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第040話目―十年前の強さ―

昨日更新出来なかったので、今回は文章多めにしました。許してください。

※※※※



 城内は朽ちかけていた。

 壁の石や煉瓦が、ボロボロと崩れている。

 生い茂るように育った雑草が、床の隙間からは生えていて、そこから、相当な年数が経過している事が分かる。


 僕ら以外に、生きている者の気配は無く、非常に静かだ。

 コツ、コツ、と、一歩の音を鮮明に響かせながら、探索はつつがなく進行する。


 食堂のような場所、酒樽部屋、使用人部屋……それらを周る。

 見れば、要所要所には様々なものが残っていた。

 埃の被った食器の類や、生活用品、あるいは装飾品。

 それらを手に取ってみると、土くれが崩れるかのようにボロボロと欠けていった。


「うわ……」


 思わず、そんな言葉が口から出る。

 しかし、調度品の類も、城そのものと同じ年月を経ているのだろうから、こうも寂びれてしまうのも無理は無い。

 むしろ驚くべきは、これらが、今の今まで盗られる事もなく残っている事だろう。

 とは言え――


(まあでも……海底の中にこんな城があるなんて、誰も思わないか。海底の中を自由に進める手段があって、なおかつ偶然に見つけた場合にのみ辿り着ける場所がここなワケだし)


 ――考えても見れば、宝探しで引き当てるにしては、難易度が高すぎる。

 アンナネルラがこれを発見出来たのは、彼女が人魚であるからだ。


「……ボロボロなモノが多いね」

「……年代を感じますね」


 仄かに香る城内の時代を感じつつ、僕らは探索を進めた。

 すると、凝った装飾の扉の前で、アンナネルラが歩みを止める。


「何だか、ここにありそうな気がする……」


 何かを感じるらしい。

 僕には良く分からないし、アティも少し困惑顔になる。

 ともあれ、お目当ての物に当たりをつけられるのは、アンナネルラだけだ。

 その彼女が言うのだから、何かあるのだろう。


 ゆっくりと扉を押し開ける。

 すると、中には金銀財宝がところ狭しと置いてあった。

 どうやら、宝物庫らしい。

 これなら確かに、何かありそうだ。


「……あるかしら」


 アンナネルラが、がさごそと部屋を漁り始める。

 一見すると、部屋の中のお宝は、調度品と同じく朽ちているものが多い。

 しかし一方で、無事そうな物も多く見えた。

 保管状態が良いとでも言えば良いのか。


 ……正直、出来れば持ち帰りたい欲が湧かないでも無い。


 お金が手に入るなら、それは良い事だ。

 手持ちのお金はあるだけあった方が良い。

 旅も楽になる。

 しかし生憎な事に、こうした状況は予期しなかったので、持ち帰る為の準備をしていない。

 今回は断念する他にない……。

 まあ、元々の目的はこれでは無いから、諦めもすぐにつく。


「……僕らには何がなんだか分からないし、素直に待」


 その時だった。

 変な違和感を感じた。

 それは、丁度アティが背にした壁からで――


「――危ない」

「えっ? ――」


 思わず。

 僕はアティの手を引き、抱きとめた。

 突然の僕の行動に、アティの表情が驚きで埋め尽くされる。


「ハ、ハロルド様……い、いきなり何を」

「後ろ」


 僕が指差した先は、先ほどまでアティが背にしていた壁だ。

 そこから、細く短い針が一本だけ突き出ている。


「あれは……」

「罠のようだね」

「す、すみません。警戒を怠ってしまって……」

「次から気をつけないとね……」

「はい……」


 アティと言えど、常に蝶を飛ばしているワケでは無い。

 なるべくは魔術を節約する方針、と言うのは前に一度聞いている。

 だから、今は使っていなかったのだろう。

 

 ここは迷宮の中でも無いし、入り口以降には敵らしい敵も全く出てこなかった。

 そのせいで、少し気が緩んだのかも知れない。

 ともあれ、僕が気づけて良かった。

 アティに怪我が無い事を確認してから、僕はゆっくりその頭を撫でる。


「あ、あの……」

「怪我が無くて良かったよ」


 僕がそう言うと、アティは俯く。

 もしかして、気づけなかった事が不甲斐ない、とでも思っているのかな。

 少し落ち込み気味だ。

 こうした事については、自身の方が経験があると思っていた部分も強いのだろう。


「本当に良かった良かった」

「……はい」


 アティの背中をぽんぽんと軽く叩く。

 何事も無いのであれば、それが一番良い。

 気落ちする必要は無いのだと、こうして僕から態度で示す。


 ……ところで、自分自身の事ながら、良くあの違和感に気づけたと思う。

 けれど、振り返って見れば、ここのところ色々と戦いが多い日々が続いた。

 迷宮に入ったり、セシルと一合交えて見たり、異人館での一件を経たり、ヴァレンとも手合わせをした。


 槍の鍛錬をしなくなってから、十年。

 十年分のブランクがある。


 当時の自分が、どれだけ強かったかはわからない。

 比較対象が父しか居なかったからだ。

 ただ、今よりは強くて、今よりも色々な状況に反応出来るのは間違いない。

 何だか、その時に少しずつ戻りつつある気がする。


「でも、罠か……」


 僕は呟くようにそう言う。

 すると、僕の胸でうずくまっていたアティが顔を上げた。

 先ほどまでの落ち込んだような様子は無く、もう切り替えが出来ているようだ。


「……もしかすると、城内に何者かが居るのかも知れません」

「そうだね。昔の罠が残っていたまま、と言う可能性もあるけれど」

「このような普通の通路に罠とあれば、元からあるようなものには思えません……」

「確かに……。思えば、入り口に動く鎧人形が居たのも……」

「ええ、その可能性の方が高いと思います」


 僕とアティが抱いたのは、『この城内には何者かが居るのではないか』と言う疑念だ。

 もっとも、それはあくまで推測の域を出ないけれど。


「――ねえ。なに抱き合ってるの?」


 突然、背後から言葉を掛けられる。

 僕はびくっと驚いて振り返った。

 視界に入ったのは、ジトりとした眼のアンナネルラ。

 ……確かに、僕らは抱擁したままだった。


「……たまたまです」

「……ええ、なんでもありません」

「へぇ……」

「と、ところで、お目当ての物はありました?」


 取りあえず、上手く誤魔化す事にした。


「はあ……。まあ良いわ。それで、お目当てのものだけど一応は見つけた」


 見なかった事にしてくれるらしい。

 ありがたい。

 さてそして、僕の問いに対して、アンナネルラが一つの玉を見せて来た。

 飴細工のような小さな玉である。


「……これがあれば、結界とやらを張れるんですか?」


 元々の目的はソレだ。

 これがあればそれが可能、と言う事で良いのだろうか?


「いいえ」

「え? でも、いまお目当てのものって……」

「確かに言ったわ。でもこれは、私個人が欲した物……と言う意味でのお目当てのものね」


 アンナネルラ個人が欲したもの……?

 良くわからない。

 と、僕が怪訝に首を傾げていると、アンナネルラは、その小さな玉をごくりと飲み込んだ。


 ……え?


「何驚いた顔してるのよ。別に気にしなくて良いわ。……まあでも良かった。先にこっちを見つけなきゃいけなかったから、今のところ全てが順調と言えるわ」

「僕らには全く意味が分からないのですが……」

「だから、別に気にしなくて大丈夫よ。あなた達には何も害が無いから」


 ウソを言っているようには見えない。

 ただ、どうやら言えない事もあるらしい。

 どうにも釈然としない……。

 と言うか、何を飲み込んだのかが微妙に気になる。

 まあ、こちらに害が無いのであれば、踏み込んで問いただすつもりも無いけれど。


「これは私個人の小さな願い、問題でもあるから、本当に気にしないで」


 アンナネルラが眉根を寄せる。

 どうやら、よっぽど詮索されたくない事情のようだ。



※※※※



 そこは、広い空間を擁する部屋――大広間だった。

 幾つもの大きく見事な石柱に支えられ、天井には一際目立つ立派なステンドグラスが嵌め込まれている。

 入り口からまっすぐ見据えた先には、玉座が一つ。

 そして、そこに歪な形の杖が一振り、突き刺さっていた。


「あれね」


 アンナネルラが杖を指して言った。

 あの杖が、結界を張る為に必要な道具で間違いないようだ。

 どうやら、僕らの探索もここで終わりのようだ。

 後はあれをどうにかして、帰るだけ――


 ――には、ならないようだった。


 玉座の後ろ側の方。

 そこから、しわがれた老人と鎧人形が一体ずつ現れた。

 何か居るかもとは思っては居たけれど、このタイミングで……。


「ううん? 呼んだ覚えも無い顔だな? 侵入者だなぁ? 勝手に上がり込むとは、不届き千万! ……うぬぅ? おや、そこのは人魚か? 人の形をしていてもワシには分かる。……と言うか貴様、前にもワシの城に入り込みおった面だな」


 突然、老人がそんな事を喋り出す。

 その内容に、僕とアティは思わずアンナネルラの顔を見た。

 人魚と言うのは、アンナネルラの事に違い無いだろう。

 すると、苦虫を噛み潰したかのように、口元をきつく結んでいるのが見えた。


 ……一体、どういう事だろうか? 

 老人の言葉は、アンナネルラが以前にここに来た事がある、と言う意味合いのものだ。

 そんな事がありえ――


「――る」


 僕はふと、思いあたる節に辿り着く。

 アンナネルラは、当初から「道具がありそう(・・・・)」と言う、不確定な言い方をしていた。

 けれども、その割には行動には迷いが見られない。

 振り返って見れば、まるで――あらかじめ、ここにあるのが分かっていたかのような素振りだ。

 感知するような感覚を持っているとしても、あまりに明確過ぎるのだ。

 つまり、それが意味するのは……。


「……以前にも、来た事があるんですね? それを僕らに黙っていたんですか?」

「待って、別にあなた達を騙そうとしたワケでは無いわ。ただ、言う必要が無かったから……。全てが上手く行けば、後できちんと説明するわ」


 首を横に振りながら、アンナネルラが信じてくれと言ってくる。

 どうすれば良いのか。

 あるいは、彼女が僕らを騙そうとしているのでは無いだろうか?


 僕は一瞬そう思ったものの、しかし、すぐにその考えを振り払った。


 無理に問いただそうとしなかったのは、僕だ。

 それに、アンナネルラはアティに魔術も教えてくれた。

 その彼女が、後で説明をすると言うのであれば、ひとまずはそれを信じるべきだろう。

 詮索されたくない事情と言うのが、恐らくここに繋がるのかも知れないし。

 なに、痛い目を見そうなら、アティと一緒に逃げれば良いだけ。


「……分かりました。それでは、後できちんと説明して下さい」

「ありがとう。ちゃんと、説明するから」


 アンナネルラが、ホッとしたように息を吐く。

 その仕草から、悪意があって隠していたワケではない、と言うのが伝わってくる。

 アティも僕の判断には異存が無いようで、小さく笑むと銃口を相手に向けた。


「なんだ? 仲間割れしたかと思ったら、急に纏まりそうな雰囲気になったり、よう分からんやつ等だの。まあ良い、ゆけい! ワシの動く鎧人形よっ! あやつらを屠ってくるが良い!」


 老人の号令で、動く鎧人形が攻撃態勢に入った。

 遅ればせながら、僕も槍を構える。

 とにもかくにも――話は、まずはあいつらを倒してからだ。

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作者ついったー

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書籍 一巻表紙
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