第038話目―海底城―
今回、ショバンニとアンナネルラの話については、幸せな結末になるように頑張ります。
※※※※
ショバンニとアンナネルラ。
二人の間に流れていたのは、発した言葉に則したような、緊迫した雰囲気だった。
「た、大変な事ってなんにゃ? どういう事にゃ?」
「……大量の魔物がここに向かってきているのよ」
突然のその言葉に、僕は思わず眉を潜めた。
――大量の魔物がここに向かってきている。
なぜ、そういう事態になっているのか。
どうしてそれが起き掛けているのか。
ちょっと急な話過ぎる。
僕が戸惑っていると、アティが説明を補足してくれた。
「……大量にとなると、恐らく魔物の大行進、ですね」
――曰く、魔物の大行進とは、迷宮から溢れた魔物が人里に雪崩れ込んでくる事態を言うらしい。
基本的に、迷宮は管理が行き届いている。
それは以前に聞いた通りであり、しかしだからこそ、そうした事が起きる事はまずありえない。
ただ――あくまで『まず』であり、起きる時もあるらしい。
それらの主な原因、魔物の吐出元は、入る事が難しい迷宮や、出現した後に未発見のまま放置されている迷宮。
そこから氾濫が起きるのだそうだ。
「た、大量の魔物って、どういう事にゃ?」
「……ここからずうっと南の海にね、海底迷宮があるの。そこから溢れた魔物が、徒党を組んで、居場所を求めて遥か遠いこの地まで来ているのよ。……私がここに来たようにね。……まあ、私は一人だったけど」
どうやら、原因は南の海底迷宮らしい。
そこは人が入る事が難しい迷宮だった。
でも、かなりの距離がある場所だけど……。
いや、それほどまでに、南の海底迷宮は凄い事になっているのかも知れない。
ところで、今さらっと「私がここに来たように」って言ったけど、やはり、この人魚は魔物で間違いないらしい。
「……迷宮の近くか、ここに来るまでの途中で満足しててくれれば良いのに。ここ以外にも住みやすい場所なんて沢山あるじゃない。なんでここまで……」
「にゃ、にゃんて事に……」
「大丈夫、ショバンニ、そんなに心配しなくても大丈夫よ。……当てはあるから」
「当て? なんにゃ……?」
「近隣の海底に、朽ち果て気味だけれど、小さなお城があるの。そこにね、結界を張れそうな道具がありそうな感じがするのよ。……もしもそれが使えたなら、魔物は寄って来れなくなるわ」
「凄いにゃ! そんな道具が……」
「でも、ちょっと入り口の所に……魔物とも違う動く鎧人形が居て、少し手間取りそう。お城の中は、海底にありながらも水が無い場所だから、私も人の形を取らないといけなくて厄介なのよ。人魚の時とは勝手が違うし」
「じゃあ俺も行くにゃ! アンナネルラを一人だけ危険な目に合わせられないにゃ!」
「……海底まで連れて行く方法が無いわけではないけれど、ショバンニは戦う力なんて無いでしょう」
なにやら話が盛り上がっている。
まあ、とかく二人の仲はさておいて。
魔物の大行進――それは、僕らも他人事では無いだろう。
ここを出航する前にそれが起きたなら、最悪の場合、足止めを食らう可能性がある。
無駄に時間を食う事になる。
しかし、それを食い止める方法があるかも知れない、とアンナネルラは言う。
ただし、場所が海底って言うね……。
まあでも、どういう理屈なのかは分からないけど、城には水が無いようだし、辿り着けさえすれば、僕とアティも助力は出来るのかも知れない。
海底に他者を連れて行く方法も、あるにはあるようだし。
「……さて、どうしようかな。手伝うべきか否か」
「……難しい所ですね。海底城とやらの詳細や現状が分かりません。もしも私たちの手に余るのであれば、出航までに魔物の大行進が起きない事に賭けた方が良い可能性もあります」
アティの言う事は間違ってはいない。
動く鎧人形とやらしか居ない、とも限らないのだ。
僕らが考えている以上の脅威がある可能性もある。
僕は唸る。
ただ、結論は案外早く出た。
「嫌にゃ嫌にゃ!」
「我侭を言わないで、ショバンニ」
こんな風に。
ショバンニとアンナネルラが幾度となく繰り返す、今生の別れのようなやり取りに、居たたまれなくなった。
「……僕らは多少であれば戦えます。良かったら、手伝いましょうか? 海底まで連れて行って貰えるのであれば、ですが」
「本当かにゃ!?」
ショバンニが跳ね、アンナネルラは少し困ったように眉根を寄せた。
「えっと……良いのかしら? 確かにあなた達は戦えそうだけれど、でも、別に私を助ける必要なんて無いのよ?」
「僕らの船が出港する前に、魔物の大行進が起きても困るので。まあ、無理そうだったら、申し訳無いですけど、引き返しますが」
同情にも似た気持ちでの助太刀ではあるものの、これは譲れない条件だった。
あくまで出来る範囲で、だ。
それ以上の場合はさすがに無理。
「……そう、助かるわ。そちらのお嬢さんも大丈夫なの?」
「ハロルド様が是と言うのであれば、倣います。特に異存はありません」
僕らの言葉を聞いて、ショバンニとアンナネルラの顔色が良くなる。
願っても無い事だったのだろう。
「最初に俺の言った通りにゃ! こいつら良いヤツにゃ! ……これなら俺も一緒に行って大丈夫にゃ?」
「いいえショバンニ、あなたはここに残るの。戦えない事に変わりは無いのだから」
「にゃ、にゃーん……」
がくり、とショバンニがうな垂れる。
けれども、僕らが力を貸すと言ったからか、先ほどのように食い下がり続けると言う事はなく、最後にはゆっくりと頷いた。
※※※※
――泡。
指先で触れれば、パチン、と割れてしまいそうな泡。
僕とアティは、今まさにそれに包まれていた。
そして、海中をフワフワと進んでいる。
これはアンナネルラの魔術であり、海底にまで僕らを連れて行く方法なのだと言う。
「……これは、私では使えない魔術ですね。もしも使えたら、凄く便利です」
マジマジと泡を見ながら、アティが感心したように呟く。
確かに、これが使えたら便利だ。
耐久性は無さそうだけれど、水の中を移動する事が出来るのは、それだけで利点だ。
ちなみに、アンナネルラは人魚だからか、泡など使わずに何の苦も無く泳いでいる。
僕らの感心しきった顔を見て、くすりと笑う。
「何なら教えましょうか。手伝って貰うのだもの、それぐらいはお安い御用よ」
「……宜しいのですか?」
アンナネルラの申し出に、アティが目を丸くした。
それは結構な驚きようで、何だか僕はそれが気になって、後で理由をきいた。
すると、魔術は基本的にこうも簡単に他人には教えないものだから、らしい。
特に、こういった使い手が少なさそうな術はなお更との事。
「全然構わないわ。何だか貴方達には教えても良い気がしてね」
「……是非、お願いします」
少し僕も興味が湧いてきた。
ただ、そもそも僕は魔術の素養が無いに等しい。
教えて貰っても使えなさそう……。
ここはアティに覚えて貰う事にしよう。
それから。
アティが魔術の説明を受けているのを横目に見つつ、しばらくもすると。
「まあこんな所ね。後は慣れるしかないわ。他に魔術が使えるなら、大体分かるでしょう?」
「ええ、それは大丈夫です。ありがとうございます」
「いいえ――っと、見えてきたわ」
アンナネルラの視線が前を向いた。
そこにあったのは――城。
どこかの王宮と見まがう程に大きな城である。
それが、こんな海底に沈んでいる。
あそこに、魔物を寄せ付けなく出来る結界を張れる、そんな道具がありそうなのだろう。
(……そういえば)
城を眺めつつ、僕はふと思った。
道具を仮に見つけたとして、使えたとして。
それが作動した直後に、間近に居る事になるアンナネルラはどうなってしまうのか、と。
――死んでしまうかも知れない。
その言葉はもしかすると、それを想定したものなのかも知れない。




