第039話目―さらば、動く鎧人形―
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城の近くまで辿り着くと、僕とアティを包む泡が、空気に溶けて無くなって行った。
ここは海底の中ではある。
しかし、泡が無くなったとて、溺れる事は無い。
ここだけ陸地のようになっているのだ。
まるで透明な壁でもあるかのように、この城の周りには、海水が流れ込んでは来ない。
話には聞いていたものの、不思議な場所である。
「ここから先は、私も姿を変えないと駄目ね……」
そう言ったアンナネルラの下半身が、徐々に形を変えて行く。
魚の尾だったそれは、一瞬のうちに人間の脚となった。
もはや、普通の人間と何も見分けがつかない見た目だ。
「……それも魔術なんですか?」
「これは違うわ。私の種族特性みたいなものよ」
魔術ではなく、人魚特有の能力。
なんとも便利な特性である。
「さて……」
ふぅと一息吐くと、アンナネルラが城の入り口を見据えた。
そこには、ぴくりとも動く事のない鎧の人形が一体いる。
重厚そうな鋼の節々には、返り血のような濃紅色の斑点がついている。
それが何時についたものなのか、僕には知る由も無い。
「あの動く鎧人形、今は大人しいけれど、入り口に近づくと攻撃してくるの」
「……なるほど。だから今は置物見たいになっている、と」
「そうね。……どうせなら、遠距離から安全に倒せれば一番良いのだけれど、でも、私は純粋な攻撃用の魔術が苦手なのよね。使えない事は無いのだけれど、あれにダメージを与えられる程の火力が無いわ」
アンナネルラが肩を竦める。
どうやら、魔術で倒すのは無理だそうで。
しかし、であれば、どう倒そうか?
一番良いのは、アンナネルラの言う通りに、遠距離から狙う事ではある。
何せ、近づかないと反応しないのだ。
遠くから破壊出来るなら、ただの良い的だ。
「……アティ、あれ、銃で何とかなる?」
どうかな? と言う視線を僕は送る。
「動く鎧人形……。特殊弾頭を使うか、もしくは魔術を付与した一撃が放てるのであれば、撃破は可能ですが……」
渋い答えだった。
何かしらの細工が無いと、現状では厳しいようだ。
こうなると、真っ向勝負かな……。
僕が引き付けている間に、中に入って貰うのが最善だろうか。
「うーん……」
僕は初手について悩む。
時間が少しずつすぎて行く。
考える事は大事だが、しかし、あまり長考し過ぎるのは良くは無いだろう。
と、その時。
「魔術の付与であれば――まあ、出来なくもないわよ……?」
アンナネルラが、そんな事を呟いた。
※※※※
アティが、動く鎧人形に銃口を向ける。
その銃身にそっと触れるのは、アンナネルラだ。
そして――その一発は、静かに放たれた。
発射の直後に、辺りに撒き散ったのは冷気。
吐く息が一瞬で霜になるほどの寒気だった。
思わず、ぶるると体が震える。
それから。
音を最小限にして飛んだ弾丸が、ガツッ――と動く鎧人形に当たった。
すると、瞬く間に、氷が目標を覆い始める。
動く鎧人形が、一瞬の間に氷像と化す。
「……中途半端では駄目だと思って、それなりに魔力を注ぎ込んで見たけれど、少しこれは予想外の威力ね。普段あんまり使わないせいで、色々と試すこともしなかった魔術だけれど、びっくりしたわ」
アンナネルラが言う。
それなりに魔力を注ぎ込んだ結果が、これらしい。
なんと言うか、
本人も驚くような効果となっているようだった。
ただ――、
「――凄いですけれど、銃まで凍りかけています。まだ機能はしますけれど……あと数発、同じように付与して撃つのであれば、この銃は使い物にならなくなります」
障害も大きかった。
安物の銃、と言う事も関係はしていそうだけれど、ともかく、あまりポンポンと使えるものでは無さそうである。
銃の耐久性。
それなりに消費してしまう魔力。
どちらも、軽視は出来ない要素である。
「ただ、これは良いですね。イザと言う時の切り札になります。出来れば、これもご教授願いたい所ですが……」
「別に構わないけれど、ただ、この魔術は泡と違って結構クセが強いの。扱い辛いわよ」
「それは特に問題ありません。私はダークエルフですから。得手不得手は確かにありますが、それでも魔術に対する親和性が高い方だと言う自覚があります」
言って、アティは帽子を取った。
人よりも少しばかり長い耳があらわとなる。
ここはもう北東大陸では無いし、そもそもアンナネルラは魔物。
見せても問題が無いと言う判断なのだろう。
と言うか、ダークエルフは魔術との親和性が高いんだ。
何気に初めて知った。
アティが魔術を使えるのは、てっきり、個人の資質による所が大きいのかと思ってた。
「……あら」
アンナネルラが、少し驚いた顔を見せる。
しかし、すぐに一転して納得したように頷いた。
「……でもなるほど、それなら大丈夫そうね。それじゃ、進みながら教えましょう」
「ありがとうございます」
何だか、どんどんアティが成長している気がする。
まあ、良い事である。
(……それにしても、見事に凍ってるね)
門扉まで近づくと、動く鎧人形が、すっかりと芸術品のようになっているのが見て取れた。
当然だけど、動き出す気配は無い。
ただ、念には念を、と言う言葉が僕の頭の隅をよぎる。
「ハロルド様、どうかされましたか?」
「……一応、壊しておこうと思って」
氷像は槍の一撃でアッサリと粉々になった。
凍り付けになっていたせいだろう。
助かる事に、非常に割れやすかった。
何だか、幸先は良さそうだ。
動く鎧人形「こんなの、あんまりだ……」




