろう。
……ただ、それだけでどうにかなる相手とも言えず。
こいつらを倒し切るには、形勢をひっくり返せる一手が必要だった。
自由に動けそうなアンナネルラに、何かしら動いて欲しい感じはある。
しかし、元から「得意では無い」と言っていただけあって、彼女には戦闘能力が見込めない。
事実――アンナネルラは、この状況を傍観しているだけ。
出発前に、命に賭けてもみたいな事を言っていたようだけど、正直これではすぐにやられてしまっていたとしか思えない。
だからこそ、命賭けのつもりだったのだろうけど……。
「かかかっ、よう粘るのう。なるほど、ようし、ならばこれでどうじゃ……」
老人は、裾の下から指揮棒のような物を取り出すと、ひょいと一振りした。
すると、僕と攻防を繰り広げていた動く鎧人形が後ろに下がった。
「うん?」
一体何だろう。
僕が怪訝に眉を潜めると、辺りに落ちている朽ちて崩れていた壁岩や煉瓦が、動く鎧人形の体に吸収されて行き――瞬く間に巨大になった。
先ほどと比べて、ゆうに五倍はある大きさ。
ここが天井が高く面積も広い大広間で無ければ、部屋が壊れている事だろう。
「えぇ……」
「これは……」
「かかかっ、ほれ、ワシを安全な所まで乗せぬか」
老人が命令を下すと、動く鎧人形は片手で彼を掬い、自らの肩に乗せた。
そして――ズシン。
質量の濃さを物語る足音を立てて、こちらと向かってくる。
巨大化する際についでに造ったらしい、石の大剣を片手に握ってもいる。
これはちょっと、普通に戦うには厳し過ぎる……。
「……ところで貴様ら、この杖を狙って来たのだろう? おこがましいにも程がある。ワシですら触れる事が恐れ多い王の杖なるぞっ」
老人が、玉座に刺さる杖を指して言い――、
「――っ、魔物の大行進が起こりそうなのよ! その杖があれば、どうにかなるのだから、使うぐらい構わないじゃない!」
今のいままで傍観していたアンナネルラが叫ぶ。
それは、真に迫る言葉に聞こえた。
隠し事はあれど、当初の目的に偽りは無い事が見て取れる物言いだ。
思わず槍を握る手に力が篭る。
しかし、そんな僕らを見て、老人がせせら笑う。
「かかっ、魔物の大行進とな? ハッ、確かにそんな気配もするのう。……じゃが、それがどうした? ワシにはこの杖を祀る恩義がある。この城を見守る愛がある。魔物なぞいくら押し寄せようが、この城と杖だけは守り抜こうぞ。ゆえにそのような事情、王の杖に触れて良い理由になどならぬわっ!」
老人には老人なりの理屈があるらしい。
その口調はとてもハッキリとしていて、決して僕らと相容れる気はないのだと、そう語っている。
なんとも分かりやすいスタンスだ。
こうも明確だと、悩む余地が無いので逆にやりやすい。
「……っ」
アンナネルラは、口元をきつく結んでいた。
駄目もとであるのは分かっていそうだけれど、心のどこかでは、耳を傾けて欲しかったのかも知れない。
それが優しさからなのか、あるいは、安全に済ませると言う利益を求めたがゆえなのか。
それは分からない。
僕は、改めて巨大になった動く鎧人形を眺める。
そして、ある事に気づいた。
老人も動く鎧人形も、今なら一塊になっていることに。
あまり使いたくは無い手だけれど、これを一気に打開する手立てを僕は持っている。
巨大化してくれたお陰で、逆に良い的だ。
「アティ、倒れた僕をお願い」
「……え? 倒れるとは一体――まさかっ」
「そのまさかだね。こいつら以外には敵はいなさそうだし、使っても大丈夫……だと思う」
「や、やめてくださいっ――」
僕はアティの制止を振り切る。
そして、動く鎧人形の一振りを避け――投槍の構えを取った。
使い方はあの時と同じだ。
体中の全神経と筋肉を引き締め、それから、この世界とは別の次元から力を取り入れる。
前回よりも、少しばかり高い威力が出そうな感覚がある。
しかし、限界の威力で放てば、代償もそれ相応のものになるだろう。
とは言え、僕に出し惜しみをするつもりは無かった。
今の僕では、威力の是非に問わず、倒れる事に変わりは無い。
なら、確実に滅せる威力を出すべきだと言う判断。
体中の肉が裂け――所々の血管から血が噴き出す。
脳みその中の熱が急激に増して行き、眼と耳からは血が垂れ流れ始め、激痛が襲う。
目の前の景色が、色を失いぶれる。
「――な、なんだ、それはっ」
「――何それ……」
「――それは駄目ですっ!」
あまねく肉体への警告に耐え、僕はこの次力を短槍に無理やり押し込めた。
短槍は蒸気を発する程に熱を帯びると、その穂先や柄がドロリと溶け出し、落ちた液体が床を焦がす。
「――【穿たれしは国溶けの槍】!」
僕の放った黒紫の稲妻となった投槍は、
辺りの空間さえも捻り溶かしながらも、
見事に動く鎧人形の上半身と、その肩に乗る老人を溶かし尽くす。
「――っっ」
そして、その勢いのまま突き進み、城の上側をも吹き飛ばす。
一瞬で終わった。
相も変わらずのデタラメな威力で、全てを溶かしつくした。
ぽっかりと空いた城の大穴から、海水が大量に流れ込み始める。
恐らく【穿たれしは国溶けの槍】が、城と海を隔てていた壁のようなものも、溶かしてしまったのだろう。
「ハロルド様っ!」
アティが慌てて駆け寄ってくる。
しかし、まだ忘れてはいけない事が一つある。
「あ、あと、こ、これだ、け……」
失いそうになる意識をなんとか保ちつつも、
僕は、玉座に突き刺さっている杖を手に取り――そのまま、意識を失った。




